「で、どっちが殺ったんだよ! 正直に言えよ!」
思わず大声を張り上げた。普段は冷静を保っているつもりの僕だが、今回ばかりはそうも言ってはおれない。
「私の訳がないじゃない! 三人を殺す動機なんて持ってないし」
真由美が、負けないぐらいの大声で叫んだ。そして、傍らの文子の顔を露骨に睨む。
「絶対にこの娘に決まってるわ! 何せ、浩に振られたばっかりだしさ」
「何言ってるのよ、アンタ! バッカみたい! それぐらいで三人も殺すもんか? それに、私は振られてなんかいないし……とか何とか言って、犯人はアンタのほうでしょ! 敦彦と春香と三角関係だったってもっぱらの噂よ!」
文子も猛烈に反論する。
今にも殴り合いを始めそうな“一触即発”の状況であった。元々、キャンパスでは本当の姉妹のように“仲良し”で通っている二人が、目の前でこうやって罵り合っているのを見ると、つい溜め息が出てしまう。
僕たちP大学の教育学部のクラスメート六人は、『卒業記念旅行』と銘打って文子の叔父が経営する山荘にやってきたのであった。叔父さんは海外出張中で、ここは僕たちの貸し切りの状態であった。ただ予想外だったのは……まだ、到着してたったの二日目だというのに……その間に、すでに浩と春香があっけなく死んでしまったということである。それも二人とも無残な殺され方で、である。また、生憎の猛吹雪の為に、僕たちは山荘から逃げ出すこともできず、加えて電話が不通になってしまったので、この場で吹雪が止むのをじっと待つしか術がなかった。そして、たった今、敦彦の刺殺体を発見したところである。そう、三人目の犠牲者だ。で、誰からともなく、残った三人で食堂に集まってきた次第だ。三人とも、度重なるショックで疲労の色は隠せない。
ふと、僕はあることに気づいた。
「ほら、よくあるだろう? 死んだと思っていた人間が、実は死んだ振りをしていただけで、本当は生きていてその後もこっそりと犯行を重ねてゆくって、ね?」
真由美と文子は相変わらず睨み合っていて、こちらの話にもまったく耳を傾けていない。それでもめげることなく僕は続けた。
「だから、今から三人の遺体をもう一度確認したいと思う。万が一の事もあるんで……だから皆で確認しに行こう!」
努めて穏やかに言ったつもりだったが、
「そんなに気になるんだったら、アンタ一人で行ったら? 大体、アンタが犯人かも知れないじゃない! この場に及んで、善人ぶるんじゃないよ!」
真由美が捲くし立てる。興奮しているせいか、普段の大人しさからはとても想像できない言葉使いだ。
「そうそう。二人きりで行って、そこでアンタに“ブスッ”とやられたら身も蓋もないしね。あ〜怖! 」
文子も珍しく真由美に同調した。彼女も人が180度変わった様子で、口が粗暴になっていた。
「わかった、わかった! じゃあ僕が一人で見てくる。くれぐれも殺し合いとかしないように、な! 」
ちょっとムカついたので皮肉を残して、僕は食堂の扉を開けっ放しにしたまま二階へと向かった。
当然、気持ちが良くない作業ではあったが、結果として三人ともちゃんと(?)死んでいた。と、なると……
(やはりあの二人のどちらか、なのか?)
それと同時に、
(しまった! どっちが犯人にしろ、もう片方が危ない!)
そう思うや否や、僕はあわてて食堂に引き返した。
(!!……)
食堂で見たものは、果たして一人の……じゃない! なんと床に倒れた血まみれの二人の身体であった。いくら罵倒し合っていたからって、まさか本当に殺し合いをしてしまうとは!
(いや、待てよ?)
再び周りを見回す。やはり、肝心の凶器がどこにも見当たらない。ナイフか包丁あたりで刺されたと思うが、二人の身体にはもちろんの事、周囲にも見あたらない。
僕は、この時点で初めて恐怖というものを感じた。しかもかなり強烈に。今の今まで、犯人は仲間の内の誰かと考えており、それを根拠にして、犯人が彼女たちのいずれかでも、一対一では油断しない限り大丈夫だ……とタカをくくっていたのである。でも、実際には正体不明の殺人鬼が潜んでいるとなると、話が根本から違ってくる。かなりまずい展開だ。
とにかくすぐに、僕は武器になるものを求めてくまなく家中を探した。成果は、良く研がれた包丁二本と、ゴルフのアイアンぐらいであった。まあ、これでもある程度は対抗できるかもしれない。それと、万が一の際に対応できるように、蝋燭も数本持ち出した。もし殺人鬼が、銃やジェイソン的斧を使うのであれば、一目散に外に逃げるつもりである。外は相変わらずの猛吹雪ではあるが、ここで抵抗するよりも助かる可能性は……かなり低いことは低いが……ありそうだ。そう、直接的に殺られるよりはまだましである。
僕は、食堂に隣接しているロビーを基地にする事にした。理由は、周囲が見渡せるし、いざとなれば玄関から逃走できるからだ。自分の部屋にいるのは、狭くて逃げ場を失うようで却って危険なように感じた。
武器は、包丁を選択した。僕は握った包丁にタオルを巻いて右手に固定してみた。素人知識だが、ぬかりはない。
いたずらに時間が経過していった。僕はある程度、平常心に近い状態まで戻っていた。
(殺人鬼とは、一体どんな奴なんだろうか?)
どうしても、般若の面を被った男が脳裏をよぎってしまう。
(こりゃ、推理物の読みすぎだな)
思わず自嘲してしまった。
(しかし、何が目的なんだ?)
(はたまた、目的がない無差別殺人なのか?)
(で、そいつはこの家のどこに潜んでいるのか?)
(ここには、いわゆる“隠し部屋”的なものが存在するのか?)
以前、皆で手分けして探した時には影も形もなかったんだが。
(山荘の周りに、人が潜めるだけの小屋などがあるのだろうか?)
疑問の洪水である。
いろいろと考えてはみたが、どうしても般若の仮面を着けた男が、ある一定の域から具現化してこない。いくら鬼でも生身の人間なんだから、飯ぐらいは食らうだろう。しかし、少なくとも、この山荘の食料の減り具合におかしな点は見当たらない。
(では、やはり外に潜んでいるのか?)
でも、戸締りは当然ながら厳重にチェックしてきたはずだ。
(残る可能性は? と言えば、この山荘と外部を繋げた“秘密の通路”の存在だけか?)
だが、なんとなくこれも非現実的に見えてきた。
そうこう思案していると、既に外が暗くなっているのに気づき、僕はロビーの電燈を点けた。何かを考えていなければ不安で仕方がないのだろう……自分自身でわかってはいた。
しばらく考えにふけっていると、突然部屋の灯かりが消え、周囲は完全な闇に陥った。
(やはり、この手で来たか。予想どおりだ。よし、勝機は十分にあるぞ)
僕はそうつぶやくと同時に、殺人者の存在を実感し思わず身震いした。
とっさにポケットをまさぐり、ライターで目の前に立てている蝋燭を灯した。左手なので、火を点けるまで一寸時間がかかってしまった。
(落ち着けよ!落ち着くんだ!)
そして、標的になるのを恐れた僕は床に素早く平伏し、静かに移動を始めた。蝋燭の灯はあくまでもダミーであり、そこに近づいてくる殺人鬼の姿を確認するつもりであった。
(勝敗の分かれ目は、戦うか? あるいは、逃げるか? ……この正確な判断だぞ!)
しんとした状況の中で、玄関辺りになにやら灯りが見えた。誰かが蝋燭を持って立っているようだ。敵も灯した蝋燭を持っているとは想定外だった。
(くそっ、やけに堂々としてやがる)
そう吐くのと同時に、僕は右手の包丁をさらに強く握り締めた。よりによって逃走口と想定していた玄関にいるとは。
(だが、スキもありそうだし……よし、ここは勝負だ!)
判断は一瞬だった。僕は“戦う”を選択し、己の全精神を集中させた。
敵の蝋燭の灯りが届くか届かないか微妙な位置まで這って移動し、そこで、一気に僕は立ち上がって蝋燭に向かって突進した。
(今だ!!)
その瞬間であった。脳天にいきなりの衝撃を受け、僕はその場に倒れこんでしまった。
(えっ? 嘘だろ? 後ろから?)
予期せぬ出来事だった。
次の瞬間、今度は、目の前の蝋燭の方からも第二弾の攻撃があった。
もはや、痛みは感じなかった。
どしゃぶりのように、顔の上から下にかけて、何筋も雨が流れているように感じた。
とにかく、僕の身体はやすらぎを急に欲し出していた。
もう、僕は猛烈な睡魔に襲われているような感覚になっていた。
僕の様子を上から覗き込んでいる目が、薄っすらと見えた……一つ、二つ、三つ……四つ。
(四つ、も?)
その時、初めて僕は自分のミスに気づいてしまった。
(何故、自分自身で言っておきながら、僕は確認をしなかったんだろう?)
気力を絞って、最後の言葉を上に吐き出してみた。
「……立派な女優になれるよ……お、お二人さんとも……」
そして、僕はこの世からいなくなってしまった……
了
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