#9
心臓の鼓動は、それを聞く者の心を赤ん坊に戻すというが。
小見尋の場合は、彼女の体へ性的な意識を喚起された。心臓の鼓動の上にある、ふくらみかけた乳房を覆う小さなカップのブラ。このままどうなってもいいという、心の緩みに彼は支配されていた。
この隙を見逃す樹理ではなかった。
バウンと畳がはずむ音がして、体が浮かび上がった。
樹理は全身のバネを使って反り返り、圧し掛かってきた小見尋の体を海老ぞりで持ち上げたのだ。
まさにイナバウアーも真っ青の反りかえりである。
それだけではない。
首と背中と腰の力で、彼を押し上げると同時に、固く握った拳を鳩尾にお見舞いする。
小見尋は打たれた急所を押さえながら、ごろごろと横転した。息が止まりそうな見事な打撃だ。
だが痛みに耐えながらも、彼は見た。樹理は右手の拳で打撃を与えるだけでなく、その手首を左掌で固めていたのだ。
(万事休す。ぼくは、いとこの唇を奪った容疑で、このまま家族会議にかけられるのだろうか?)
両家の両親は、隣室にそろっている。
(ぼくの無実を証明してくれるはずの樹梨亜は、肝心のところを見ていないので、証人になりそうもない)
でもむしろ、それも仕方のないことと思い始めていた。
(キスは無実だとしても、ぼくは彼女の感触をこうして五感に焼き付けている。力任せに彼女の体を抱きしめた。いまも、ぼくの下半身はその興奮で熱を帯びている。こんなつもりじゃなかったのに)
彼が性的な意味でも彼女の虜となったのは、この日以来だった。
(理由はどうであれ、でも本気で女の子を押し倒したことは事実だ)
彼女が大声をあげて両親たちを呼ぶことを覚悟した。
樹理はブリッジの姿勢から体を起こし、彼に背中を向けて座っている。
そのとき、廊下から足音が聞こえた。
(騒ぎを聞きつけた親たちが、様子を見に来たのか?)
「……」
がらっとふすまが開き、顔を出したのは樹理の母だった。
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