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演技派シリーズ

演技派ですので?

作者: 編乃肌

「君に興味が持てなくなった。……すまないが、別れてくれないか」


 時里ときさと空花そらかは、半年も付き合っていた相手に、唐突にそう告げられた。しかも、いつか告白された場所と同じ、花々が咲き乱れる学校裏の花壇の傍で。

 申し訳なさそうにしながらも、どこか心あらずな自分の恋人……現時点で元恋人になってしまった彼に、空花は俯きながら、消え入りそうな声で呟く。


「もしかして……唯斗も、うみちゃんに?」

「……っ、気付いてたのか」

「気付かないはずないじゃん。最近の唯斗は、一緒に居ても私を見ないし……うみちゃんのことばっかり、見つめていたから」


 うみちゃん――――時里ときさと海音うみねは、空花の双子の妹である。

 二卵性のため顔立ちは似ておらず、目が小さく地味で目立つ特徴のない空花に比べ、海音はぱっちり二重に整った鼻梁と、なかなかの美少女であった。スタイルも、細いが凹凸の少ない空花と違い、海音は小柄だが胸はあるロリ巨乳。

 見た目だけでも、空花に勝てる箇所などないのに、海音は明るく元気で社交的。誰にも分け隔てなく優しい、まさに完璧な美少女なのだ。


 ずっと付き合っていた彼……唯斗が自分の妹と接触し、そちらに靡くのも時間の問題だと、空花もどこかで予想していた。

 それでも――――


「うみちゃんが、素敵な子なのはわかるよ。だって、私の自慢の妹だもん。唯斗が私より、うみちゃんを好きになったのもわかる……でも、でもね」


 空花は涙を瞳に溜めて、バッと下げていた顔を唯斗へと向けた。


「私は唯斗のこと……誰よりも、ずっとずっと大好きだったよ……!」


 泣かないように堪え、感情を押し殺すような声で、空花は想いを吐き出した。

 その表情に宿る必死さと切なさ、何より空花の全身から滲み出る――――自分への狂おしいまでの愛情に、唯斗はドキッと心拍が跳ねたのがわかった。


「ここで唯斗に告白されたとき、私は本当に嬉しかったの。本当に、ずっと大好きだったから……」

「空花……」

「本当は別れを告げられた今でも……うっ、あなたのっ、ことがっ」


 ついに溢れ出した涙を拭い、それでも懸命に想いを紡ぐ空花に、唯斗は胸を打たれた。

 いつもどこか淡泊で、あっさりとした性格の彼女が(そんなところを好きになったのだが)、ここまで自分を想っていてくれたなんて。


 つい数秒前までは、早く別れて、すぐにでも海音のところへ行きたい……そう思っていたはずなのに、今の唯斗は、目の前で健気に泣く少女を、抱き締めたくて堪らなかった。


 思わずその細い体に手を伸ばそうとすると――――同じタイミングで、空花は一歩、後ろへと下がった。


「でも、もう私は素直に身を引くね。早くうみちゃんのところへ行ってあげて。私の妹は可愛いから、ライバルはいっぱいると思うけど、頑張って。私はこれからもずっと、唯斗の味方だから。じゃあね、唯斗。――――――ありがとう、さようなら」


 早口で捲し立て、最後に空花は飛びっきりの笑顔を唯斗に見せた。

 花壇の花が霞んでしまうほどの、儚くも美しい微笑み。

 空花はこんなにも綺麗な女の子だったのか……? と、唯斗が衝撃を受け、笑顔一つで心を鷲掴みにされて固まっている間に、空花はスカートを翻し、振り返りもせず去って行ってしまった。


 ――――――――こうして、振った側であるはずの唯斗の心に、大きなシコリを残し、一つの恋は終わりを迎えたのであった。



 

 一方。遠くに走り去ったと見せかけ、花壇から近くの温室の裏口に飛び込んだ空花は、ポケットのハンカチで軽く顔を拭いた。

 そして――――ハンカチから顔を上げた彼女は、泣いた後とは思えないケロッとした顔をして、温室内のベンチに座る長身の少年に話しかけた。


「部長。どうでしたでしょうか――――今の私の演技は」

「ああ、なかなか良かったぜ。特にあのラストの笑顔。俺にはお前に当たる、ピンスポ(ピンポイントスポットの略)が見えたぜ」

「本当ですか!? 個人的には、もう少し儚さを演出するつもりだったのですが……」

「いや、あんくらいでいいだろ。セリフ自体はありがちだが、セリフ回しは悪くねぇ。最後の早口になるのも、リアリティがあっていいな」

「セリフはやっぱり、脚本担当の芹香先輩に考えてもらうべきでしたね。私も言っててちょっと羞恥心が湧きかけました」

「それより、涙を溜める演技はお前の十八番だからいいとして、実際に泣くまではあざと過ぎじゃね? 個人的には、最後まで泣かない方がこう、クルものが……」

「それ部長の趣味じゃないですか。いやー、頭の中で『飾りじゃねぇんだわ涙は』が音響として鳴ってたのに、ついポロッと流れちゃいました。動揺して笑いそうになるのを、嗚咽っぽく誤魔化すの大変でしたわー」


 あははと笑う空花に……演劇部部長・日景ひかげ大地だいちも、つられて笑みを浮かべた。


 空花は現在、それなりに大会等でも実績を挙げている、この森林高校の演劇部に所属している。部員は、一年生が四人、空花を入れた二年生が六人、部長である大地を入れた三年生が三人の、少人数制だが、常に演技の研究を怠らない実力派ぞろいの熱血演劇部である。


 空花が『演技』というものに触れ、その魅力に気付いたのは、まだ彼女が小学生の頃。

 きっかけは何を隠そう――――――先ほども名前が出た、双子の妹である海音にあった。


 海音が天真爛漫で優しい女の子なのは外面だけで……実は、家ではかなりの横暴を働いている。

 といっても、両親の前でもいい子ぶりっこしている妹が、どす黒い本性を晒すのは、姉である空花の前でだけでだが。

 外では、「そらお姉ちゃん大好き! そらお姉ちゃんは、私の自慢のお姉ちゃんなんだぁ」とか言ってキラキラ笑っている彼女が、対空花には「ちょっと、そら! 喉乾いたから飲み物買ってきて。コンビニ限定のメロンソーダね。早く、今すぐ!」とか、凶悪な顔で命令してくるのだ。

 周囲もすっかりそんな海音の表の姿に騙され、「妹は可愛いのに、姉は愛想がないな」と比べてくる始末。親からも、明らかに空花は差別されてきた。自分より評価が下の姉を見て、裏で悪役そのもの顔で笑うのが、海音の趣味の一つらしいのだ。


 そんな妹の姿を見て、怒りや悲しみよりも、小学生の頃の空花が真っ先に抱いた感想は―――――――『うちの妹、演技すげぇ』であった。


 あそこまでボロを出さず、周囲を魅了する演技をし続ける妹の姿に、空花は虐げられていることも忘れて、尊敬の念さえ感じたものだ。そして同時に彼女は、『私もバカ正直に生きるより、ちょっとは妹のような演技を身につけた方がいいのかな?』とも考えた。

 けれど、今さら日常生活で演技をするのは無理だと諦めた彼女は、それでも『演技』というものへの興味は失わなかった。そして、妹より貰える金額がいつも少ないお小遣いを、ちまちまと溜め、地元の劇団の劇を見に走ったのだ。


 そこで……彼女はすっかり『演劇』の虜になってしまった。


 中学時代は劇団の手伝いを親に内緒で始め、スタッフを経験しながらも、空花は役者としても何度か小さな舞台に立ってきた。高校に入ってからは、さらに大きな舞台にも立たせて貰えるようになり、同じく演劇に熱を上げる仲間に囲まれ、彼女はもう如何なく『演劇バカ』として、演技力を磨くために心血を注ぐ充実した日々を送っている。


 ちなみに、尊敬する役者はと聞かれたら、今も昔も『実の妹』であることに変わりはない。


「でもな、確かに最後の笑顔は良かったが、お前にはやっぱりあと少し『華』が欲しいな。もっと華をバックに散らして微笑めれば、俺的には完璧だった」

「華ですね、わかりました。今度は咲かせます!」

「薔薇とか百合とか、そういう華な。ドクダミとかラフレシアじゃねぇぞ」


 華、華と、胸ポケットに常に携帯している『演劇メモ』に、空花はしっかりと自分の改善点として書き記していく。

 そんな真面目な後輩の姿に、部長である大地は暖かい眼差しで見守りながらも……少しだけ、暗い表情を覗かせた。


「でも、お前は本当に良かったのかよ? さっきお前を振った男と、半年近くも付き合ってたんだろ? しかもお前の妹に乗り換えるとか……」


 なんだそんなことかと、空花はペンをカチカチさせながら笑う。


「今さらじゃないですか、部長。どうせ振られることは一ヶ月前から予想済みだったし、それなら演技の練習に付き合ってもらえばどうだって、そもそも部長が言い出したんですよ?」

「いや、あれは完全に冗談だったんだけどな……」


 実は空花が恋人を海音に取られるのは、これで三回目だったりする。姉の恋人だとわかって、海音が唯斗にアプローチをし始めたのにいち早く気付いた空花は、「またか」と思ったものだ。


 確かに最初は、今までの恋人よりも付き合った期間も長いし、もしかしたら他の人とは違って、今度こそ海音より自分を選んでくれるかも……と、唯斗に期待を抱かなかったわけではない。

 けれど、一緒に居ても徐々に上の空な時間が増え、海音を熱い瞳で見始めた唯斗に、「あーはいはい、パターンAね」と空花の気持ちは一気に冷めていった。


 彼に言った、「ずっと好きだった」という言葉は本当だ。告白されて、心から嬉しかったことも。

 サッカー部で爽やか少年として、女子からの人気もそこそこある唯斗と、同じ委員会になった時から、空花は仄かな恋心を彼に抱いていた。まさか彼から告白されるとは思わなかったので、心のどこかで海音の影はチラつけど、それでも彼を信じて付き合い始めたのだ。


 だが、結果はこれだ。またしても妹の演技の前では、素の空花の魅力では適うことはなかった。


 振られるのが確定した頃には、空花は悲しみや惨めな気持ちも一切なく、演劇部のメンバー全員に、ほぼネタ話として話していた。

 さすがは演劇バカの集まりであるメンバーは、慰めるというよりも、『振るときに、やつが言いそうなセリフは?』『どんなシチュエーションで振ってくるかしら?』『別れのシーンにBGMを流すとしたらどれが……』など、斜め上の盛り上がりをみせた。それに全力で本人ものっかているので、もう何も言えない。

 そして、悪ノリした部長のセリフを、そのまま実行することになったというわけである。


「私にはあんな海音を選んだ男なんていなくても、演劇があって、大好きな劇部メンバーがいるので、全然平気です。むしろ次の台本でやる、『健気なヒロイン』のイメージが固まりそうで、やつに感謝したいくらいですよ!」

「頼もしいな、お前」

「むしろ私は、私よりも演劇一筋で、リアルでの恋なんて興味ない部長が、私の失恋の傷? を心配したことにびっくりです」


 大地は長身に加え、イケメンというよりは男前という方がふさわしい、精悍な顔つきをしている。女子受けはもちろん悪くなく、隠れファンが多い。部室の前で告られている様子を、空花も何度か目撃したことがある。

 だが、演技力も高ければ裏方としても有能である大地は、生粋の『演劇バカ』だった。演劇のために恋愛を研究することはあれど、自身での浮いた噂は一つもない。

 

 それ故、空花は、部長は他人の恋愛事にもこれっぽちも興味がないのだと思っていた。


「おいおい、俺だって思春期の男の子だぜ。恋くらい興味あるさ」

「舞台での話じゃなくてですよ?」

「リアルにあるって。…………お前が彼氏に振られて、喜んだりするくらいには」

「? 最後の言葉、ウィスパーボイス(ささやき声)の練習ですか? ちょっと聞き取りづらかったんで、もう一度おねがいします」


 きょとんとしている空花に、大地は立ち上がって、ふっと口の端を釣り上げた。前回の舞台で好評だった、王子様仕様の微笑みだ。


「――――――いや、興味のないふりをして、良い先輩を装ってる俺の演技も、なかなかのものだなーってな」


 さらに、空花はわけもわからず首を傾げる。「部長は出会った最初から、良い先輩でしたよ?」と的外れな返しをする可愛い後輩の頭を、ぐりぐりと大地は撫でた。

 乱れた髪を不満顔でなおす空花を置いて、大地はさっさと温室から出て行く。そのあとを空花は追いかけ、二人は並んで歩き始めた。向う先は部室である。

 

「急がないと、もう練習が始まってしまいますね。まったく、部活前に呼び出すとか、振る礼儀をわきまえて欲しいものです」


 部活メンバーは全員、事情を知っているので遅れても大丈夫だとは思うが、空花は早く練習に交ざりたかったので、自然と足も速くなっていく。その頭の中には、次の舞台の台本の内容しかなく、もう元恋人のことなんて、脳の片隅にもなかった。むしろ呼び出したことへの苛立ちしかない。空花から演劇の時間を奪った罪は重いのだ。


「そうだな。大会も近いし、さっさと俺等も練習にまざんねぇと。期待してるぜ、次の舞台のヒロイン様」

「任せてください、部長。最高の舞台にしてみせます」


 そう笑い合って、演劇バカ二人は楽しそうにその場から去って行った。



 ――――それから。

 よりを戻したいと、部室まで押しかけてきた唯斗に、部員全員が処分予定の小道具を投げつけて追い払うということがあったり。

 密かに部長の恋を応援している部員たちが、『空と大地と呪われた(略)プロジェクト』と適当に名づけた作戦で、二人をくっつけようと奮闘したり。

 部長に目をつけた海音が、部員の本気の妨害によって散々な目にあったり……。


 空花の周りはまだまだ賑やかになっていったが、それはまだもう少し先の、台本にもない未来の話である。


 とにもかくにも、演技派な彼女は、幕が開くその瞬間のために、今日も『演技バカ』を貫くのであった。

お読み頂きありがとうございました!

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― 新着の感想 ―
[良い点] 面白い(^^)! 色々とその後のお話がありそうですので、とても楽しみです^_^!
[一言] なにこれたのしい。連載版読まなきゃ(使命感) いいなぁ演劇。一回見に行きたいとはずっと思ってるんですよねぇ。だがしかし悲しいかな地方の田舎ではなかなかそのような機会が巡ってこない…。いやしっ…
[良い点] 恋愛を主軸としたものはキャラクターたちの好意の矢印の把握が面倒で手に取りづらいと感じていたのですが、こういう作品はシンプルでいいと思いました。
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