#5
「オミ兄さま、また武勲をたてられましたね」
「武勲か……。キリア、いまぼくの顔、どんな表情してる?」
「あまり、うれしそうではありませんね」
キリアは背後を見た。城の兵士たちは、敵コマンダーを討ち取った戦果にはしゃいでいる。
「人を殺して喜ぶようになったらおしまいだ」
黒騎士は生まれついての戦士なのだという。にもかかわらずその顔は、争いごとからもっとも遠い世界で育ったかのように優面である。
「ぼくの生まれた国は理由の如何を問わず、国民に戦争を禁じている」
キリアの敬愛する黒騎士の故郷ならば、さぞかし素晴らしい国に違いないと彼女は確信していた。
「それでも、戦わずにはいられない」
黒騎士は、城壁の内側を見下ろした。もともと二〇万人の市民が暮らすポリスに近郊の住人がすべて非難してきた。
「もはや、敵の侵攻軍に蹂躙されたリーベラー領に安全な場所など存在しない」
黒騎士が目にした村々の惨状。目の前で処刑された村民、乱暴される女性たち。怒りに我を忘れた少年剣士が刀を鞘に収めたとき、彼は敵兵たちのバラバラになった手足とぶちまけられた腸、血の海の中で息も絶え絶えに四つんばいで息を切らせていた。
「ここにはCNNもアルジャジーラもない。報道カメラマンだっていない。近代以前の国家体制に与する軍隊が敵地の都市を征服して、住民に安全を保障することなどありえない」
黒騎士は傍らに立つ少女の顔を見た。その姿は髪の色、瞳の色は違えど自分が愛する二人の姉妹と瓜二つであった。
「しーえぬえぬ? あるじゃじら? なんのことだろう」
彼女は、黒騎士の口にする言葉の意味を知らない。
(あの日、ぼくは自分がこの世に生まれた理由を知った。この子たちは絶対に護らなければならない。戦争を終わらせなければならない)
城内は急激に人口が増え、狭苦しくなっている。
「この街の人たちをどうやって護る?」
黒騎士は無意識につぶやいていた。
「方法は三つだけでしょ、兄さま」
キリアが黒騎士に応える。
「正しいやり方とまちがったやり方、それから……」
最後の選択肢を二人は声を合わせて言った。
「「あとひとつは、ぼくのやり方だ!」」
ザワザワと路地の住人たちが騒ぎだした。さきほどの銃声を聞きつけてのことだ。
「みなの者! よく聞けーい!!」
守備隊長が市民に呼びかける。
「今日もまた我らが黒騎士どのが、大いなる戦果を打ち立てた!」
「今日は何人殺したんだ!?」
「ひとりだ!」
ブーブー。聴衆から不満の声が上がる。
「この城から出ることなく、敵の指揮官を倒すことに成功した!」
「おお!!」
観衆の声が歓声に変わった。
「嘘だろ、そんなことできるわけない」
「黒騎士どのに不可能はない!」
守備隊長がスローガンに節をつけて発声する。
「そうだ、そうだ!」
「我らの将軍は不可能を可能にする!」
「将軍に栄光あれ!」
続いて、城下の人々が節をつけて発声する。
シュプレヒコールが始まった。
「将軍!将軍!!」
ポリス住人たちは拍手と喝采を黒騎士に浴びせる。
その様子をキリアは誇らしげに見下ろしていたが、黒騎士本人は両手をかざして住人たちを静めようとしている。
絶対絶命の窮地にありながら、リーベラー市民の士気は高い。黒騎士は彼らの勇気そのものだった。
「不思議な人だ」
自分への賛辞をむしろ諌める軍人など、キリアは見たことも聞いたこともない。
やはり自分の兄は、本人が言うとおりに、この世界とは違う場所から来たのに違いない。
黒騎士と義兄妹の契りを交わして半年が経とうとしていた。
キリアは彼を慕っていた。地味だが、でも誠実で優しげな印象を与える少年だった。キリアだけが知る、黒騎士の人柄が顔に表れている。
キリアの弟妹たちをはじめとして、彼は子どもに好かれるタイプの男の子だったかもしれない。
キリアは彼と出会った日のことを思い返した。
|