生徒会長補佐日誌(8/62)PDFで表示縦書き表示RDF


生徒会長補佐日誌
作:新木吾妻



008 プロローグ08 推移




 昼休み。俺は瞬に連れられて昼食場所に向かっていた。

「瞬。ゆっくり食べれるいい所ってどこなの?」

 向かっているのだが俺はそれがどこだかわからない。瞬曰く穴場らしいのだがさっぱりわからない。歩いている場所も普段なら俺が寄り付かない場所なのでどこに向かっているのか見当もつかない。

「ついて来ればわかるって」

 当の瞬は俺の困惑をわかっているみたいだが教えてくれない。悪戯っぽい訳ではない、表情は真剣そのもの。今日の瞬はちょっと変だ。

 今朝、急に『今日は弁当を作ってくれ』って言い出した辺りから少し様子がおかしかった。ついさっきも『いい所があるんだ』とか言うし……いつもは普通に教室なのに。

 何なんだろう?

「着いたぞ」

「えっ?」

 上の空で歩いていたら、いつの間にか着いたらしい。

 前を見る。そして、驚愕した。

 校舎を二つ程通過し、渡り廊下を歩き、辿り着いた先。無意味に突き出た時計塔、七つある校舎の中では一番小さいながらも時計塔のお陰で一番存在感がある校舎……一番異質な校舎。

 生徒会専用校舎、通称『時計棟』。

 瞬の示した先は正にそれだった。

「……瞬?」

 生徒会関係者以外の時計棟への立ち入りは厳禁。教師ですら生徒会役員の許可が必要である。俺はもちろん無関係。生徒会副会長佐山瞬という友人がいるだけの一生徒、正に無関係だ。俺が立ち入る事は許されない筈。

「いいから、な?」

「しゅ……瞬」

 瞬の意図が全く読めず困惑する俺は瞬に手を引かれて時計棟の中へ連れて行かれてしまう。

 瞬は無意味に俺を困らせるような事をする奴じゃない。こんな強引な瞬は初めてだ。だからわからない、瞬は俺に何をやらせようとしてるのか?


 時計棟の中は意外にも普通だった。モルタルの床と壁、アルミのサッシ。他の校舎と何ら変わらない。規模は小さいが作りは至って普通だった。

 瞬に手を引かれ、その廊下を引きずられるように進む。階段を上り、一番奥の部屋の前で停止する。

「ここ」

 瞬が言う。どうやらこの部屋が瞬の言う『穴場』らしい。見上げてプレートを見てみる。

 生徒会長室。

「…………」

 愕然とした。

 この校舎に入った時から薄々だが予想はしていた。未だ瞬の意図は読めないが、瞬の目的はこの校舎でもなければ生徒会執行部でもない。

 佐山刹那。

 彼女と俺の接触が目的である。……それは間違いないだろう。

「瞬……どういう事?」

 この部屋に入る前に訊かなければいけない。彼女に会う前に訊かなければいけない。

「別に。普通の事だろ? 俺と十八、それに刹那は昔からセットだった筈だ。違うか?」

 俺の目を見てはっきりと言う瞬。表情はやはり真剣そのものだ。

「…………」

 普通の事……。

 そう……俺と瞬、せっちゃん……は物心がつく前からずっと一緒だった。一緒にいるのが当たり前だった。

 元気にみんなを、いや、主に俺を引っ張り回すせっちゃん。

 みんなより少し考え方が大人だけど、どんな事にでも付き合ってくれる瞬ちゃん。

 せっちゃんに引っ張り回されながらも笑顔が絶えなかった俺。

 俺の後を必死について来ていた……。

 ついて来ていた……。

 遥……。

 そう……せっちゃんと瞬ちゃん……俺と遥……いつでも一緒だった……。

 でも、それも小学校まで。

 隔たりは五年。短いのか? 長いのか? 俺に言わせればとんでもなく長い。

 はいそうですか。と易々と聞き要れる訳にはいかない。

「瞬……」

 はっきりと言ってほしかった。瞬が俺に何を求めているのか。

「十八。言ったろ? 普通だって……。大きな意味は無い。俺達は仲のいい連中で昼飯を食う……。ただそれだけ、そうだろ?」

 眉をたわませ、困った様に肩をすくめながら言う。

「…………」

 何も言えない。

 言いたい事はたくさんある。それは違う。今のままでいい。止めてほしい。これ以上重荷を増やさないでほしい。

 ……言える筈がない。

 瞬の心がわかるから。痛い程わかるから。俺の心をわかってくれているから。

 自己満足でいい。……そう思いたい。

「……わかったよ……瞬」

 諦めではない。理解だ。

「オッケーだ、十八」

 そう言いながら瞬は嬉しそうに生徒会長室の扉をノックする。

「はい、どうぞ」

 中からの声。せっちゃんの声。

 瞬が扉を開く。中に入ろうとする瞬に隠れるように俺も続く。

「失礼、します」

 瞬の背中越しに恐る恐る顔を出してみる。

 ――目が合う。

 大きなつり目が俺を射抜いている。深い漆黒の瞳が俺を射抜いている。

 動けない。

 蛇に睨まれた蛙というか、神話に出てくる魔性の瞳に捕われたというか……動けない。

 何も考えられない。

 綺麗だと思うが彼女を見ているとそう思う事が馬鹿らしくなる。彼女は綺麗とかそういうもので一括りにするのは間違っていると思える。……完成されているからだ。だから考えるだけ馬鹿らしくなる。

 ……思考が霧散していく……駆け巡る懐かしい思い出達が霧散していく……何も考えられない。

 綺麗な瞳が俺を射抜いている。

 吸い込まれそうだ……。

「塩田、十八」

 彼女が俺の名前を言う。俺を呼んだわけではない。確認するように声を発しただけ。無表情で声を発しただけ。

 教室の半分程の室内。窓寄りの中央に両袖の大きな机、手前入り口側に皮のソファーにテーブルの応接セット。床には赤い絨毯が敷かれている、教室とは違ってベージュの壁紙が貼られている。しかし派手ではない、通常の教室を綺麗に無駄無く等級を上げたような感じだろうか。シンプルな部屋だった。

 厚手の遮光カーテンは開け放たれている。今日は快晴、眩しい光が室内を照らしている。

 正面の窓を背後に机に座っている彼女。

 眩しい光が後光のように彼女を包んでいた。

「ゲストだ」

 瞬が言う。俺の事?

「おかしいと思った……急に一緒に昼食を摂ろうだなんて……」

 視線は俺に固定したまま、無表情のままで言うせっちゃん。急展開すぎる状況と彼女の雰囲気に飲まれてしまった俺は何も喋れない。

「ここでいいか?」

「構わないわ。時間も少ないからそこで食べましょう」

 二人が何か話しているが俺は固まったままだった。せっちゃんの視線もいつの間にか俺から外れている。

 五年。

 俺とせっちゃんは五年もの間、まともに言葉を交していない。目が合ったのも何年振りだろうか……。小学校はもちろん、中学校も一緒だった、同じクラスだった事もあった。変わらず友達でいてくれた瞬と姉弟であった事で俺との接点はたくさんあった。しかし小学校卒業以来、彼女は俺を避けるようになった。いや、俺が避けていたのかもしれない。

 五年。

 小学校の時は毎日のように一緒にいた幼馴染み。俺にはこの再会が衝撃的な事実に他ならない。

 目の前で自然な会話をする二人の幼馴染み。

 どうしても思ってしまう。

 瞬……やっぱり戻れないよ……。

「十八?」

 俺に気付いた瞬が少し心配そうな声色で呼ぶ。

「うん? ここで食べれるんでしょ? 食べよっか?」

 わざとらしく応える。

「あ、ああ。早く食っちまおう。刹那もいいな?」

「…………」

 瞬には答えず俺を見るせっちゃん。

 ……少し、冷たい視線だった。



 そして。ようやく三人での昼食となった。

 刹那が一人対面に座り、俺と瞬が並んで座っている。

 見慣れない部屋。座り慣れないソファー。せっちゃん。

 落ち着かない。昼食を始めてから誰も口を開かない。三人が三人、互いの様子を伺うように沈黙が続く。自分で美味しく作った筈の弁当も何だか味がしない。

「十八! 美味いなこれ」

 瞬が言う。明らかにわざとらしい。瞬は瞬でこの雰囲気に堪えきれなくなったのかもしれない。

「うん。ありがと」

 瞬には悪いが上の空で返事をしてしまう。

「…………」

 俺の気のない返事に瞬は黙ってしまう。再び静寂を取り戻す生徒会長室。瞬も話題を探しているのか落ち着かないが静かに食べている。この雰囲気に合う話題が見付からないのだろう。

 結局まともな会話も無いまま昼食は終わってしまった。

 せっちゃんは一言も喋らなかった。



「じゃあ、俺らは教室に戻るわ……」

「…………」

「お邪魔しました……」

「…………」

 昼食中、終始無言だったせっちゃんは俺達を送り出す時も無言だった。相変わらずの無表情。俺達を、いや、俺を不思議そうに観察しているようにも見える。

 元気いっぱいだったせっちゃんの面影は無い。

「じゃあ……」

 生徒会長室を出る。

 そういえばせっちゃんは午後の授業、どうするんだろう?

 そう思った時。

「塩田十八」

「えっ?」

 せっちゃんに呼ばれて閉める寸前の扉を止める。

「…………」

 ドアの隙間越しにせっちゃんを見ると、再び無言で俺を見つめていた。

「……な、何?」

 何も喋らない彼女に問掛ける。

「…………」

 俺の問掛けには答えず、無言で扉を閉められてしまう。

「…………」

 せっちゃん?

「十八? 急ぐぞ?」

「えっ? あっ、うん」

 瞬の声に考えようとした思考を中断するが、頭の中はせっちゃんの事で埋め尽されていた。

 元気だったせっちゃん。

 いつでも笑顔だったせっちゃん。




 ドアの隙間越しに見た彼女は泣きそうだった。
















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