#7
「唯一、数学だけはぼくの成績が樹理を抜きん出ていた」
三人が通う高校は文系科目の進学校、小見尋は樹理への想いを後回しにしてでも、理数系進学校である吉祥寺高校を選んだ。
「あんたの原動力は樹理への対抗意識なのね。カッコイイよ」
もう、彼の樹理に対する好意を春香は見て取っていた。
「樹理には計算違いの出来事だったけど、あんたにはラッキーな一日だったじゃん」
「よせって。樹理に聞こえたら、またぶん殴られる」
くっくっ。ふきだすのをこらえながら春香はなおも言う。
「あんた、これからどうするのよ?」
「これから? これからか……」
きっと、すぐに樹理はいつも通りの樹理に戻るだろう。友達にも恵まれている。
(ぼくと彼女も、また元どおりの関係になるのだろうか?)
小見尋と春香は樹理のそばへ来た。
「ずいぶん、まぶたが腫れているね」
「このまま家には帰れないわ」
樹理の泣きはらした顔を、もし父親が見たらなんと言うことやら。
「しばらくは、ぼくのうちで休ませるよ」
すこし、氷ででも目元を冷やした方がいいだろう。
「あんたの家、近いの?」
「樹理と同じ町内だ」
「へえ。やっぱり樹理の家みたいな豪邸なわけ?」
「ああ、行ったことあるんだ? ぼくの父は、平凡な中学校教師さ。小さな家だよ」
立派な邸宅に自室があるにもかかわらず、樹理はしばしば屋敷を抜け出して、いとこの家へ入り浸った。
聡子らと別れ際、春香がぼくに耳寄せしてくる。
「あんた、がんばんなさいよ。樹理を狙ってる男は多いんだから、ぼやぼやしてたら後悔するわよ」
(その後悔は一昨日にもう済ませたよ)
かぎを開け、屋内に入る。誰もいない。好都合だ。
「さ、樹理。入れよ」
なんだか、家人の留守に女を引っ張り込んでいるような後ろめたさを感じる。
部屋に通された樹理は、小見尋に背中を向けて座っている。
冷蔵庫から氷を取り出しては砕き、布巾に包んで樹理に渡した。
「ほら、これで目を冷やしなよ」
もう泣いてこそいないが、顔を見せようとしない。ただ、だまって顔に濡れ布巾を当てている。
物音のしない部屋。おたがいに声をかけずに一時間が過ぎた。小見尋が樹理の背中を見つめていたところ、樹理がちらっとそちらを見てすぐに顔を背けてしまった。
「……」
少年はかしこまって正座をしなおし、樹理に向かって両手の指をそろえて頭を下げた。
「ごめんなさい、樹理。機嫌が直るまでこうしています」
額も畳につける。
「もう、いいよ」
下げた頭上から、声が降り注ぐ。
「どうせ、ファーストキスは中一のときにあんたに奪われてるんだから」
濡れ布巾の下から樹理の目が小見尋を見つめている。
「それは濡れ衣でござる」
ぷっと樹理が笑い出す声が聞こえて、小見尋は顔を上げた。
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