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扉絵:蓮条誠獅郎(制作:あやめゆうき様)
あやめゆうきさんに蓮条を描いていただきました!
カッコイイっていうかもう、セクシーです!!
さ、鎖骨が萌えすぎてもう……すみません、変態です。
あやめさん、ありがとうございましたー!

挿絵(By みてみん)
chapter1:fanatic love
#3 visitor-2
「まぁ、こんなもんかな」
 ひとしきりの説明を終え、戒は溜息をもらした。
 隣の紅流が、感心したように何度も頷いた。
 ここは学園のすぐ側の高台に作られた、公園の展望台である。
 殺人事件がどうのと騒いでいる中、街をうろつくのもどうかと思った戒は、手っ取り早く街の様子を伝えるためにはどうしたらいいものかと考えたあげく、見晴らしの良いこの場所から、大まかに説明する事にしたのである。
 紅流が先日引っ越してきたという、戒の暮らすマンションは、学園から歩いて数分の距離にある。
 おかげで、大して街の事に詳しいわけでもない戒でも、自分の行動エリアについて話しているだけで事足りた。
 自分の家から最も近い駅やスーパー、コンビニ、病院など、思いつく限りの施設を紹介し終わると、戒はベンチから立ち上がった。
「じゃあ、帰るか」
 そう言った戒の口調は、無機質でそっけないものだった。
 別に怒っているわけでも、人見知りをしているわけでもなく、戒の態度は常にこういった感じなのである。
「えー、もう? この後何か用事でもあるの?」
 駄々をこねる子供のように口を尖らせ、紅流がゆっくり立ち上がった。
「別に何も無いけど……早く帰らないと学級委員長がうるさいだろ」
 抑揚のない口調で言い、首は動かさずに視線だけを紅流へと向ける。吹き抜けた風が、柔らかい戒の髪をふわりと撫でた。
「学級委員長って、さっき会った蓮条くんのことだよね?」
「そうだけど」
 紅流はどう足掻いてもすぐに帰る気は無いらしい。
 立ち上がったまま、一歩も踏み出そうとしない様子を見て、戒は仕方なくもう一度ベンチに座り直していた。
 観念した様子の戒を見て、紅流も満足そうにそれに倣う。
「蓮条くんて、何かスポーツでもやってるんでしょ? えらくガタイがいいよね」
「あいつは剣道部の主将もやってるんだ。全国大会で優勝経験があるみたいだし、相当鍛えてると思うけど」
「へー、そうなんだ。練習熱心だから、怪我したのかな?」
「怪我?」
 とっさに、どうして怪我の事を、と聞きたくなるのを堪えた。
 そういえば、今日の蓮条は両手に包帯を巻いていたような気がする。あんなに酷い火傷を負ったのであれば、当然仕方のないことだろう。
「ああ、あれか。俺もよく知らないけど……たぶん、そうなのかもな」
 顔色に出すことはなく、サラリと受け流した。
「蓮条くんとはそんなに仲良くしてる訳じゃないんだね」
「まぁ、そう言われればそうだな」
「あ。じゃあ、篠崎くんは? 確か、一緒のマンションなんだよね?」
「マンションていうか、部屋も一緒だけど」
 言われて、紅流が目をパチクリさせて戒を見た。
「え、そうなの?」
 キョトンとしている戒を、遠慮がちに見つめている。目のやり場に困っているような、妙な態度である。
「何だ?」
「篠崎くんと付き合ってるの?」
「付き合うってなんだよ。意味わかんないだろ」
「付き合ってないのに一緒に住んでるの?」
「そうじゃなくて……」
 どこか噛み合っていない二人の会話に、さすがの戒も少し苛立ってきていた。
「まぁいいけど……お前、今からどこか行きたいところでもあるのか?」
 結局、返す言葉が思い浮かばなかった戒は、面倒臭さが先に立って、話題を変えることで解決を試みた。すると、待ってましたとばかりに、紅流がニッコリと微笑む。
「君と行けるところならどこでもいいよ」
「お前なぁ……」
 作戦は失敗だったらしい。戒はうんざり顔で頭を掻いた。紅流の悪気の無さそうな微笑みが、返って癪だった。
「さっきから何なんだよ? そりゃあ俺は背も低いし、顔つきもこんな感じだけど――」
 珍しく声を荒げた戒のそれ以上の言葉を、何かが妨害していた。
 突然紅流が間合いを詰めてきたことに怯んだというのもあるが、実際に影響しているのはもっと物理的な要因である。
 バニラのような甘い香りが、風に乗って戒の鼻腔を刺激する。
 先ほどまでは距離を詰めすぎていて捉えられなかった紅流の顔が、視野に収まるくらいに離れた時、ようやく戒は自分がキスをされたのだと気付く。
「びっくりした?」
 無邪気に笑いかけてくる紅流には、全く悪びれた様子がなかった。
「そりゃあ、まあ」
 照れた様子などもなく、戒はただ面白くなさそうに顔を背けただけだった。
「何て言うのかな。僕、オーラみたいなのが見えるんだよね。朧気だけど、その人の本質が気配でわかるんだ」
「本質?」
「そうそう。だから隠しても無駄だよ? 何で隠してるのかは知らないけど、君は女の子に間違いない」
 不安気な自分に対して、何の根拠もなく蓮条を信じると言った荒汰の気持ちが何となく分かった気がした。まさに何の根拠もなかったのだが、戒には紅流が嘘を言っているとは思えなかった。
 蓮条といい、昨日の事件といい、何だか最近急に変なのが増えてきたなぁなどと脳天気なことを考えつつ、戒は紅流の碧眼をぼーっと見つめていた。
 そのまま見つめ続けていると吸い込まれていきそうな危機感を覚え、適度な所で目を外し、前を向く。
「神代さんって呼ぶのはダメなんだよね。何かしっくりこないけど、神代くんって呼んだ方がいいのかな?」
「戒でいいよ。呼び捨てでいいし」
 ぼそりと呟くように言った戒に、紅流は屈託のない笑みを見せた。
「じゃあ、僕のことも瑛時でいいよ」
 何だか、居心地が悪い。
 戒は心の中に、感じたことのない違和感を感じていた。
 コイツは、自分のことを女として見ている。
 無論、荒汰や蓮条もそれを知っているはずだが、彼らとは明らかに違う態度で接してきているような気がする。
 何だか、心底居心地が悪くなった。
「戒は、キレイな気配がするんだ」
 思考にノイズが混じったような感覚を拭えないまま、戒は難しい顔で紅流を見た。
「あ、もちろん見た目もキレイだよ?」
 言ったところで、戒が喜ぶはずもないのだが。お構いなしに、紅流は続けた。
「髪も明るい茶色でツヤツヤで、眼も蒼いし。目鼻立ちもハッキリしてるよね」
「俺、一応クオーターだから」
 何度も聞き飽きた台詞に、言い慣れた台詞。何も考えなくても、答えは簡単に口をついて出ていた。
「そうみたいだね。うーん……でも僕、見た目よりその気配がいいんだよねぇ」
「うわッ!?」
 小動物でも愛おしむかのように、可愛くてたまらないといった表情で、戒を抱き寄せ頭を撫でる紅流。
「僕ね、君のこと好きみたい」
「はあ?」
 あまりの展開についていけず、険しい表情で見つめ返す事しかできない戒。
 しかし、やはり紅流はお構いなしの様子であった。
「何を言ったらいいのか思いつかない」
 思ったことを率直に述べ、戒は困ったように溜息をついた。
「だいたい、俺はお前とさっき会ったばっか――」
 ようやく絞り出した言葉を、またも紅流が妨害していた。
 そうすることで、どうやら戒の思考能力は著しく低下してしまうようであった。
 視界の端に、奇異の視線をぶつけてくる通行人の姿があったような気がしたのだが、それも不思議と気にならない感じがして、戒はしばらく、その心地よい妨害行為に身を委ねていた。
 ふわりと甘い香りが動くのを感じ、その時間は終わりを告げた。頭がクラクラとしているのは、酸欠のせいなのだろうか。
「じゃあ、帰ろうか」
 数分前に自分が言っていた台詞を、今度は紅流が口にしていた。
 満足気に頷き、まだ呆けている戒の腕を取る。
「いいよ……自分で歩ける」
 よろつきながらも何とか体制を立て直し、戒は紅流の手を振り払った。

 上機嫌で鼻歌を歌いながら隣を歩く紅流に何か言ってやりたいのだが、何も思いつかない。
 結局何も話すことのないまま帰途を辿る羽目になり、大した時間もかからず、二人はマンションの玄関へと到着していた。
 もやもやした気持ちを抱え、恨めしそうに見つめるクラスメートを振り返った紅流の表情は、春の空よりも晴れやかなものだった。
「じゃあ、またね。あ……僕ここ、一〇八号室だから」
「俺は七〇一号室だ」
「合鍵が欲しかったら、いつでも言ってね」
「今のところ、全く必要ないな」
 隙あらばアピールしようとする紅流を無理矢理部屋に押し込め、なるべく素早くドアを閉めてやる。
 ひたすら笑顔を振りまく紅流の姿が見えなくなった瞬間、何だか全身の力が抜けたような気がして、戒は廊下の壁に体重を預け、深く呼吸を整えた。
「何なんだよ、アイツ」
 理解できない感情が次々と沸き起こり、言い知れない疲労感が、戒の足取りを鈍らせた。
 続け様に携帯の着信音が聞こえる。何となくの厭な予感は、見事的中し――
 携帯のディスプレイには“紅流瑛時”の表示があった。
《今度はまた違う場所でデートしようね》
 語尾にはしっかり、ハートマーク。
 メールだったのは、まだ救いだったのかもな――
 そんな事を考えながら、苦笑いを浮かべて歩く自分の心情が、どうにも不可解だった。



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