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Someone's love story:Garnet  作者: 幸見ヶ崎ルナ(さちみがさきるな)
3/21

▼3. 近づく二人(The neighborhood)

+++++


エニタイのスタッフになって間もなくミカは事務所所有のマンションに自分のスタジオを持った。


『人気ブロガー』であることに加え『Anytime Anywhere専属フードスタイリスト』という新たな肩書きは続々とオファーを呼び込み、気がつけばミカはレギュラー番組収録日以外も休むことができないほど多忙になっていた。


スタジオを持つ前ミカは、江ノ島に程近い自宅から私鉄2本とJR、そして「ゆりかもめ」を乗り継いで収録現場にきていた。(なんとミカはゴールド免許保有のペーパードライバーだった。)

収録が押し電車がなくなれば深夜タクシーに乗り一時間かけて自宅へ帰っていた。


「待ってる人も待たせてる人いないから(帰宅が)いくら遅くなっても大丈夫です。」


スペインへ単身赴任中の夫と野球をするために九州の全寮制高校に通う息子を家族に持つミカはその頃ひとり暮らしだったので事務所との契約当初からそう言って電車通勤を続けていたが、毎週火・水に行われるレギュラー番組の収録は深夜に及ぶことも多く、疲れていても決して仕事に手を抜かないミカはどんどん消耗していった。

火曜日の深夜は自宅に戻っても眠る間もなく翌水曜日の準備をする事になった。他の曜日も仕事が入っているミカには正直ハードだった。


5人の前では努めて元気に振る舞っていたミカも、収録2日目の水曜日、食事を済ませたメンバーが2本目の収録に出向き、自分ひとり残る楽屋では、溜まっていく疲労をどうすることもできず、(少しだけ…)…と、会議机に突っ伏して束の間の深い眠りをむさぼっていた。


ミカは気づいていなかったが、実は祥悟を除くメンバー4人は、「やっぱトイレ」とか「あ、忘れ物」とか様々な理由で再び楽屋の舞い戻った時にその姿を目撃していたのだった。


その姿に遭遇するたび、


(生きてるんだろうか?)


…と妙な不安に駆られ、たびたびミカの口元に手をあて呼吸を確認してきた理生は迷った末やはり紗夢にミカの様子を話すことにした。

なんと言っても一応リーダーだし、ケリーさんに伝えて、かわいそうなくらい疲れきったミカを何とかしてくれるかもしれない思ったからだ。


帰りの移動車の中、理生は紗夢に尋ねた。


「リーダーはミカさんが2日目いっつも疲れちゃってんの知ってる?

オレ何回か爆睡してるの見ちゃったんだけど大丈夫かなぁ…?

見た目若くても中身はうちの母ちゃんたちよりほんのちょっと若いだけだから実はオレ心配なんだけど…。」


近くで話を聞いていた計と慈朗も口々に言った。


「オレも見たよ。具合でも悪いのかと思って側に寄ったらガチで寝てた。」


「いびきを通り越して息遣いがわからないくらい深く眠るなんて相当キテるはずだぜ。」


紗夢もボソッと言った。


「実はオレも何回か目撃してたんだけど、2本目の収録が終わってオレらが戻る頃にはいつものテンションで『おつかれ様~。』なんて言ってくれちゃうもんだから、なんだかみんなに言うに言えなくなっちゃってさ…。」


祥悟はMCも担当しているし、スタンバイしたら楽屋になんて戻らないしっかり者だから、ミカの疲れた様子には全く気がついていなかったようで、真顔のまま4人のやりとりを黙って聞いたあと一言だけ言った。


「…なんか、痛々しいな。」


そんな会話が交わされた翌週の収録日、祥悟は移動車から降りるとき愛用のブランケットを抱えていた。


ニュース番組や映画の仕事、個人的に英語の勉強もしている忙しい祥悟が楽屋で眠ることなんてまずない。


「ブランケット持ってくの?」


不思議に思った理生がこう聞くと祥悟は、


「…う、うん。」


…と曖昧な笑顔で言うだけだった。



そしてその日の収録後、メンバー5人にお茶とスイーツをにサーブし終えたミカが「ありがとう」と言って、祥悟にブランケットを返す姿があった。 祥悟はメンバーからミカの疲れた様子を聞いたあと自分がミカに『してあげられること』がないかと考え、楽屋にブランケットを持ち込むことにしたのだった。


自分たちに『疲れていることを悟られたくない』と思っているであろうミカに配慮した祥悟はブランケットを渡す時こう言った。


「独りで楽屋にいると冷房がきつくない?これオレのだけどよかったら使って。ミカさんが風邪でもひいたらオレたちも困るし。」


(もしかしたらごぉくん、2本目の収録中に楽屋で私が眠ってしまうことに気づいてる?)


ミカはいぶかしく思ったけれど、祥悟の優しさが嬉しかったので黙ってブランケットを借りることにした。


祥悟がその日の気分で変えるという移動車のアロマディフューザーの香りと、祥悟愛用の香水"Tommy"の香りがうつった肌触りのよいブランケットは不思議なくらいミカの疲れを癒した。



ミカが日々忙しくなる様子と疲れぶり(多分祥悟から聞いたのだろう)を見かねたケリーさんは、車を運転しないミカの移動時間が短くなるよう都内にスタジオを持つことを提案した。


案の定はじめは、


「私なんかにもったいない。(自宅からの)通いでいいです。」


…と断り続けていたミカも、ついにはケリーさんに


「社長からの業務命令だから言うこと聞いて。」


…と、ぴしゃりと言われ、事務所は都内にミカのスタジオを開設したのだった。



ミカのキッチンスタジオが入った事務所所有のマンションには祥悟がひとり暮らす家もあった。


祥悟とミカがまさか究極のちかしい関係になるなんて思わなかった事務所は、祥悟の家の隣りの広いガーデンテラスが付いた部屋にミカのキッチンスタジオを入れることにした。


理生は祥悟の家に立ち寄った帰りに作りかけだったミカのスタジオを覗いては、バーベキューから犬の散歩まで…たとえはへんだけれど、とにかく何でも出来そうな広いガーデンテラスをうらやましく思ったものだった。

当時ミカとはスタッフとタレントの付き合いで収録現場中心だったので、まさかキッチンスタジオまで自ら遊びにきたり呼んでもらえたりするくらい『仲良し』になれるだなんて思っていなかったからだ。


未来を知らないエニタイのメンバーは、祥悟の家とミカのスタジオが入るこのマンションが、5人とミカをめぐる大切な思い出をたくさん残す場所になるなんて想像すらしていなかった。


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