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扉絵:番外編遊び要素その壱。(左から)荒汰、早乙女、戒、蓮条。

挿絵(By みてみん)
chapter1:fanatic love
#∞ anniversary of the establishment-1
 もうすぐ世間がゴールデンウィークにさしかかろうかという時期。
 神楽坂学園高校3年7組では、極めて重要なクラス会議が行われていたのだった。
「じゃあ、一日目の出し物はイケメンカフェで決定だな?」
 教卓の前で会議を執り仕切っているのは、担任の教師でも学級委員長でもない。“実行委員”という腕章を身につけた、クラスのムードメーカー――早乙女和希である。
 黒板の端には大きな字で“創立記念祭の出し物について”と書かれている。普段はまとまりのないクラスメート達が一丸となって熱い論議を醸しているのは、まさにこの議題についてなのである。
 そんな熱い空気感から逃れるように後方の座席にちょこんと座った戒は、真横を向いて頬杖をつき、窓の外を眺めていた。視界の端に写った後ろの席の荒汰も、ほぼ同じような様子で意識を宙に漂わせている。
「あのさぁ、何でみんなこんなに真面目に話し合ってるんだ? 去年は確か、実行委員だけで勝手に決めとけって空気になってたのに」
 倦怠感を剥き出しにしながら椅子の背もたれに深々と体重を預けた戒は、質問相手の方に振り向く事すら億劫になっていた。
「今年からウチの創立祭、一般公開が許可されたとか聞いたで。どうせみんな他校の女子目当てやろ。灰色の男子校やさかいなあ」
「ふーん」
 聞いてはみたものの、その話題はさして興味を惹かれる内容でもなく、むしろ余計に退屈さだけが募っていた。
 やはりそれは荒汰も同様のようで、情けない高音で大欠伸をすると、彼は体中の骨をボキボキと鳴らしながら、大きく伸びをしていた。
「お、荒汰珍しくやる気じゃん。お前調理担当決定な、確か料理めちゃくちゃ得意だったろ」
「はぁっ?」
 あまりの事に、欠伸をした時に滲んだ涙を拭くことも忘れ、荒汰は勢いよく立ち上がった。
「ちょお、待てや! 俺お前らの話何も聞いてなかってんけど!」
 抗議も虚しく、鮮やかに無視を決め込んだ早乙女は、上機嫌でスラスラと黒板に荒汰の名前を書き込んでいく。
「意味わからん……屋上で煙草吸って寝るつもりやったのに……意味わからん……」
 キレのあるツッコミも、マイペースな早乙女には全く通用しなかったようである。
 本当に嫌ならもっと強く抗議してやればいいのに、と思いながらも、戒は彼がそんな事の出来る性格ではないことを重々理解していた。
 未だにブツブツと何やら呟いている荒汰を唖然と見つめていると、突如教卓を勢い良く叩く音が聞こえ、戒は驚きのあまり椅子から滑り落ちそうになっていた。
「いいか、みんな! 問題はカフェの店員をどうするかだ! 公然と“イケメン”を謳って女子の注意を引くからには、こちらもそれ相応の逸材を用意しなければならない! 絶対に期待外れであってはならない!」
 どこかの学級委員長を真似たような口調だが、熱弁を奮っているのは早乙女である。教卓の真ん前の席で腕組みをしたまま微動だにせず黒板を見つめる蓮条には、いつものような覇気は無い。
「蓮条、今日めちゃめちゃ大人しいやん。アイツ女嫌いやから創立祭が一般公開になんの、ホンマは嫌なんとちゃうか?」
 ニヤついた笑みを浮かべ、荒汰が戒の耳元で囁いた。口うるさい蓮条が大人しいのは、理由はどうあれ、単にクラスがまとまって話し合いを行えているからなのではないかとも思ったが、確かに荒汰の言う事も一理あるかもしれないと改めると、何だか蓮条の広い背中がとても面白いもののように思えてくる。
「……というわけだ! 今からクラスで自分が最も女子にウケそうだと思う奴の名前を一人だけ紙に書いてくれ! 上位三位に入った奴に強制的に店員をやってもらうぞ。他は裏方をしつつ交代で自由行動! みんなの明るい未来が懸かってるんだから、意義はないな?」
 そう言いながら、いつの間に用意したのか、クラスの人数分の投票用紙を配る早乙女。一連の流れはどう考えても彼の独壇場にしか見えなかったのだが、クラスのほぼ全員が、彼の熱のこもった演説に洗脳されてしまっている。当然、賛同こそすれ、彼の意見を否定しようとする者など一人もいなかった。
「じゃあ結果はまた早いうちに発表するからなー! 次、二日目の課題演劇だな。あー……まぁこれは一般公開じゃないからどうでもいいんだけど」
 一気に早乙女の声のトーンが下がり、それに伴ってクラスの士気が急激に下がって行くのがわかった。思い出したかのように突然左手首の腕時計を気にし始めた早乙女は、やる気の無い調子で手にした書類に目を落としている。その様子は、いかにも最初の議題の投票用紙を開票する片手間、そこに書いてある事をただ朗読しているだけといった雰囲気だ。
「ウチのクラスの演目は……かぐや姫だ。つか、ウチ男子校なのに何だよこの演目。誰が考えたんだよ」
 悪態をつきながら話す彼の口調は、最早ただの独り言のようであった。もう何でもいい、台詞が無い役がいいなどと勝手な野次を飛ばすクラスメート達のモチベーション維持も、限界を迎えてしまっているようだった。
「てかどう考えてもかぐや姫役やれそうなのってウチじゃ神代しかいないだろ。お前頭いいんだから台詞だってすぐ覚えられんだろ? じゃあお前決定な」
「え……ちょっと待てよ、俺は演劇なんて……」
 慌てる戒をやはり完璧に無視した早乙女は、そそくさと黒板に戒の名を書き込んでいた。チョークを置いてこちらに向き直ると、彼はまた札束でも数えるかのような小慣れた手付きで開票作業を再開する。彼が醸し出す空気はいかにも“今忙しいんだから話しかけてくれるな”と主張しているように見えて仕方が無い。
 しかし、ただでさえ目立つ事が大嫌いな自分が、全校生徒の前で演劇を披露するなどとんでもない話だ。荒汰同様、抗議してやろうと立ち上がる戒。ところが、それを牽制するかのように後ろから腕を掴んでくる者がいる。
「な、何だよ」
 妨害したのは振り返るまでも無く荒汰だと分かる。彼の後ろにはもう机が並んでいないのだから、当然の話である。
 何故かニコニコと微笑みを浮かべ、荒汰は首を左右に振っていた。
「やめとけやめとけ、ええやないか。俺、戒のかぐや姫見てみたいなぁ。衣装は蓮条に頼んだら何とかしてくれるやろ」
「そういう問題じゃ……」
 荒汰に気を取られていたせいで、話し合いは既にハイペースで先に進められてしまっている。
 続々と黒板が役名と生徒の名前で埋められていく中、今更どうこう言っても間に合わない気がした。戒は無邪気に笑う荒汰の顔を恨めしそうに見つめながら、ため息をついていた。
「何だよ、お前ら脇役から早い者勝ちに狙いやがって……竹藪の中の普通の竹役とか、舞台上がる意味あんのか? ええと、あと残ってんのは、爺さん、(みかど)、月の使者か。どれも台詞多くて面倒臭そうだなぁ。あと配役決まってないの誰だ?」
 困ったように黒板の空欄を見つめながら、早乙女は腕を組んだ。
「後はお前と篠崎と蓮条だけだろ。俺今から塾だしもう帰るわ。後は勝手にやってくれよ」
「俺も部活だから帰るわ」
「俺もー」
 早乙女が黒板に気を取られている隙をついて、数名の生徒がそそくさと席を離れると、それに倣い、他の生徒達も続々と帰り支度を始めていた。
「はぁ? お前らちょっと待て――」
 議長がその異変に気付いた頃にはもう、教室の人口は半分以下にまで激減した後だった。
 戒と荒汰の二人もこの流れに便乗するつもりだったのだが、ぶつくさ言いながら書類を教卓に放り投げた早乙女が、半分目を据わらせてこちらを凝視しているのに気付き、机の中身を鞄に移す作業を中断する。渋々ながら教卓の方に歩み寄ると、早乙女はニッコリ笑って戒に握手を求めてきた――というよりは、無理矢理戒の両手を掴んでブンブンと振っていた。
「おめでとう、イケメンカフェの投票で堂々の一位に選ばれたのはお前だぞ、ダントツだ! ちなみに俺もお前に投票した」
「はぁ?」
 早乙女が期待の眼差しを向けてくる理由がわからない。いや、そもそも、このよくわからない企画にクラス全員がここまで熱を上げている意味がわからない。うんざり顔で早乙女の両手を引き剥がすと、今度は荒汰がニヤつきながら戒の両肩に腕を回してきた。
「おおー! さっすが戒やなー! よっ、色男! 俺は蓮条に入れてんけどなぁ」
「お前、いかにも線が細くて薄幸の美少年って感じだもんなー!」
 何がそんなに嬉しいんだ、こいつら――
 自分にとっては少しも面白くない展開だというのに。戒は少々苛つきながら二人を睨みつけていた。面倒な仕事を任されるなんて真っ平だった。
「そういえば、荒汰イチ押しの蓮条は二位だぞ。やっぱ顔だけ見たら正統派のイケメンだよな、蓮条って」
 しかめっ面ではあったが、黙ってこちらのやり取りをただ見ているだけだった蓮条が、椅子と床が擦れ合って奏でる不協和音とともに立ち上がっていた。勢い良く後方に下がった椅子が、真後ろの机の位置を著しくずらしていたのだが、蓮条にはそれを気にする様子など微塵もなかった。
「な、何だと! 私はそんなくだらん事には参加せんぞ!」
 怒りで顔を紅潮させることはあっても、今のように蒼ざめた顔の蓮条は見た事が無い。
 戒は先程荒汰が言っていた、彼の女嫌いの件を思い出し、吹き出しそうになるのを堪えていた。
「あれー? 学級委員長が、クラスのみんなが真剣に取り決めた事に従わないっての?」
「くっ……卑怯な」
 含み笑いを浮かべて伝家の宝刀を抜いた早乙女を睨んだ蓮条は、脂汗を浮かべながら狼狽していた。
「誠ちゃん、今のうちにぎょーさん女の子と喋っといた方がええんちゃうか? ナンパでもしに行く?」
「貴様らのような軽い輩と一緒にするな!」
「おいおい、貴様()ってなんだよ、俺も一緒かよ……俺ナンパとかしないし」
 荒汰が蓮条に一票を投じたのは、確実に面白がっての事なのだろう。自分の思い通りに事が運んだ事がよほど可笑しかったのか、荒汰は涙を流しながら暴れる腹筋を落ち着かせようと身を屈めている。いつもなら二、三発――いや、もっと痛い目に遭わされていてもおかしくはない展開だが、内容が内容だからなのか、今日の蓮条は少し大人しいようだった。
「そういえば、演劇の配役はどうするんだ? 後は台詞の多い役しか残ってないんだろ」
 戒の声は、ぼそりと呟いただけの極めて小さな音量だったにもかかわらず、著しく周りの注意を惹き付けたようだった。全員の視線が一気に戒へと集中する。
「残ってるのは、爺さん、帝、月の使者だな」
 乱雑に散らばった教卓の上の書類の一つを拾い上げ、早乙女がそれを読み上げた。
「てか、かぐや姫ってどんな話だっけ? 爺さんが光る竹を切ったらかぐや姫が出てくるとこくらいまでは覚えてんだけど」
「お前――少しでも実行委員の自覚があるのなら、そういう事はきちんと調べてから会議に臨め」
 呆れ顔で深々と息を吐いた蓮条は、まるで資料そのものを読み聞かせているかのようにすらすらと説明し始めた。
「かぐや姫は、日本最古の物語文学と言われている“竹取物語”の事だ。竹から生まれた少女が讃岐造(さぬきのみやつこ)という翁の下で絶世の美女へと成長し、彼女は“なよ竹のかぐや姫”と名付けられる。年頃になったかぐや姫の下に、数多くの男達がその姿を一目見ようと屋敷へやってきたが、彼女はそれをことごとく拒絶した。しかし結婚を勧める翁の手前、育ての親の願いを無下に断る事も出来ず、自分が指定した実在すら怪しい幻の宝物を見つけ出した者となら結婚してもいいと条件を出した。時の権力者達はこぞってその難題に立ち向かおうとしたが、誰一人としてそれを解決できる者は居なかった。そんな折、噂を聞きつけた帝が不意をついて屋敷にやって来るんだが、姫は帝の目の前で姿を消し、自分は普通の人間ではない事を理解させ、結局帝をも諦めさせた。しかし、二人の想いはどこかで繋がっていて、それから三年の間、姫と帝は和歌を交換するようになる。そんなある日、姫は月を見ながら涙を流すようになり、心配した翁が理由を尋ねると、“自分は月の都の住人で、八月の満月の日に、月に帰らねばならないのだ”と告白する。それを知った帝は姫を月へ帰すまいと、軍隊を率いて月の使者に立ち向かおうとするが、結局、神々しい月の使者の前では皆戦意を喪失してしまい、かぐや姫は月へ帰ってしまう」
 一度も舌を噛む事もなく、一瞬ですら言い淀む事もなく言ってのけた蓮条に、一同は賞賛の眼差しを向けていた。早乙女に至っては両目を煌かせて拍手などしている。
「へえ……よく覚えてるな、蓮条。俺もそこまで詳しくは覚えてなかった」
「すげー! 蓮条ってやっぱ頭いいんだなー! 性格には難ありだけど」
「やかましい! どういう意味だ、貴様!」
 話すことで落ち着きを取り戻したのか、蓮条の顔色はいつも通りの健康的な肌色に戻っていた。
「蓮条のおかげでようわかったわ。俺、月の使者がええ! 出番少なそうやし」
「お前は何を聞いていたんだ、篠崎――」
 調子よく威勢のいい声を上げた荒汰に、最早蓮条は怒りをぶつける気力も持ち合わせていないようであった。
「それじゃあ、俺は帝ってキャラでもないし……爺さんでいいや。さぬきのみやつこ、だっけ? だから蓮条は帝な。何か帝って雰囲気がぴったりな感じするし」
「わ、わかった」
 早乙女のさりげないフォローが功を奏したのか、口調そのものは渋々といった感じではあるものの、蓮条はまんざらでもない様子だ。
 自分も人の事を言えた義理ではないが、演技はさておき、蓮条なら台詞を覚える事も容易だろう。とにかく台詞さえ(そら)んじて、ただそれを壇上で読み上げれば良い。そう考えなければ、やってられない。
 戒はようやく観念した様子で、満足そうにこちらを見つめる早乙女に苦笑いを返していた。
「あ、そういえば。神代のかぐや姫は充分すぎるくらい絵になると思うけど……まさか荒汰、お前が女装する事になるなんてなぁ。そんな嫌な役回りを買って出てくれた事にはツレとして感謝するぜ。まぁいいよな、出番少ないし」
「――はぁ? 何でやねん」
 そういえば、竹取物語に出てくる月の使者というのは、天女のような出で立ちをしていたような気がする。
 ひらめきと想像が交わる直前、戒は蓮条が素早く後ろを向いて小刻みに肩を揺らすのを見た。
「ちょっ――待て、和希! 俺ホンマは帝が――」
「アホか、お前みたいな金髪ピアスの帝がどこにいんだよ。外人じゃねーんだぞ。お前には宇宙人が似合ってる!」
 書類をまとめて立ち去ろうとする早乙女に追いすがる荒汰の絶叫が、どこまでも遠く響き渡っていた。
 その後、教室に取り残された戒と蓮条が、湧き上がるイメージの源泉に悩まされた事は言うまでも無い。


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