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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

短編集

たった1人のゴブリンハーレム

作者: 枝鳥

 薄汚い部屋の中で、愛されることもなく死んだのが最初の記憶。

 物心ついた頃から、気まぐれに帰っては多少の食糧を置いて消える女がきっと母親だったんだろう。

 いつもテレビを眺めて、お腹が空くのを我慢した。

 全て食べ尽くして、水道すらも止まって水もなく、飢えて乾いて小さく縮こまって私は死んだ。



 次の記憶は、貴族のお嬢様。

 飢えることも乾くこともなかったけれど、話しかけられることなど一度もなく、いない者として扱われ、学園に入ってもみんなに無視されて、気がついたら王子様の婚約者をいじめたとして縛り首。

 確かにずっと彼女が羨ましかった。

 誰からも愛されない私と、みんなに愛される彼女。

 私なんかが羨ましいと、愛されたいなんて欲張ったから、罰が当たったんだ。



 三度目の記憶は村娘。

 生まれてすぐに両親が死んで、預けられた親戚の宿屋で、穀潰しと罵られ育った。

 お腹が空くことも多かったけれど、一度目よりはマシだと思い働いた。

 ある時、騎士様が村にやって来た。

 この先の山の魔物を倒してくれると言う。

 騎士様はたくさんの女の人を連れていて、こんなにたくさんの女の人を愛せるならば、私ももしかしたら愛してもらえるかもと近づいた。

 きれいな宿屋の娘に愛を語った後で、騎士様は私に汚れた靴を磨いておけって言いつけた。

 一所懸命磨いたけれど、翌朝には宿屋の娘が騎士様に靴を差し出して、仕事も出来ない私は囮に丁度いいと縛られて、魔物の囮になって死んだ。



 一度も誰からも愛されない私は、最期の時に、もう生まれ変わりたくないと願った。



 それでもまた私に無関心な家に生まれ変わってしまった。

 ここにも私を愛してくれる人はいない。

 歩ける様になってすぐに、私は家を飛び出した。

 野を歩き、山を越え、森に入った。

 泥水をすすり木の根をかじった。

 愛してくれる人がいないなら、せめて人がいない所へ行きたかった。

 ボロボロになり力尽きて、森の奥深くで私は転がった。

 今度はここで死ぬんだと思った。

 ギャアギャアと魔物の声も聞こえる。

 私の前にゴブリンがいた。

 くすんだ緑の肌に爛々と光る黄色い眼。口からは牙が飛び出した醜いゴブリン。

 ゴブリンは私を抱えて歩き出した。

 お願いだから、生きながらに食べるのだけはやめて欲しいと、祈る相手もいないのに祈った。

 洞窟に私を運んだゴブリンは、私を奥に置くとまた洞窟を出て行った。

 しばらくして帰って来たゴブリンは私に果実を差し出した。

 果実は甘くて酸っぱくて美味しかった。


 ゴブリンは私を飼うと決めたらしい。

 果実を与えられ、木の実を与えられ、私はゴブリンに生かされた。

 体が治ると、洞窟の中を見渡す余裕が出てきた。

 魔物というには整えられた洞窟の中。私はどこかで見たような文字を見つけた。

 最初の記憶の教育テレビで覚えた文字が、そこにあった。


日本へ帰りたい

ここはどこだ?

俺は、葉山悠人、はやまゆうと、ハヤマユウト


 漢字は難しくてよくわからなかった。

「はやまゆうと」

 と口にした時、背後でカタリと音がした。

 ゴブリンが木の実を落とした音だった。


 ギャアギャアギャウギャウ


 何かを必死に話そうとするゴブリン。

 もう一度、はやまゆうとと呟いたら、ポロポロと涙をこぼし出した。

 ゴブリンの節くれだった指が、洞窟の地面をひっかいた。


 君は日本人なのか?


「は、なのか」

 と声に出したら、ゴブリンはまた地面をひっかいた。


 きみはにほんじんなのか?


 私は首を横に振った。

「前に日本人だったの。ずっと前に」


 ゴブリンは首を横に振ってまた地面をひっかいた。


 ことばがわからない


 今度は日本語で言った。

『ずっと前に日本人だったの』


 ゴブリンはそっと私を抱きしめた。


 私は日本語で、ゴブリンは地面をひっかいて、たくさん話をした。


 ゴブリンは、葉山悠人が名前だった。

 日本で暮らしていて、ある日気がついたらここでゴブリンになっていたって。

 私が落ちてたから、あんまり寂しかったから連れて帰ったって。



 それから、私はゴブリンと一緒に暮らした。

 今までと変わらず、ゴブリンに飼われて生きていった。

 ゴブリンは誰よりも優しかった。


 たくさんの日が通り過ぎて、ゴブリンは少しずつ弱っていった。

 今では私も森に詳しくなって、ゴブリンに代わって果実や木の実を採りに行く。


 ゴブリンは、もう、ほとんど動けない。

 ある日、ゴブリンは枕もとに私を呼ぶと、震える指先で地面をひっかいた。


 きみをあいしている。


 そうして醜い顔を歪めたかと思うと、ゴブリンは動かなくなった。



 私は泣いた。

 泣いて泣いて、泣きつかれて眠ったた私は夢を見た。


 私の本当の最初の記憶。

 美しい王女だった時の私の記憶。

 誰からも愛されることを当然と思い、愛してくれる相手を裏切り、傷つけ、無残に捨てる王女。

 王女を愛する者達に互いに殺し合いをさせ、それをハーレムに囲まれて笑って見ている王女。

 王女を愛する者達を、生きたまま獣に喰らわせる王女。

 それをハーレムに囲まれて退屈そうに眺める王女。

 そして王女を愛さない魔術師を愛した王女。

 王女は魔術師を殺した。

 魔術師は息絶える前に呪いをかけた。



 お前を愛する者などいない

 ゴブリンに愛されるまではな

 そして…………




 そしてそこで私は眼が覚めた。

 隣にゴブリンはいなかった。

 代わりに、あの魔術師がいた。

 最初の王女が愛した魔術師。

 魔術師は言った。

「呪いを解いてやろう。お前はゴブリンに愛された」

「ゴブリンは、どうなるの」

「ほう……」

 魔術師は悪辣な笑みを浮かべた。

「お前に選択肢をやろう。

 お前の呪いを解いてやる。そしてお前は元の輪廻に返してやる。ゴブリンは別の呪いがかかっている。どこかでまた呪いある人生を歩むだろう。

 もしくは、お前の呪いを解かない。ゴブリンの呪いは解いてやろう。ゴブリンはお前の寿命まで生かしてやる。死した後、お前はまた辛い運命を繰り返すだろう」

 答えなど決まっている。

「ゴブリンの呪いを解いて」



 野を越え山を越えた森の深く。

 ゴブリンと少女が暮らしている。

『あなたがいれば、ここはハーレムなの』

 ギャアギャアギャウギャウ







 きっといつかまた少女とゴブリンは出会うだろう。

 ゴブリンの呪いの解ける条件が、自らのために魂すらもかけて愛してもらえることだったのだから。

 そしてゴブリンもまた、少女の呪いを解くことを望んだのだから。



 どこかの森の奥深く、幸せな少女とゴブリンが仲良く暮らしている。

 また巡り会う未来を知らずに。

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― 新着の感想 ―
[一言] 日刊漁ってたどり着きました。面白いです。ちょっとウルっときました。短編専門なんですね。他のも読んでみます!
[気になる点] ハーレムじゃないんじゃないかな [一言] かな?
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