#2
「師範代、一手お願いします」
日頃、クラスメイトとして接している衛藤小見尋に対して、剣道場にいる間だけ佐々木少年は敬語で話しかけた。
「佐々木、その口調はやめてくれって言っただろ。ぼくら同級生なんだから」
「どれだけ強くなれたか、見てください」
ここは今どきめずらしい佇まいの昔ながらの柔剣術道場。まるで江戸時代からタイムスリップして来たようだ。
「よし、こい」
衛藤小見尋は若干一五才。この道場に通い出して五年が過ぎていた。子どもたちや初心者には彼が指導を行うほどに、腕は上達している。
佐々木は竹刀を手にとると、くるくるとバトンのように柄を回転させてから、ぴたりと中段に構えた。
次元流柔剣道の稽古では、『ひきはだ』というという特殊な竹刀を使用している。三尺三寸の真直ぐな竹刀に、牛の皮で作った袋を被せたもので、一般的に剣道で使用される竹刀の原形と言われている。
小見尋は左足をそっと後ろに引き、かかとを上げた。竹刀の切っ先を佐々木少年の顎に向けると、くるくると竹刀の先をメビウスの輪の軌跡にそって左右に振った。
佐々木の腰がゆっくりと沈み、足の指がぎゅっと床に吸い付く。
高校生になって、二人ともずいぶん背が伸びた
「わかる。気迫が伝わってくる」
まだまだ未熟だが、小見尋は佐々木の力をあなどることはしなかった。ひとたび剣を握った彼の体の中で、みるまに気合が熱く高められていくのを小見尋は肌で感じていた。
静かな眼差しで、小見尋は佐々木を見つめる。
「ひゅぅー……」
(来る)
声にならない佐々木の吐息が、小見尋にだけははっきりと聞こえ、そしてぴたっと止まった。それが立ち会い開始の合図だった。
いきなり佐々木は小見尋の胸元めがけて、鋭い突きを放つ。しかし小見尋は微動だにせず、わずかに竹刀を右に振るだけで、佐々木の竹刀を軽く捌いた。彼の体が視界の中で右に流れていく。
がら空きになった佐々木の頭上に小見尋の剣が振り降ろされるが、バアンという床を蹴る激しい音ともに、竹刀は彼の残像を虚しく通りすぎただけで、佐々木の実体は恐るべきスピードで師範代の懐深く飛び込んでいた。
佐々木の目にも止まらぬ打ち込みを、小見尋はかろうじて竹刀の柄で受け止めた。次元流の技は鍔を頼りにしていないので、ひきはだは刀身と柄だけの竹刀だった。
どんっと音をたてて、佐々木の肩が小見尋の胸にぶつかる。
佐々木は試し合いを楽しんでいる。彼の弾む気持ちは竹刀を通じて小見尋にもしっかり伝わっていた。
|