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扉絵:神代戒 イメージ画

挿絵(By みてみん)
chapter1:fanatic love
#1 nightmare
 弾かれたように体がビクンと震える。
 金縛りが突然解けて、四肢に自由が戻った。
 気が付けば汗だくになっていて、首筋に纏わりついた髪の感触が、この上なく不快だった。
 のそりとベッドから起き出した戒は、激しく首を振った。
「またあの夢……」
 流した汗が、あの時の生暖かい血の感触と重なって、胸焼けがする。シャワーを浴びたいと思った。バスタオルや替えの服を適当に引っ掴んで、湿っぽくなったパジャマを脱衣カゴに放り込む。
 四月の夜の気候は、裸でいるには少し肌寒い程だったが、今の戒には気にならなかった。
 目を閉じ、心地好い温度のシャワーを頭から浴びると、嫌なイメージまで全て一緒に流されていくような気がした。
 目を開けたくない。
 目を開けて鏡に映った自分の体を見ると、嫌でも左腕の傷跡が目に入る。
 もう少しだけでいいから、あの夜の出来事が紛れもない現実であることを忘れていたい。
 出来る限り鏡を目に入れないようにしながら、戒は風呂場を後にした。
「んん……あかんわ……もう無理や……」
 寝室から声がした。よく見れば、隣のベッドで眠っていた親友が、今にもベッドから落ちそうになっている。
「もう食べられへん……」
 楽しい夢を見ているらしい。口の端をだらしなく緩め、彼は涎を垂らして笑っていた。どうやら先程の声は寝言のようだ。
 このまま放っておくとベッドから落ちてしまうだろう。助けてやろうかと思ったが、戒はまだ裸のままだった。
 手早く新しいパジャマに袖を通そうと試みたが、数秒もしないうちにドスンと鈍い音を立てて親友が床に転がった。
「がっ!」
あまりの間抜け振りに、こらえていた笑いが一気に堰を切ったように押し寄せて来た。
「くく……あははは!」
「コラ戒! 起きとるなら止めんかい!」
顔から落ちてしまったのか、彼の額は真っ赤になっていた。痛む額を擦りながら再びベッドによじ登る。
「だって荒汰(こうた)、重いし……俺は非力だから助けてあげられないって」
「こういう時だけ女ぶるな、お前は」
不機嫌そうに目を座らせて、荒汰は戒に背を向けた。
「あと……パジャマのボタン、閉めとけ」
「ん?」
 きょとんとしながら、自分の服装に目をやる戒。見れば、パジャマの前ボタンが全開になっている。
 寝る時に下着を付けると気になって寝られないタイプである戒は、まさにあられもない姿で荒汰のベッドの側に立っていたのだった。
「あ、ああ」
 一瞬、何を言われたのか判っていないような間があった。
 特に恥ずかしがったりする様子もなく、戒はパジャマの一番上を除くボタンを止めた。
「お前なぁ、いい加減にせえや。俺は男なんやで?」
「知ってるよ」
 あっけらかんと答えた戒を見て、荒汰は大きな溜め息をついた。
 戒は、ほんの一年前まで特殊な環境に置かれながら育って来ていた。
 そのためか、知識として蓄積されてはいるものの“普通の人間としての感性”があまりない。自分が女であるということも、生物学的な認識でしかない。
 しかも周囲の人間の話によれば、それなりに恵まれた容姿であるようなのだが、だからと言ってそれがどのようなことを意味するのかも、よくわからない。
 時たまこのように荒汰が“よくわからないこと”で機嫌を損ねたりする理由が、いつも不可解であった。
「お前、何しとったんや?」
「起きたら汗かいてたからシャワー浴びてた」
「そうか」
 隣のベッドに戻ろうとする戒の様子をじっと目で追いながら、荒汰は再び溜め息をついた。
「また、うなされとったんか?」
 背を向けて寝ようとしていた戒が振り返った。
 何も答えなかったことが、結果として荒汰の質問を肯定してしまっていることに、気付いた時にはもう遅かった。
「ええ加減もう忘れえ。あれから一年過ぎとるんやで?」
「分かってるよ」
「“アイツら”は未だにここを見つけられへん。これからもずっとそうや」
「ああ、そうだな」
 抑揚のない口調で言って、戒は荒汰に背を向けた。
「俺が一緒なら、お前の気配を消してやれる。何ちゅーたって、俺は天下一の凄腕“陰陽師(おんみょうじ)”やさかいな」
 何も答えず、戒は静かに目を閉じた。聞こえない振りをして、このまま眠るつもりだった。
「せやから……もっと信用せんかい、アホ」
 消え入りそうな程の掠れた声で、荒汰は言った。聞きなれた心地よい声音は、戒の意識を容易くまどろみの中へと引き込んでいった。


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