生徒会長補佐日誌(16/62)PDFで表示縦書き表示RDF


生徒会長補佐日誌
作:新木吾妻



016 第一章刹那04 残花




『――各地のお天気でした。次は本日の運勢です』

 朝食を摂りながら眺めるテレビ。早朝のバイトで既に外に出ている俺は天気を知っている。特に見る必要も無いのだが、見ないで家を出ると落ち着かない。習慣というヤツだろう。

 テレビに表示された時計を見ると家を出るのに丁度いい時間だった。テレビを消し、食器を片付けると居間を出た。


 出かける前の習慣がもう一つある。

 居間の隣の部屋。元々はじいちゃんの部屋であったが今では仏間と成り変わっている。カーテンを開け、仏壇の観音扉を開いて水を替える。仏壇の前に腰を下ろし、四つ並ぶ遺影に手を合わせる。

「…………」

 毎朝見るその遺影は表情を変えない。みんな『あの時』のまま……。

「え、とさ。俺、学校で生徒会に入ったんだ……」

 語り掛ける。

「生徒会長はさ、せっちゃん……いや、刹那なんだけどさ。瞬もいてさ、何だろ、忙しくなりそうだよ」

 当然、言葉は返って来ない。

「どうして俺なんだろう、って感じだけどさ……不安で自信も無いけどさ……ちょっと頑張ってみようと思うんだ」


 ――大丈夫だよ――


 妄想か……幻聴か……。

「ありがとう……」

 届かない大切な言葉…。

「……行ってきます」


 ――行ってらっしゃい――






 今日は休日明けの月曜日。俺が生徒会執行部に入部してから最初の月曜日。

 ……俺は月曜日が好きだった。

 一人でいる休日より学校のある平日の方が好きだった。だから休日明けの月曜日が好きだった。同時に不安もある、いや、恐れといってもいいだろう。誰かの幸せを壊してしまうのではないか。誰かの時間を奪ってしまうのではないか。

 でも、俺は一人でいると、きっと壊れてしまう。悪夢を振り払うには現実に向き合わなくてはいけない。俺が現実にいる事を確かめなくてはいけない。

 自分自身に課せた戒めと無意識に沸き上がる欲求が交錯する思考に廻るものがある。

 せっちゃん……いや、刹那。

 早く刹那に会いたかった。







「すぅ、はぁぁ」

 コンコン

 緊張と不安の深呼吸の後、期待を込めたノックをする。

「どうぞ」

 刹那の声。扉を開ける。

「失礼します」

 ひんやりとした廊下に比べて暖かい会長室、当然のように俺を見据える刹那。そのお陰なのか、凍えていた体と共に緊張が少しだけ和らいで行く。

「おはよう」

 朝一にも関わらず凛とした挨拶をくれる。

「お、おはよう」

 情けない挨拶を返しながら見回して気付く、部屋の中には刹那だけだった。時間がわからなかったので、最初に呼び出された8時に来てみたのだが早かったのだろうか?

「他のみんなは?」

 訊いてみる。

「図書館棟に行っているけど曜子は来ているわ。他のみんなは朝には来ないわね」

「来ない?」

 マンツーマン?

「一年生達に朝早くから仕事させたくないし、瞬は言っても来ないのよ」

 補足する刹那。なるほど。

「とりあえず……と、と、と、と……」

 ???

 と?

 堂々とした態度でかっこよく座っていた刹那が急にもじもじしだしたぞ?

「……とぉゃ」

「えっ?」

 よく聞こえなかったぞ?

「お茶っ!! お茶煎れて来なさいよっ!!」

「えっ? あっ、うん、紅茶だね。わかったよ」

 どういう訳か刹那が俺の煎れた紅茶を気に入ってくれたのはわかる。怒鳴られた理由はわからないが、少し嬉しく思ってしまいながら給湯室に向かった。



「あっ、海老原さん。おはよう」

 給湯室に向かう途中に海老原さんに出会した。

「……塩田……おはよう……」

 海老原さんは両手で数冊の分厚い本を抱えていた。かなり重そうである。

「どこに持っていくの? 持つよ?」

 男として当然、手伝いを申し出る。

「……いい……重いし……悪いし……」

 逃げるように体をよじる海老原さん。

 何だろう……。俺の中に沸き上がるものがある。ひじょ〜に守ってあげたい衝動に駆られてしまう。

「重いから俺が持つんだよ」

 回り込んで奪い取る。

「…………」

 本を支えていた両手をそのままで固まってしまう海老原さん。

「どこに持って行けばいいのかな?」

 やはりというか、どうしても小さな子供に訊くように訊いてしまう。

「……事務室……」

 のんびりした動きで俺を指差す海老原さん。……俺?

「……後ろ……」

「あっ」

 俺の真後ろの扉、プレートには『生徒会事務室』と、書いてあった。

「あはは……。俺、出しゃばっちゃったかな?」

 ちょっと恥ずかしくなって、わざわざ訊いてしまう。

 ふるふる

 首を振り。

 じぃ〜

 見つめてくる。

「……ありがとう……」

 感謝の言葉。大切な言葉。海老原さんの優しい言葉に恥ずかしさが吹き飛ぶ。

 俺が学校にこだわるもう一つの理由。

「……うん」

 ありがとう海老原さん。





「あなた非常に遅いわ!」

 お茶を煎れて会長室に戻った瞬間に刹那に怒鳴られる。海老原さんと話していたから、というより俺のお節介で、かなり遅くなってしまった。

「ごめん、刹那。紅茶はちゃんと暖かいからさ」

 申し訳なく思いながら机に紅茶を置く。

「…………」

 ???

 俺を恨めしそうに見る刹那。ん? 少し顔が紅いか?

「あなた……ちょっとずるいわ……」

「えっ? ずるい?」

 何だ? 俺、また余計な事を言ったか?

「うるさいわね、十八!! もういいから教室に行きなさい十八! わかった? 十八十八!」

「わっ、わっ、わっ、ごめん。じゃあ」

 何だかよく分からんが、別に本気で怒っている訳ではなさそうだ。

 懐かしい刹那。『せっちゃん』の時と同じだった。






 教室に戻ると、丁度HRが始まる少し前だった。

「おはよう、十八」

 既に登校していた瞬が挨拶をくれる。

「おはよう、瞬」

 俺の日常は変わったが、瞬との関係は何も変わらない。朝の挨拶も今まで通り。

「刹那から電話あったか?」

 少しニヤニヤしながら訊いてくる。恐らく俺の事も刹那の事も察しているであろう瞬。無事に解決した事も知っているのだろう。だから敢えてからかうように訊いてくるのだと思う。

 刹那からの電話の事を思い出す。彼女の優しさを思い出す。

「ああ、昔みたいになれたらいいな」

 自然に出た言葉だった。

 最近はどうも俺らしくないと思う。明日への期待の言葉。俺はそれがどれだけ馬鹿げているかを知っている筈なのに……。

「そうだな……」

 おどけたような表情を引き締め、安心してくれたような暖かい表情で言う瞬。

 嬉しそうに笑ってくれた。







 放課後。俺は瞬と一緒に時計棟の来ていた。

「渉のヤツ、結局来なかったね」

 会長室に向かう廊下を瞬と雑談しながら歩く。

「どうせまたサボリだろ?」

 今日は渉が学校に来なかった。遅刻常習犯の渉だが、稀に学校自体に来ない時がある。

「だよな。今日は数学も無かったし」

 徳川先生大好きな渉は数学の出席率は高い。体育を除く他の教科は学校に来ていてもサボる問題児だ。

「数学がどうかしましたか? 質問なら承りますよ?」

「「えっ?」」

 突然の第三者の声に俺も瞬も軽く驚く。声の主は徳川先生だった。

「ごめんなさい。驚かせてしまいましたか?」

 俺達の反応を見て、酷く恐縮してしまう先生。

「いえいえ、大丈夫ですよ先生。丁度今日は数学が無くて残念だったなぁ、と二人で話していたところです。少し驚きましたが今日も先生に会えて良かったです」

 あまぁい声の瞬が訳のわからんフォローをする。

「まぁ……佐山君、お上手ですね」

 両の掌を熱った頬を隠すようにあてながら照れる先生。かわいい。

「さっ。一緒に会長室に行きましょう?」

 すっとかっこいい動きで自分と俺の間にスペースを作る瞬。

「はい。御一緒しましょう」

 はにかみながら俺達に並ぶ先生。

 ……瞬が先生のナンパに成功した?



 三人で会長室に入室する。会長室には執行部の全員が集合していた。

「全員揃ったわね。じゃあ、早速始めましょうか」

 言いながら会長の机から立ち上がり、部屋の中央付近に立つ刹那。先生以外の他のみんなも刹那に向き合うように整列しだした。

 ???

 始める?

「十八、並んで」

 瞬が自分の隣の床を指差しながら言う。

「あ、ああ」

 言われるがまま並ぶ。

「悪い。言い忘れてたけど、これから十八の任命式なんだ」

 ごめん、というジェスチャーをしながら、瞬が小声で言う。

 任命式?

「では、任命式を始めます。塩田十八君、前に出て下さい」

「えっ? は、はい」

 真剣な表情の刹那に気圧されながらも一歩前に出る。

「2年F組塩田十八。貴方を第十六期生徒会執行部、生徒会長補佐に任命致します」

「……はい」

 なるほど、任命式……。そういう事か。いきなり過ぎて分からなかった。

「よろしい。では、これを」

 俺の前に何やら小箱を差し出す刹那。

 受け取る。

 指輪の入れ物のような小箱の中身は襟章だった。刹那の制服にも付いている物。どうやら生徒会の証らしい。

「付けなさい」

「はい」

 言われるがまま自分の制服の装着する。

「これで貴方が生徒会役員の一人である事を生徒会会長である佐山刹那が承認します。では、塩田十八、下がって結構です」

「はい」

 一歩下がり、列に戻る。

 …………

「はい、終わり。じゃ、十八、お茶を煎れて来て? 全員分よ?」

「は?」

 真剣な表情から一転、かったるそうにお茶を要求する刹那。

「一応、正式なものだからね。ちゃんとやったんだよ」

 呆然とする俺に隣の瞬が苦笑しながら教えてくれる。

「ほら、俺も手伝うからお茶煎れに行くぞ」

「えっ、あ、ああ」





 給湯室。

 女の子が大半の生徒会執行部。野郎二人でお茶を煎れる。

「十八……任命式の事……言わなくてごめんな」

 お茶を煎れる作業はそのままに申し訳なさそうに言う瞬。

「いいよ、そんなの」

 少し驚いたが、別に大した事ではない。酷く申し訳なさそうな瞬が意外だった。

「実はさ。さっきの任命式……ちゃんとしたやり方じゃないんだ……」

「えっ?」

「本当なら、刹那やみんなの前で学校の為に働く事を誓わないといけないんだ……」

 誓い……。

 約束……。

「任命式は形だけの儀式みたいなもんだから、普通なら口約束みたいに流してもいいのかもしれない。でも、十八、お前……『約束』できないだろ?」


 約束……。

 ――絶対だよ? 約束だよ?――

 遠い昔の声が聞こえる。


「刹那に頼んで、その行程を省いてもらったんだ。……十八には悪いけど遥の名前を出してな」

「…………」

「すまん……」

 心底申し訳なさそうに頭を下げる瞬。

「……やめてくれ、瞬……」

 胸が熱かった……。親友の心遣いが痛い程嬉しかった……。

「刹那って少し堅いところがあるからさ、もしかしたら省いてくれないかもって心配していたんだ。それで言い辛かったんだけど、流石に察してくれたらしい……」

 俺を気遣う様子はそのままの瞬。

 任命式の事を知っていた瞬は酷く苦悩しただろう……俺の為に。

 俺は刹那との関係の回復に少し浮かれていた。

 瞬の優しさに気付けなかった。

「ありがとう、瞬……」

 ここで謝罪の言葉を送ってはいけない。


 刹那も……。

 ありがとう……。


 ――絶対だよ? 約束だよ?――

 遥……ごめんな……。

















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