ブックリスト登録機能を使うには ログインユーザー登録が必要です。
扉絵:姫! ココアですよ! (制作:黒檀様)
黒檀さんにギルティの主要キャラ(しかもカフェコス!)を描いて頂きましたーーー!!!
う、美しすぎる……早乙女への愛、しかと受け取りましたよ!!
黒檀さん、ありがとうございましたー!

挿絵(By みてみん)
chapter1:fanatic love
#∞ anniversary of the establishment-2
 つつがなく日々は流れて行き、その日はついにやって来た。
 時はまさに連休の真っ只中。世間は例外なく祝日を満喫しているというのに、何十年も昔にこの学園が創立された日がたまたま今日だったからといって、何故登校しなくてはならないのだろう。
 しかし、今年もそんな想いを抱きながら登校している者は確実に少数派だ。例年とは打って変わって、今年の創立祭は祝賀ムードとはまた別の――緊迫感と言うべきなのか、高揚感と言うべきなのか――妙な雰囲気に包まれていた。
「――はぁ」
 あからさまにやる気の無さそうな表情を晒し、戒はため息をついていた。戒は学園全体の勢力で言えば、確実に少数派に属する人間だ。自身が女であるという事実以前に、元々恋愛に興味が無い体質の自分に、この奇妙な雰囲気は居心地が悪くて仕方が無い。クラスメートから向けられる期待のこもった眼差しも、外からの来訪者達の黄色い声も、どういった反応を返せばいいものか、全てがよくわからなかった。
「何ため息なんかついてんだよ。取り敢えず何も考えずに女子には愛想良くしときゃいいんだって」
 自分と同じカフェ店員の衣装に身を包んだ早乙女は、注文伝票を“厨房”と称された家庭科準備室の天井からぶら下がったクリップに挟み、戒を振り返っていた。視線だけを厨房の奥へと向け、数名のクラスメート達に指示を飛ばしながら大鍋やフライパンと格闘している荒汰に向かって大声で呼びかける。
「荒汰ー! シーザーサラダと魚介のペンネグラタン、追加だぞー!」
「はぁっ? またかいな! っとに、どんだけ食うたら気ぃ済むんや……」
 戒のクラスの出し物は、どう考えても女子受けを狙ったものでしか有り得ない“イケメンカフェ”である。当然店内の客も見渡す限り女子ばかりだ。ただでさえ女性とあまり会話をしたことの無い戒にとって、この空間はあまりに異様で、息苦しい。今朝になって知った事だったが、クラスの選抜投票の三位は早乙女だったらしい。女子の扱いにはそれなりに手馴れていそうな荒汰が調理担当に任命されてしまっている今、彼が一緒に店員役をやってくれて本当に良かったと思う。
「残りの一人があの様子じゃ、店が回んないだろ……」
 二人の視線の先に居たのは、戒と同じ“少数派勢力”の一人――蓮条誠獅郎である。
「きゃー! 蓮条センパーーイ! 剣道着もいいけど、やっぱりこの制服も最高に似合ってますぅー!」
「ちょっと! あたしは何年も蓮条センパイの試合欠かさず応援し続けて来てんだからね! ポッと出のあんたなんかが急激に接近しようとしてんじゃないわよ!」
「別にいいでしょ! 私がいつ誰に興味を持とうが、そんなの個人の自由じゃないの!」
「ちょっと、店内で、喧嘩は――」
 複数の女の子に囲まれ、あたふたしているのは紛れも無く蓮条だ。意中の彼の様子など気にする様子も無く言い争いを続ける女子達をたしなめることすらままならない状態で、蓮条は顔面蒼白になっていた。言葉を発せずとも、身に纏う空気だけで人を遠ざけてしまうような、いつもの鋭利な気迫はことごとく影を潜めてしまっている。それどころか今の彼ならば、そよ風が吹き込んだだけでも卒倒してしまいそうだ。
「あれが俺達だったら、二度と来るな、さっさと帰れとか一蹴されて終わりな場面だぜ……信じらんねえよな」
 ニヤつきながら蓮条をジロジロと見る早乙女。彼の愉快そうな表情を見ていると、下腹部をくすぐられているかのような感覚がウィルスのように戒の体内に飛沫してきて、仕舞いには込み上げてくる笑いを抑えることが辛くなってきていた。
「て言うか、蓮条って元々あんなに女子に人気があったんだな。知らなかった」
「アイツ、小さい頃から剣道の全国大会では何度も優勝経験あるから、顔が広いんだよな。その上あの風貌だし、お坊ちゃんだし、あれで結構女子の間じゃ有名らしいぜ。わざわざ練習見に来てる子とかいっぱい居るし、日常的に結構女子には追い回されてるんじゃねーかと思うけど。それで全然浮いた話聞かねーとこ見ると、本当に女に興味が無いのか、よっぽど好きな奴が居るのか――」
 クラスの情報通である早乙女が言うのだから、その信憑性は高そうだ。いい加減慌てる蓮条を観察するのにも飽きてきた戒は、店が回らない不満もついでにぶつけてやろうと、助け舟を出す事にした。
「蓮条、荒汰が呼んでるぞ。料理を運んで欲しいみたいだ」
「神代――わ、わかった」
「あ、ちょっと蓮条センパイ!」
 引き止めようとする女子から逃げるようにその場を去り、厨房の奥へと走り込んでいく蓮条。彼が堂々と背中を晒して逃げる様など、こんな状況でなければ見ることは出来ないだろう。彼の気持ちを考えれば、助け舟を出すのはもう少し早くても良かったかもしれないなと、戒は苦笑しながら考えてしまっていた。
「すみません、ちょっと店の方が忙しいんで。注文だったら俺が聞きますけど」
 自分でも愛想のない台詞だったかもしれない、と思う。しかし戒は早乙女のアドバイスに従って、出来る限りの笑顔を作りながら、なるべく優しい口調を心掛けて話すよう努めた。作り笑いの裏側で、世の中の男ってこんなに無理して女と話してるものなんだろうか、などと考えながらではあるが。
「わぁ、この子超可愛いー! ね、ね、貴方ってハーフ? 蓮条センパイの友達?」
「ちょっとあんた、何コロッと態度変えてんのよ! そりゃあ、確かに可愛いけど……」
「ねぇねぇ、名前何ていうの? 彼女居るの?」
「え――と――」
 そして、世の女子というのは斯くもことごとく押しの強いものなんだろうか。
 気付けば戒も蓮条同様、彼女達の勢いに圧倒され、後退りを始めつつあった。
「はい、お待ちどおさん。ティラミスパフェとハニートースト、出来立てのうちに食べてってやー」
 すっかりたじろいでしまった戒の脇をすり抜け、コック姿のままいつの間にか厨房から現れた荒汰が、色取りどりのスイーツでテーブルを飾っていた。そのトッピングの可愛らしさと言ったら、飲食店で出されるものと遜色ないほどで、芸術性すら感じさせるほどの完成された出来映えであった。
 甘いものに目が無い自分にとって、その誘惑は半端なものではない。思わずつまみ食いしたくなる衝動に駆られた戒は、ごくりと唾を飲んで耐えていた。
「わー! おいしそー! これおにーさんが作ったの?」
「おう、そうやで。俺将来パティシエ目指してんねん」
「えー、おにーさんのお店だったらアタシ毎日通うー!」
 大方出来上がった料理を取りに来ない不甲斐ない店員達を見兼ねて出てきたのだろう。しかし彼が来てくれたお陰で、女子達の興味は一気に反れてくれたようだ。愛想を振り撒く傍らで、時々瞳を据わらせて顎で合図を送ってくる荒汰に促され、戒はそそくさと厨房へと引っ込んでいた。
「あ、あいつらは帰ったか?」
 厨房の奥から疲労感を浮き彫りにしながら蓮条が顔を出していた。戒が首を横に振ると、彼はガラにも無く大きなため息をつき、キョロキョロとせわしなく瞳を泳がせて、一方的に話し始める。おそらく、話していないと落ち着かないのだろう。
「私はあいつらの名前も知らんというのに、あいつらはやけに私の事について詳しいんだ……剣道に興味がある風でも無いのに、毎回試合には現れるし……」
「剣道に興味があるんじゃなくて、お前に興味があるんだろ。見てわかんないのかよ」
「そ、それは、何となく、わかっては、いるが――」
 もうあの女子達はここには居ないというのに、今度は空想の中で起こった事件に慌てふためいているようだ。最早何を言っているのかも分からない蓮条を尻目に、戒はボールの中に残っていた先程のスイーツの残り物と思しきティラミスをつまみ上げ、ためらう事無く口の中に放り込んだ。
「苦っ……何でこれ、ココアパウダーがかかってるんだ? 甘い方が美味しいのに」
「お、おい! お前、勝手に大量に砂糖を振り掛けるな! そんなに振り掛けたら味のバランスがおかしくなるだろう!」
 砂糖の瓶を奪い返そうと迫る蓮条を軽々と受け流しながら、戒は砂糖の山に埋もれて見えなくなったティラミスらしきものを、ボールを傾けながら胃の中に流し込んでいた。
「お前、まさか普段そんなものばかり食べているんじゃないだろうな」
「俺甘党だから、大概の食べ物には砂糖を振り掛けないと食べれないんだ」
 呆れて目を細める蓮条に、戒は口の中で砂糖をジャリジャリと粉砕しながら答えていた。
「なんだぁ、テメーら! 女子の言う事は何でもホイホイ聞くくせに、俺らの言う事は聞けねーってのか!」
 不健康極まりないとか何とか喚きながら、未だ砂糖の瓶を狙う蓮条と軽く揉み合いになっていた戒は、店の方から響いてきた聞き慣れない怒声に耳を疑っていた。同じように店の方に視線を向けた蓮条は、一瞬にしていつもの鋭い眼光を取り戻していた。
「だ……だからっ! ラーメンなんか出せねえんだって! うちは洋食屋なんだよっ!」
 怯えの色を宿しながらも、怒声の主に言い返しているのは早乙女の声だ。そこには女性客のどよめきと悲鳴も入り混じっている。厨房に戻って来ていない所を見ると、おそらく荒汰も向こうに居るのだろう。頷き合った戒と蓮条は、駆け足で厨房を飛び出していた。
「てめぇ、コックだろ! ボサっとしてねーでさっさと作って来いや! 何だぁその金髪は――俺達に喧嘩売ってんのか!」
「はぁ? 何でいきなりそういう発想に――」
 呆然と立ちすくんでいた荒汰の周りを、絵に描いたような不良生徒数人が取り囲んでいた。
 頭脳の構造には雲泥の差がありそうな気はするが、彼らは荒汰のようにいかにも見た目だけといった雰囲気では無い。それなりの場数を踏んでいて、それなりに度胸も据わった、おそらく“札付きの不良”といったタイプだ。
 どういう流れでこんな状況になったのかはわからないが、荒汰と早乙女の顔色を見れば、形勢の悪さは一目瞭然だった。
「おい、神代。篠崎が居るなら放っておいても大丈夫じゃないのか?」
 厨房の扉の前に立った蓮条がそっと戒に耳打ちしてくる。しかし、戒は瞬時にその場に揃った数々の悪条件を察知していた。
 計り知れない霊能力のポテンシャルを秘めた荒汰は、蓮条からすればさぞかし“強い”部類の人間だと映っているのだろう。しかし、荒汰の能力が最大限発揮されるのは、飽くまで先日起こった事件に現れたような、異形(いぎょう)に対してだけなのである。普通の人間に対してその能力が使えない事も無いのだが、それでは今まで自分の正体を周囲にひた隠しにしてきた彼の努力が全て無駄になってしまう。
「いや――無理だ。アイツ殴り合いだったらたぶん早乙女にすら勝てないぞ」 
 端的にまとめれば、彼は人間にはとことん弱い、ということである。
 言うが早いか、戒は既に駆け出していた。
 相手が何を言ったのかは理解不能だった。それは、不良の口から発せられた言葉が、あまりにも支離滅裂で、低俗極まりないものだったからなのだろう。
 素早く荒汰の前に割り込んだ戒は、その罵声と共に繰り出された不良の拳を軽々と掌で受け止めていた。
「な――」
 不良グループは凍り付いたように動かなくなっていた。
 自分と一回り以上体格の違う華奢な人間に、あろうことか片手で易々と渾身のパンチを受け止められてしまったとしたら、それは仕方の無い話ではないだろうか。
「洋食屋でラーメン頼んだ挙句、いきなり喚き散らして店員を殴るって、お前ら一体何がしたいんだ? 迷惑にも程があるぞ」
「な……何だと、てめぇっ!」
 不良の拳を掴む手に込めた力はそのままに、戒は逆上して更に殴りかかってきた別の不良生徒に視線を走らせた。それと同時に瞬時に思考を巡らせ、次の一手を繰り出そうと画策する。
 一人を拘束したままの状態では若干体勢が良くない。最初に殴りかかってきた生徒を投げ飛ばして、あの生徒に蹴りをくれてやろうか、それとも――
 おそらく迷っていたのはほんの一瞬だったが、彼が動き出すまでには充分すぎるほどの余裕があったのかもしれない。
 次に現れたもう一つの影が何であったのか認識した瞬間、戒の思考は結局“動く必要はない”という見解に辿り着いていた。
「ぐあっ!」
 それは見事なまでの“一本背負い”だった。中空を一回転した不良の体は、ドスンという鈍い音と共に、大した受け身を取る術も無いまま床に叩き伏せられた。
「自分の要求が通らなければ駄々をこねて暴れるのか? 何ともお粗末な猿以下の所業だな」
 がっちりと関節を固められ、情けない声をあげて涙目になっている不良を呆れ顔で見下ろしているのは蓮条だ。剣道ばかりに熱中していると思っていた蓮条からまさか柔道技が見られるとは思っていなかった戒は、表情を一変させて狂喜している早乙女と共に思わず賞賛の拍手を送りたくなったのだが、自分の片手が不良の拳を抑えることで使用不可能になっていたことに気が付く。こいつもついでに床に叩き付けてやろうかと思ったのだが、彼の蒼ざめた表情が明らかな戦意喪失を物語っている事に気が付き、ここまでで勘弁してやることにしていた。
 覚えてろよ、と最早月並みですらない廃れた台詞を吐いて去っていく不良を見送ると、カフェ内は歓喜の空気に包まれていた。死んだように静かになっていた女子達が突然活気を取り戻し、一気に取り囲まれそうになったのを、先程まで野次馬のフリに徹していた裏方のクラスメート達の協力で何とかやり過ごし、戒達は厨房へと戻ってきていた。
「すっげ! 普段から鍛えてる蓮条が強いのは何となく予想してたけど、神代が強いのとかって、マジで予想外だわ! こんな細いのに、どこにそんな力隠してんだよ」
 特ダネをスクープしたとでも言いた気に飛び跳ねて喜ぶ早乙女は、まるでその力の源泉を探そうとするかのように、戒の細い上腕をベタベタと触りまくっている。
 やがてその手が肩を通って上半身に及ぼうとした時、胸を触られたらまずいと感じた戒が体を引っ込めようとした瞬間に、荒汰の鉄拳が早乙女の後頭部を捉えていた。
「いってぇ! 何すんだよ!」
「お前、触りすぎじゃ! 戒が気色悪がっとるやないか!」
「お前……いくらなんでも怒りすぎだぞ。殴るならあの不良共を殴れよな、相手が違うだろ」
 早乙女の台詞に何も言い返せない荒汰は、怯んだような表情を見せると、クスクスと笑う戒を気まずそうに見ていた。
「そういう見た目なんだから、お前もちょっとくらい身を守る方法を覚えた方がいいんじゃないのか? 何なら俺が教えてやってもいいけど」
「お、俺は喧嘩なんか嫌いなんや。もしそういう場面に遭遇しても、全力で逃げるさかい、別にええんや」
 口元を尖らせて照れ臭そうに頬をかく荒汰。彼が本気で人を殴る事など、おそらくは有り得ないのだろうと思うと、何だか微笑ましくなってくる。戒は更に眉をひそめて申し訳無さそうに笑っていた。
「だけどアイツら、地元じゃ結構噂んなってる札付きの極悪不良グループの奴らだぜ。たぶん“ライマール”の奴らじゃねーかなぁ」
「げ。マジか……ライマールって、警察にも目ぇ付けられとる最悪のグループっちゅう話聞いてんねんけど」
「不良グループ? ライマール? 何だそれ」
 どうも地元話には疎くてついていけない。一人きょとんとする自分に、早乙女と荒汰はどう説明していいか迷っている様子だった。
「あんな奴らが何人集まろうと、負ける気など全くしないな。警察も手薬煉(てぐすね)を引いてないでさっさと潰してしまえばいいものを」
 それは大げさな表現などではなく、本心からそう思っているのだろう。相手が女性でさえなければ、蓮条の強さは一般的にはほぼ無敵に近い。腕組みをしたままフンと鼻を鳴らした蓮条は、汚らわしいものを見るかのように目を細め、顔をしかめている。おそらく彼にとって、あの手のタイプは一番認めたくない部類の人間なのだろう。
「まぁとにかく騒ぎが収まったから良しとしようぜ? な、蓮条」
 難しい表情をして考え込む蓮条がまた面倒な事を言い出さないかが心配になってきていた折り、それをいち早く察知した早乙女が、すぐ脇のテーブルの上に置かれていた無記入の会計伝票を拾い上げ、蓮条の前に突き出した。
「まだまだウチの営業は終わっちゃいないぜ。第二ラウンドもしっかり働いてもらうからな!」
 伝票を見た蓮条は瞬時に不良達がやってくる以前の記憶を鮮明に蘇らせてしまったようで、数秒とたたないうちに、彼の顔色は紙のような白さを取り戻してしまっていた。
 かくして、創立祭一日目の催しは、大成功を収めることとなったのだった。


+注意+
・特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
・特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)
・作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。