030 第一章刹那18 断片
「それじゃあみんな、これを着てちょうだい」
全員を集めた刹那が何かを引っ張り出す。
段ボール? に入った?
「な! なにこれ!?」
口の開いた段ボールの中に入っているのは恐らくユニフォーム。
しかも……。
「ピンク色? それにこれ、野球のやつじゃなくないか?」
取り出して広げてみてドン引きした。
白地にピンクの縦縞、見た感じは野球のユニフォームかと思ったがよく見ると下はハーフパンツ。
何ともかわいらしい女子ソフトボールユニフォームだった。
「刹那?」
まさか俺達にも『これ』を着ろと?
「デザイン部と手芸部が協力して作ってくれた力作よ。大丈夫、全員分のサイズを調べて作らせたからぴったりの筈だわ。余分にあるし、ゆったりした造りになっているから増えた男連中にも何とか着れるわ」
「いや、あの?」
「背中には生徒会執行部の刺繍をいれたの。これを着るからには負けは許されないわ! 十八!」
「う、うん」
ひっくり返すと背中部分にローマ字で生徒会執行部と書いてある。ダメだ、刹那、半端じゃなくやる気になっている。着るしかないみたいじゃん。
流石のみんなも俺と同じ様なリアクションを? してるのかと思ったが、そうでも無くて野郎以外は平然としてる。
「かわいい……」
小さな呟きが聞こえたと思って視線を移すと、八神さんがユニフォームをキラキラした瞳で愛でる様に見つめていた。
がっくりした。
球技大会三日目、部活対抗戦。
今年は野球。
野球は野球でも軟式野球でイニングも五回のコールド無し、対戦する組み合わせもやはりトーナメント制らしい。
クズ校の部活総数は文化部、運動部、同好会合わせて141個ある。今回の部活対抗戦に参加する部活はその内の20。協賛してくれてる野球部以外のサッカー部や陸上部などを中心とした実力のある運動部ばかりである。まぁ数多くの同好会は人数が足りなくて参加出来ないのが実情だろう。
その中に何故か混ざって参加している我らが生徒会執行部。部活として成り立っているかどうか激しく疑問である。
始業時間と共に対抗戦が始まった。
しかし何故か第一シードを獲得している執行部は暇だった。
目の前の校庭では白球を追い掛ける同級生達。実に爽やかな光景を目の当たりにしている筈なのにちっとも気分が乗ってくれない。
「なぁ……」
爽やかな喧騒に混じって囁く様な静かな問い掛け。
左隣に並ぶ藤村だった。
「何やってんだろうな、俺達……」
相槌を打つ前に再び小さく囁く藤村。とても寂しそうである。
「俺は今すぐ逃げ出したいよ……」
藤村の表情に顔をしかめようとすると藤村の向こう側からやはり寂しそうな声が聞こえる。河本である。
「俺も同意見だが刹那には逆らわない方がいい……」
藤村達とは逆の右側から瞬が俺越しにそう言うと二人とも黙り込む。瞬もそれ以上何も言わなかった。
真ん中に立つ俺も黙っていた。
執行部テント前。白ピンクのかわいいユニフォーム姿で校庭を眺めながら佇む野郎三人、身も心も脱力しまくっていた。
通り過ぎる人達全員が俺達を見た途端、見てはいけない物でも見たみたいに目を反らして走り抜けて行く。
非常に切なかった。
いろんな意味で切なかった。
「ところでさ、リュウ。お前はあの、えー……八神と、付き合ってるのか?」
少し離れた所で刹那と話している八神さんを見ながら呟く藤村。
「う、うん。まぁね」
見るからに照れまくりながら肯定する河本。
「へぇ、やっぱりか。チラッと噂で聞いてたけどリュウもやるじゃん」
言いながらからかう様に河本を小突く藤村。
「や、やめろよ。そう言うお前は桂とどうなんだよ?」
顔を真っ赤にして小突き返す河本が反撃に転じる。
「はぁ? い、いや、由とは何もねぇよ」
河本の反撃に微妙にたじろぐ藤村。
「恭介。俺は知ってるぞぉ? 家のバイトの超美人の年上と付き合ってるらしいじゃないか……しかも二人居るバイトにフタマタ掛けてるって?」
俺越しに瞬がニマーっと二人の会話に交ざる。
て? 何? フタマタだとぅ!
「ばっ! レオナはちげぇって!」
凄い勢いで振り向くと必死そうに否定する。俺にばしばし唾が飛んで来た。
「ほぅ、レオナさんというのか……」
顎に手を当てたしたり顔で揚げ足を取る瞬。
「か、勘弁してくれよ、瞬。付き合っている人は居るけど由でもレオナでもない別の人なんだからさ」
「はは、分かってるよ。お前がフタマタ掛けれるほど器用なヤツだとは思わないからな」
そう言う瞬の笑いに釣られたのか河本も笑う。藤村も苦笑いを返すが何やら嬉しそうである。何となく俺も笑っておく。
しかし何かな、この疎外感。
何だか知らんがモテまくっていそうな藤村。
美形で有名だった河本にも遂に彼女が出来たらしいし。
二人の話を笑顔で聞く瞬は余裕そうだし、ファンクラブあるし。
「シオは?」
そう、俺だけどうしようも無いじゃん……って俺?
笑顔のまま話を振る藤村、他の二人も笑顔で俺を見てくる。
やっぱ俺?
「佐山と付き合ってんのか?」
は? 佐山って刹那の事だよな? 瞬の筈ないし……。
刹那? ――はあ!?
「や、や、や! 違うっしょ! 絶対に違うっちゃ! どげんやったらそういう話が出てくるんだっさ!」
馬鹿丸出しであたふた照れまくってしまう。同時にどうしても横目で刹那を見てしまう。聞こえたんじゃないかとハラハラした。
「何だよ? ずいぶん激しく否定するな、シオ。いや、だってさ、佐山って男嫌いで有名じゃん? 瞬以外でお前も平気なのは何となく分かるけど、それにしてもって思ったからさ」
何が?
「まぁまぁ。とりあえず今は違うが、その内もしかしたらもしかするかもしれないぞ?」
瞬が、あんまりいじめんなよ、みたいに藤村をたしなめる。
いや、だから何が?
「俺が思うには佐山よりあの海老原って娘の方が怪しいけどな」
笑顔のままの河本が変な事を言う。
いやいや、だから何が?
「あっ、言えてる。さっきシオの着替えを手伝ったりしてた娘だよな」
だって上手く着れなかったんだからしょうがないじゃん。
「くくく。残りの連中もどうなるか分からんぞ? ……賭けるか?」
何やら盛り上がる藤村と河本に含み笑いで何か持ち掛ける瞬。
だから何が!!?
昼前、ようやく二回戦である俺達の試合となった。
対戦相手となる部活はラグビー部。一回戦では何となく強そうな陸上部を大差で破ったらしい。
部員数の多い部活は野球の出来そうなヤツをたくさんの中から選出できる分有利なのだろう。
「はっ! 何か弱そうだわ、余裕ね」
いざ整列しようという時に言う刹那。
刹那さん? 目の前の屈強そうな漢達の事を言ってるんですか?
何とも先行きに不安を感じながらラグビー部と向かい合う様に整列する。
「くそぉ、野郎が増えてんじゃねぇか……」
整列したら今度は相手側から何やら呟きってかぼやきが聞こえた。
見てみるとサッカーの時のG組のゴツいヤツが睨んでた。っていうかラグビー部のほとんどがG組だった。
緒戦から非常に不安である。
一回の表、生徒会執行部の攻撃から。
トップバッターはやっぱり俺。
「どうにか塁に出ないとどうにか塁に出ないと……」
バッターボックスに入りながら自分に言い聞かせる様にぶつぶつ呟く。
ラグビー部のピッチャーはゴツい顔のヤツだった。どうやら顔も凄いが運動神経も凄いらしい。
審判の合図と共に試合開始。
ゴツい顔が俺を睨みながら大きく振りかぶる。意外と本格的な投球モーション。俺もバットを短く握り込んで構える。
よし、来い!
ズバーン!
「ストライークッ!!」
「えっ?」
思わずキャッチャーミットを凝視してしまった。ミットにはしっかりボールが収まっている。
「えっ?」
そのミットのボールをキャッチャーがゴツい顔に投げ返す。同時にキャッチャーのヤツは俺を見てニヤける、お前に打てる訳ねぇよぉ、とでも言いたそうだった。
速い、確かに速い。全然見えなかった。いや、さっきのは多分ストレート、しっかり見ればタイミングを合わせるだけだ。
よし、と再び構える俺を見たゴツい顔は二球目の投球モーションに……。
ズバーン!
絶対無理!!俺の能力では到底捉えられそうに無い。
マズい。どうする?
どうにかしなくちゃと考え込もうとするが、ピッチャーは待ってくれない。三球目の投球モーションに入るゴツ男(命名)。
慌てて構え直す。
そうだ。考えてもしょうがない。やるしかないんだ。
出来なくてもやらなくてはいけない。後ろ足に重心を掛けて前の足でタイミングを測る。
まぐれでも偶然でもいい。ギリギリまで短く持ったバットを握り込む。
とにかくバットを振らなくては駄目だ。全神経を集中して目を凝らす。
ズバーン!
「ストライーク! バッターアウト!!」
空振り。しかも明らかに振り遅れだった……。
ため息を我慢しながらとぼとぼとベンチへと歩く。
上手くやれるとは思っていなかったがどうしても気分が落ちてしまう。
「ドンマイドンマイ!」
途中、次の打順の桂に笑顔で励まされる。項垂れる俺とは正反対に元気な桂。はは、小学校の時から全然変わってないじゃん……。
ベンチでは瞬が出迎えてくれた。
「顔に似合わずなかなか速かったな。しかも顔に似合わずコントロールもいい」
戻った俺に瞬が相手投手の感想を振って来る。決して俺の惨めな部分に触れない。瞬らしい。
「ああ、確かに速かったけど……」
瞬に反応はするが意識は向かない。俺の意識は一か所に集中していた。
……しかしそこを見れない。
「十八」
そこから声が掛かる。呼ばれてしまった。
「……なに? 刹那……」
応えるが視線は合わせられない。
覚悟はしていたが正直キツい、後ろめたい、恥かしい……。
「こっち見なさいよ」
???
あれ?
意外に思った。
今のはいつもの刹那なら苛立った言い方だっただろう。今は違う、優しい言い方だった。
刹那の心情が掴めない。怒ってないのか? そう思って刹那の顔を伺ってしまった。
「…………」
視線が合う。
見つめられる。
俺を呼んだ筈なのに刹那は何も言わない。
刹那は怒っていなかった。
いや、実際はどうか分からない。
俺を観察する様に……無表情で俺を見つめていた。澄んだ黒目が俺を映していた。
再会した日を思い出した。
「見てたわ」
「えっ?」
無表情のまま言われた言葉。
見てた?
「次も見てるから」
続いた言葉も無表情。
それだけ、と言うと刹那はグラウンドに視線を移してしまった。
…………。
見てた、見てる……。
そうだ。
緊張や落胆のあまり自分の馬鹿な台詞を忘れていた。
刹那は昨日の俺の馬鹿げた台詞を受け止めてくれていた。
―頑張る、目一杯頑張る。だから刹那、見ててくれ―
刹那はどう捉えてたのか……いや、そこは関係無い。
刹那が見てくれるならそれで良かった筈だ。
だいたい俺はその台詞を言った時に決めた筈だ。
惨めだろうと、愛想を尽かされてしまうとしても……。
晒すと決めた筈だ。
「あっ! 由!」
刹那の声に条件反射でグラウンドを見ると桂がセンター前ヒットを打っていた。
それを見た刹那の表情が華やいでいる。
嬉しそうに微笑む。
その笑顔を見て俺の記憶が色付く。
モノクロだった記憶が色付く。
ああ、そうか……。
刹那はそうやって笑うんだったな。
思えば再会してからちゃんとした刹那の笑顔を見ていなかった。
昔の様にはしゃぎ回る様な笑顔じゃない、どこか上品な笑顔。
でも刹那らしい笑顔だと思った。
毎日見ていた笑顔と同じ気がした。
嬉しかった。
釣られて自分の顔も綻んでいた。
昔とは違う俺の笑顔だった……。
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