#3
(佐々木、いまが一番伸びる時期だな)
間合いは佐々木の方が短い。彼は自分と小見尋の最適な距離をキープするために小見尋に接近しようとする。それに対して、小見尋はスッスッと後ずさり、距離をあけようとする。
佐々木は外見からはうかがいしれぬバイタリティーをその体に秘めていた。小見尋が右に左に振るう力強い太刀さばきをかわして、少年とは思えぬ弾丸のようなカウンターで小見尋を襲う。
(この男と出会って、俺は変わることができた)
佐々木の脳裏にかつての小見尋の雄姿が甦る。
「すげえ」
いつのまにか、ふたりを囲んで門下生の輪が出来ていた。防具もつけずに激しく打ち合うふたりに、みんな目をくぎづけにされている。
一歩間違えば大怪我をしそうな程、力強い太刀すじ。
木刀などで稽古する場合は、実際に打込めば大怪我をするので、寸止めをしたり、少し外した所を打ったりする。とはいえ当たるギリギリまで攻めるので、やはり危険度が高く、稽古相手の腕前を良く知らないと、思わぬ怪我をさせる。
パシン。佐々木の肩を小見尋の竹刀が打つ。
「クッ!」
思わず打たれた肩に手を当てる。
「あれ? 痛くない」
「それまで」
大人である本師範が声をかけると、見物していた門弟たちも散らばっていく。
ふたたび、距離を置いてそれぞれがかかり稽古にもどっていく。
「衛藤、打つなら止めてくれなくてもいいんだぜ」
袋竹刀で稽古している他の門弟、とりわけ大人は、力一杯叩き合いをしている人も少なくない。
「竹刀は刀の代わりなのだから、軽いからといって、ぶっ叩いたりする道具ではないんだよ。竹刀が折れる様な稽古をしていては進歩がないんだ」
武術に適した体がある程度出来て、左手の筋肉が締まって来るまでは、右腕の力に頼って強く打ってしまうものだ。
「力を抜いて竹刀をふるうことが出来るようになったら、柔らかい稽古に移行する必要がある。ぼくも師匠から『叩くな』『右手を使うな』『左手が効いていない』とよく叱られた」
袋竹刀は真剣や木刀に比べて非常に軽くバランスも悪い上、握りが丸く竹でできているので、とても使いにくく出来ている。
「その使いにくく、扱いづらい竹刀で稽古する事が、一つの目的なんだ」
何も安全だから袋竹刀で稽古をする訳ではない。
実際、この道場は小見尋が師範代になるまでケガ人が耐えないことで有名だった。怪我を恐れていては武術の稽古など出来ないという師匠の考え方によるものだった。
佐々木大次郎がこの道場に入門した動機は、自分自身が学校でいじめの的になっていたときに、それまで学校では影の薄かったこの同級生に助けられたこと。それが二年前。
小見尋自身は小学校の低学年で修行の道に入った。入門にはいきさつがあり、必ずしも自発的な意思でこの道に踏み込んだわけではない。
|