#5
彼は元々、のんきですぼらな性格に生まれついていた。
樹理とことあるごとに比較されるので、それをコンプレックスに感じることもある。
樹理を知らない人間が、小見尋ひとりを見て、そんなコンプレックスを抱えているだなんて見抜くことはないだろう。
樹理の従弟だから、優等生と比較されるので努力せざるを得ないのだ。
小見尋にはごく一部でのみ使用されるアダ名がある。
親戚が集まるとき、樹理と彼が顔を合わせるときだけ、みんなは彼のことを『ロミオ』と呼んだ。
やがて小学校のクラスでも、彼女と一緒にいるときだけ、「小見尋」ではなく、『ロミオ』と呼ばれるようになった。
彼女の本名は、『キリ』なのだが、物心がつくと彼女はすぐに自分のことを『ジュリ』と呼ぶようなった。小見尋たちにもその呼び方を強要した。
友だちがどうしても彼女の名前を正しく読めず、自分のことを『ジュリ』と呼ぶ。だから、自分もそれで通すことにしたのだそうだ。
「そうか、樹理に恋人が出来たのか……どうりで最近、顔を出さないはずだ。
眠れず、ふとんの中でもんもんとしていると、携帯電話が点滅した。遅れてメール着信音が部屋に響く。
「このメロディーは」
彼女専用の着信音。小見尋は熊がシャケをさらうように、すばやくケータイを手に取った。
「樹理」ケータイの液晶に映った名前。受信メールを開く。ただいまの時間、〇一:五〇。
『マダ、起キテル?』
『起キテイルヨ』
メールに返信すると、すぐに電話がかかってきた。
「ごめんね、遅くに」
樹理のおさえた声音。ひそひそ話に近い。
「いいって……。眠れないでいたから」
つとめて平静に答える。動揺も苦悶も感じさせない、いつも通りの話し方。
「眠れない? 何かあったの」
「いや、稽古が終わってから何もすることないからごろごろしてて、居眠りしたからかな」
「なによう。さえない週末の過ごし方ね」
「ほっといてくれ」
「あははは。ごめん、ごめん。わたしの代わりに通うことになった道場なのにね」
「いいんだよ、もうそのことは」
いつもどおりの笑い声が聞こえて、少しほっとした。
「いま、なにしてるの?」
「なにも。考え事をしてただけさ」
「なになに? 悩みでもあるの?」
「大ありさ。ぼくら、ゆとり教育世代が大人になるころには、どんな世の中になるのかなって」
「オミらしいわね」
「樹理はなにしてるの?」
「わたしはいま本を読んでた。考え事もしてたけど」
「なんの本を読んでたの?」
「恋愛小説を読んでから、広辞苑を引いていたの」
「なにか気になる言葉を見つけた?」
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