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生徒会長補佐日誌
作:新木吾妻



044 第一章刹那32 回帰




 テスト準備期間二日目。俺がバイト禁止になって二日目の放課後。
 準備期間の影響をあまり受けないらしい俺達生徒会執行部はいつもの様に時計棟事務室で生徒会活動をしていた。


「……で、今日から俺ん家で勉強会って訳か」

 活動といっても資料整理メインの単純作業ばかり。みんなで雑談しながらだった。

「うぅ……、決定事項らしい……。刹那がウチでやろうって」

 刹那の独断で進む俺のテスト前スケジュール。瞬に愚痴をこぼしたまではよかったが、自分でも言った通りに『決定事項』。どうにもならなそう。

 ちなみに夜のバイトは店長公認のテスト前休みになったが、朝の新聞配達の方は勘弁してもらった。

「お母さん達に十八の事を話したら連れて来なさいって言うからね。仕方なくよ、仕方なく」

 仕方なくとか言いながら刹那はやたらとノリノリだし。

「だっせぇな、先輩。赤点でもあったのかよ?」

 事務室では一番遠い席に座る橘がわざわざ絡んで来やがる。

 もちろんカチーンと来た。

「赤点なんか無いよ。俺は常にほぼ平均点をキープしているんだぞ。そういうお前はどうなんだよ? 他のみんなが凄いのは知ってるけど、勉強面のお前の話は聞かなかったぞ」

 執行部に入った時に瞬がみんなの事を話してくれた。その時に瞬を含めたみんなの超人振りに驚いたが、確か橘の名前は出なかった筈だ。

「あ、あたしだって赤点なんか取らねえよ! それにあたしはいいんだよっ。あたしはっ」

 少しムッとした様な表情で言い返してくる橘。決していい点ではない様な口振りだが、あたしはいい? どういう事だ?

「ともちゃんは運動部の助っ人王なのです」

 橘の隣の席に座るルナちゃんがニコニコと言う。

「助っ人王?」

「橘はテストの点数は並以下だけど、運動部から練習試合の度に呼ばれる程の助っ人のカリスマなんだ。だから刹那の言う『生徒のお手本』というのはある意味通っている訳だな」

 俺の聞き返しに瞬が補足する。

「なるほど……」

 勉強面では駄目でも運動面で貢献している訳か。

 橘を見てみると『フフン』といった感じで誇らしげだった。

「まぁいいや。執行部の中で一番勉強が出来ないのは俺じゃないらしいし……」

 悔しいから悪あがきしておく。

「そうそう。こん中じゃあたしが一番の出来損ないなわけ……? あれっ?」

 フフンのままで俺の悪あがきに乗ってくる橘だが、途中で気付いたのか頭の上で疑問符をふよふよさせている。

「――なんだとぉ! 先輩みてぇに可も無く不可も無くみてぇな一般人に言われたくねぇんだよっ!」

 ワンテンポ遅れて激昂する橘。やっぱおもろいなぁ。

「とにかく! 今日は私の家で勉強会をやるわ! もちろん十八は強請として、他の参加者は私と瞬。……一応、聞くけど誰か来たい人は?」

 激昂する橘を遮る様に刹那が話を戻す。

「……ルナは……、ちょっと無理そうです……ごめんなさいです……」

 最初に答えたのはルナちゃん。さっきまで元気に笑っていたのに消え入りそうな声だった。

「いいのよ、ルナ。念の為聞いただけだからね? 橘と進藤は?」

 ルナちゃんを気遣う様に優しく言う刹那。

「私達も参加は出来ません。会長」

 刹那の問い掛けに当然の様に答える進藤さん。

 そのやり取りを見て思う。
 毬谷家。瞬が言っていた家庭の事情はやはり事実みたいだ。
 俯いてしまったルナちゃんを気遣う様にしている橘と進藤さん。お金持ちの事情はわからないが三人があまりにも窮屈そうに思えてならなかった。

「曜子は?」

 刹那のお誘いは続いていた。一人黙々と資料整理を続ける海老原さん。

「……いいの……?」

 ピタッと手を止めた海老原さん。不安そうに顔を上げると呟く。

「もちろんよ。どっかの出来損ないの更生が目的の勉強会で良かったらだけどね。曜子が来てくれると助かるわ」

 出来損ないと言う言葉に思わず橘の方を向いてしまう俺。橘も同じだったのか俺と目が合う。

 なんだよ?

 視線で訊いてくる橘。

 いや。すまん。

 視線で言葉を返す。

 橘。よくわからんが超人ばかりだと思っていた執行部にお前が居てくれて助かった。ありがとう。

 はあ?

 いや、何でも無いぞ?

 俺の視線に首を傾げる橘だが、どうやら伝わったらしい。


「じゃ、参加するのは私達に曜子を含めた四人ね。一応恒例にするつもりだからルナ達も良かったら言ってちょうだい」

 橘とのアイコンタクトに夢中になっていると刹那の話は終わってしまったらしい。というか恒例? 毎日勉強会をやるのか?

「……十八。……いいのか?」

「えっ?」

 隣に座る瞬の声。

「……家で、いいのか?」

 顔をしかめた瞬。気遣う様に、いや、何処かばつが悪そうに言う。


 家。瞬と刹那の家。
 刹那がウチでやろう。なんて言い出した時には本当に驚いた。正直、迷った。

 隔たっていた時間。誤魔化し続けていた俺。

 簡単に答えられる筈無かった。

 でも……。


「……いいんだ。瞬」

 俺は嬉しかったんだ。……ただ刹那が気兼ね無く言ってくれた言葉が……嬉しかったんだ。

「そうか……。ならいい……」

「うん……」

「なに? どうしたの? 二人でひそひそして」

 正面の刹那が訝しげに言う。

「何でもないよ」


 資料整理を終え、いつもより早い時間に解散となった生徒会。一度家に帰ってから刹那の家で集合という事になった。







 青が赤に変わり。赤が黒に変わる時。昼と夜の境界線。

 逢魔ヶ(おうまがとき)。たそがれ時。大禍時とも書くという。読んで字の如く、厄災の起こる時。


 長い影法師が一つ。

 俺は立ち尽くしていた。

 古い住宅が並ぶ北口でも比較的新しい造りの閑静な住宅街。その住宅街に並ぶ一つの一軒家。

 俺はその家の前で立ち尽くしていた。

 隣の家に視線を移す。

 『佐山』。そう書かれた表札の家がある。

 そして目の前の家の表札。知らない名字の表札。

 そう。この知らない表札の家は俺が五年前まで住んでいた家。

 正確には違う。今は立て替えられて違う家が建っている。

 違う家族が住んでいる。

 ここに来るのは五年振りだった。瞬とはずっと友達だけど、この五年間、ここには近付いていない。新聞配達のコースからも外してもらっている。

 この家が視界に入る前に刹那の家に入ってしまおうとしたが、久し振り過ぎて上手く出来なかった。

「…………」

 息苦しい。目眩がする。

 ……駄目だ。今日は帰ろう。後で瞬に電話して謝ろう。瞬はわかってくれるから……。


「……どう……したの……?」

 背後からの声。海老原さん……。

「……行かないの……?」

 振り返ると制服のままの海老原さんが首を傾げていた。

「……いや、行こうか?」

 仕方ない……。



 ピンポーンと海老原さんがインターホンを押す。

『はい、曜子ね? 開けるから入って来て?』

 インターホン越しの刹那の声。玄関へと入って行く海老原さんに隠れる様について行く。

 五年前は毎日訪ねた筈の玄関。
 違う。初めて来た様な感覚だった。思い出せなかった。

「あら。十八も一緒だったの?」

 玄関先まで出迎えてくれた刹那。海老原さんの後ろの俺を見て言う。

「……ああ。そこで会ってさ」

 上擦った俺の声。俺は平静を装うのが下手くそみたいだ。

「なに、どうしたの? 顔真っ青よ?」

 そう言われてしまっても仕方ないだろう。自分でも顔に出ているのがわかる。

「いや、これから勉強会だと思うとさ。気が滅入っちゃってさ」

 バカを言う。嫌いな嘘まで吐いて……。

「もう、何よそれ。ほら、いいから上がって? 私の部屋でやるわよ」

 良かった。俺の今までのヘタレが効を奏したのか納得してくれたみたいだ。

「……十八……大丈夫……?」

 静かに見守っていた海老原さんが呟く。俺の心の中を察してくれたのか、単に俺の体調を気遣ってくれているのか……。まぁ当然かもしれないな。

「……大丈夫。ほら、お邪魔しよう」

 ごめん。海老原さん。

「……うん……」

 海老原さんと一緒に上がった刹那の家。二階との吹き抜けになっている少し広めの玄関。改めて見回すと今更ながら懐かしい気持ちになった。





 二階の刹那の部屋。やはり五年振りだった。

「あんまり変わってないね?」

 八畳間の洋室。刹那の性格からかあまり物を置かない地味な部屋。机とベッド。カーテンやカーペット。昔は少なかった本が増えている位で五年前とほとんど変わっていなかった。

「う、うるさいわね! あんまりジロジロ見ないでよ!」

「あ。ごめん」

 あまりに懐かしいままだったので、思わず見入ってしまった。女の子の部屋をマジマジと見渡すとか悪趣味だったか。

「とにかく始めましょう。瞬は遅くなるだろうから」

「あ、ああ」

 瞬はまだ学校にいる。急遽行われる事になった中央委員会に出席する事になってしまったからである。この前に中止になった物だが、よりにもよってそれは今日だった。



「まずは。十八、苦手なのは何?」

 三人で部屋の中央にあるテーブルを囲むと刹那が訊いて来る。

「うーん……、どの教科っていうか、記号とかが苦手かな? あとは、しいて言うなら英語かな。英単語とか忘れる」

 見栄を張らないで正直に言ってみる。

「何よ、やたらとアバウトね。まぁいいわ。じゃあ英語からいってみましょうか」

 刹那がそう言うと勉強会が始まった。

 刹那が教えてくれて、海老原さんは俺の為に小テストを作ってくれている。

 あまりに自分の意志とは関係無しに進む成り行きに俺はそこが幸せ空間である事に気付かない。あまりに待遇が良過ぎなんじゃないかと気付かないで必死にペンを動かした。




 …………

「……何だ。けっこう出来るじゃない」

 幾つかの苦手教科の小テストを終えると刹那が褒めてくれた。

「流石に授業は聞いてるからね」

「……テスト範囲……要点は……押さえて……あるの……」

 海老原さんが何故か嬉しそうに言う。

「ふーん……。じゃあ次は現国よ」

 海老原さんに対して何故か不満そうな刹那。

「ところでさ、刹那。おばさん達は?」

 刹那達の両親。仕事に行っている筈だ。

「お母さんはもうすぐ帰って来るわ。ほら、いいから教科書を開きなさい」

「あ、ああ……」

 なんでムスッとしてんねん。





 …………

「やっぱり……。あなた暗記系が苦手なのね?」

 9教科の小テストを終えると刹那がため息混じりに呟く。

「そうかな?」

 正直、自覚が無い。

「つまりは勉強時間が足りていないワケね。あなた……、家で勉強してる?」

「…………」

 してない……。

「してないのね……」

 だってバイトあるし。俺の部屋に机無いし。

「……もし……ちゃんと……勉強……したら……?」

 海老原さんが訊いて来る。

「そうね。そこそこの記述問題も解ける位の応用力もあるみたいだし……」

 そう言うとチラッと俺を見る刹那。

「いや……、俺に振られても困るんだけど」

「理解力、応用力ともにかなりのレベルだと思うよ。十八は」

「し、瞬」

 部屋の入り口にはいつの間にか親友がいた。

「十八、遅れてすまない。刹那、十八は好きな教科なら素で90点位は行くんだ。授業聞いてるだけでな。それに十八は小学校までは俺よりも刹那よりも勉強が出来たじゃないか。元がいいんだよ、元が」

 いきなり登場した瞬の言う通り、捻りの少ない数学なんかはそれぐらい行く。小学校の時の話も本当だ。

「「「…………」」」

 瞬の言葉に俺を含めた三人が黙り込む。っていうか何?

「決めた! やるわよ、十八!」

「えっ? 何を?」

 突然刹那が言い出した言葉が全くわからない俺。

「勉強に決まってるでしょう! 勉強に! あなた次のテストでトップ30に入りなさい!」

 は?

「いやいやいやいや! そんなの無理に決まってるだろぉ!」

 いきなり何を言い出すんだ! やたらと自信に満ち溢れた刹那の勢いに焦る俺。

「大丈夫! 私が毎日教えてあげるわ!」

「えっえっ!」

 怒濤の勢いの刹那。何やら自信満々のその勢いに驚きながらも『毎日』、それに意識が集中する。

 刹那と毎日。

「ははは。いいじゃないか十八。刹那がここまでやる気になるなんて珍しいぞ?」

「……刹那……テンション……上昇中……」

 傍観する二人もノリノリである。

 ……刹那がやる気に? 頑張れば喜んでくれる?

「刹那が……、いいなら……」

 自分勝手な欲望が口を開く。

「もちろんよ! 頑張ろ?」

 隣に座る刹那。俺の顔を嬉しそうに覗き込みながら言う。というより既に完全に密着している。

「お、お、おう!」







 嬉しかった。

 刹那の笑顔が嬉しかった。

 俺の為に笑ってくれる刹那が優しかった。


 浮かれていた。

 嬉しくて、優しくて、懐かしくて……。


 俺は既に踏み外している事に気付けなかった。















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