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Someone's love story:Garnet  作者: 幸見ヶ崎ルナ(さちみがさきるな)
18/21

▼18. 記者会見(Open to the public) ~会見後、そして“普通の幸せ”~


+++++


7人で戻ってきた楽屋ではメンバーがミカの体調を気遣い椅子をすすめたり水を持ってきたりしていた。いつも自分がしていることをメンバーにされているミカは困ったように微笑みながら、4人の優しい気持ちに従っていた。


計がいつの間にか自前のコーヒーセットで人数分のコーヒーをドリップしていた。


皆でコーヒーを飲み、穏やかないつもの空気を取り戻したところでケリーさんは言った。


「…ごぉくんとミカは事務所へ行こうか。社長が待ってるだろうし、事後になっちゃったけど、ごぉくんも改めて報告するんだよね?


さっき答えきれなかった質問も事務所に届いてるだろうから、そっちも片付けないとね。悪いけど、二人にはまだまだ働いてもらうよ。ミカ、大丈夫だよね。」


ミカは計が淹れたコーヒーが入ったカップを小さな両手で包むように持ちつつ頷いた。


その姿を悦に入って眺めていた計は突然我に帰ると慌てて言った。


「しまった!妊婦にコーヒーなんてヤバくね?」


慈朗はおっとりと、


「一杯くらい平気っしょ。うちの姉ちゃんなんか妊娠中結構コーヒー飲んでたけど、甥っ子たちは二人とも五体満足で産まれてきたもん。」


ミカも言った。


「大丈夫だよ、計くん。息子の時は会社のおじさん達に『もう飲まない方がいいよ~』って注意されながらもコーヒー飲んでたけど、息子も元気に育ったし。

…ねぇ、パパ。大丈夫だよね?」


突然ミカに『パパ』と呼ばれた祥悟は、(オレ?)と言うように自分を指差したあと考えながらこういった。



「う~ん、そうだなぁ…。せめてミルクだけでも入れようか。計のコーヒーは濃い目だから、カフェオレならぬカプチーノだね。…ところでミルクってあるんだっけ?」


そう問う祥悟に理生は言った。


「…なかったらオレひとっ走りコンビニ行ってくるよ?…あっ名案!

ミカさん、オレの『ちくビーム』製ミルクはどう?右左どっちにする?」


ミカは即座に


「ノーサンキューで。」


…と手のひらを理生に向けて断りのポーズを取った。


「えー?新鮮フレッシュこの上ないのに?…そんなこと言わないで、ほらほら行くよ。


ちくビーム!!」



乳首をつまみ性懲りもなくふざけ続ける理生を黙って見ていた紗夢は、理生とミカの間に立ちはだかると千円札を理生に渡しながら言った。


「…らーくん、さっさとコンビニ行ってきて。お釣りはお駄賃にしていいから。」


紗夢の言葉に周りの空気を感じ取った理生は、紗夢から千円札を受け取ると小走りで楽屋を出ていった。


しーんとした楽屋でケリーさんが紗夢に尋ねた。



「ところでサミー、明後日からパリ(ロケ)だけど、支度できてる?まだなら今日は帰って準備して。」


紗夢は眠たかったのか、素直にケリーさんに従うと帰り支度を始めた。

長い時間着たままだったレギュラー番組の衣装から私服に着替えた紗夢は、理生がコンビニから戻ってくるのを待ってから帰って行った。


祥悟は帰り際の紗夢に改めて礼を言った。


「さっくん、ほんとに今日はありがとう。改めてさっくんに惚れ直したよ。」


紗夢は嬉しそうにドヤ顔をすると、


「何のこれしき!」


というと皆に手を振った。


「撮影頑張ってね!」

「お土産よろしくね!」

「クロワッサン食べてきてね!」


…後半は訳がわからない言葉ながらも、皆は紗夢にエールを送った。


紗夢の帰宅後、ケリーさんは残るメンバー3人に尋ねた。


「君達はどうする?」


理生はおずおずと答えた。


「…俺、帰ってもいいかなぁ。驚くほど早い仕事じゃないんだけど、起きれるかどうか自信なくて。…ごめん、ミカさん、ごぉくん。最後までつきあえなくって…。」



計も言った。


「俺もらーくんと同じで早くから始まる仕事はないんだけど、京都(撮影所)に戻る前に整体に行きたいから…ゴメンなさいっ。私も帰らせていただきます!」


計は深々と頭を下げた。


ミカも祥悟も首を横に振った。その様子を見ていた慈朗は理生と計に言った。


「あ~大丈夫、大丈夫。俺が代表で事務所行ってくるから。任せて。」


それを聞いたケリーさんはすかさず言った。


「…じゃあジロにももう少し働いてもらうかな。会見直前にライブDVDのサンプル盤が上がって来たから、目通ししてもらって気になる箇所を朝までにフィードバックして。」


…事務所に着いたら一寝入りしようと目論んでいた慈朗は一瞬


(げっ…。)


…と思ったが、皆に悟られないように、


「うん、そっちも任せて。」


…といつもの強気で、ケリーさんが差し出すサンプルディスクを受け取った。



ケリーさんが事務所で待機していた若いマネージャー達に頼んだ車を収録スタジオで待つことになった理生と計に見送られて、祥悟達は事務所へ向かった。



車に乗り込んで間もなく、祥悟は慈朗の肩にもたれ、すやすやと眠り始めた。移動車内で眠る祥悟を見るのはミカよりも長い年月祥悟と一緒にいる慈朗にも久しぶりのことだった。


祥悟の寝顔を覗き込んだあと自分に向かって微笑むミカに慈朗は、祥悟を起こさぬよう小声で言った。


「…ミカさん。ごぉくんの頭、撫でてあげてくれる?すっごく頑張ってたから褒めてあげてほしいんだ。」


ミカは慈朗に向かってこくんと頷くと、事務所に着くまでの間ずっと祥悟のさらさらの髪を優しく撫で続けた。


―本当は自分でそうしたいと思っていた慈朗は、ミカを羨ましく思いながらも安心しきって自分に寄り掛かる祥悟を再び見やると満たされた気持ちになった。


+++++


ごぉくんの会見後、僕 松野慈朗は街中まちなかで気付いたことがある。


それは二人の会見を境に、さながらごぉくんのように左手の小指に石のついたピンキーリングをはめる男子と、さながらミカさんのように指につけるにはやや大きめサイズの、やはり石のついた指輪をペンダントヘッドとして胸元に輝かせる女子のカップルが急増した、ということだった。


(『エニタイ佐崎祥悟』の影響力は最強だな。)


僕はごぉくんとミカさんが誇らしくて仕方がなかった。



どうなることかと不安だらけだったエニタイ初の結婚会見も、僕ら4人が未だにごぉくんに聞けない会見後の社長とのやりとりを除けば、笑顔で話せる思い出のひとこまになった。



あの日ごぉくんは僕のDVDチェックが終わっても社長室から出てこなかった。

僕は気になる箇所で映像を停めメモを取りながらチェックしていくので、あの時も優に3時間はかかったはずだ。

いっくら温厚で話わかりが良いと言っても社長と3時間も二人でいたなんて、どう考えても説教されてたとしか僕には思えなかった。


サンプルDVDのチェック結果をケリーさんに手渡し、僕はしばらくミカさんと一緒にごぉくんを待っていたが、仕事に出掛ける時間を考えると一旦家に戻らなければならない時間になってしまった。

僕は、傍らでうとうとし始めたミカさんをソファーで休ませるよう若いマネージャーに頼み、マスコミ各社から続々と送られてくる会見(記事)のゲラ(刷り)チェックに慌ただしくなったケリーさんに帰る旨を伝えて事務所を後にした。


帰り際、ミカさんにも一声かけようとソファーまで行ったところ、ごぉくん愛用のブランケットにくるまって移動車内でごぉくんがそうだったようにすやすやと寝入っていた。

…書面で答えるとマスコミ各社に約束した質問状を全て処理してから眠るなんてミカさんらしい。


(さすがのミカさんも疲れてたんだな…。)


…僕は思った。

あの後マスコミに騒がれることもなく、いつの間にか区役所に行って婚姻届を提出してきた二人は晴れて『夫婦』になった。


プロポーズのすったもんだ以来ずっと二人を見守ってきた僕らにとって、それは嬉しい事だった。



+++++


ごぉくんの『奥さん』になったミカさんが僕たちのスケジュールの合間を縫って上手い具合に開いてくれるホームパーティでは、必ず誰かが会見の時の事を話し始め、会見前のごぉくんのビビりぶりと、ごぉくんをフォローするために出ていったのに水をこぼした挙句つかみでスベり寒々しい事この上なかった理生くんのテンパりぶり、そしてあの日社長に連れられ突如会見場に現れたミカさんの落ち着きぶりが、僕ら6人の間の『3大レジェンド』になっていた。


なんと言っても一番格好良かったのはミカさんが落ち着いた風情でファンに言った、


「今までもこれからも私は『6人目のエニタイ』。」


という言葉だった。


ミカさんのこの言葉はファンの共感を呼び、ファンの子たちから


「ミカちゃーん!」


…と声がかかるくらい人気者になっていった。


「どうしよう、相当いい年齢としなのに『ちゃん』付けで呼んでもらっちゃって…。何か申し訳ない気持ちなの。」


ミカさんは困惑してそう話していたが、傍らでそれを聞いていたごぉくんの誇らしげなドヤ顔を僕は決して見逃さなかった。



独身時代のごぉくんは実家のお母さんとのエピソードをちょいちょいバラエティ番組にはさんでいたが、結婚後はそれに代わってミカさんとの事を話すようになった。


おそらくごぉくんが初めてだと思う。何のてらいもなく自ら『奥さん』との日常を話してしまうアイドルは―。


年上のミカさんが時折ひどくダメダメになるごぉくんを実家のお母さんが降臨したかのようにガチで怒り倒す様子を、


「まるで鬼ババ。」


…と、キャスターも務めるいい大人が反抗期の中学生のように悪態をつきつつ話したり、そうかと思えば料理上手(…プロのフードスタイリストなんだから当たり前なんだけどね)のミカさんが作る日々の美味なる食事のことを、『奥さん自慢』と言う名のノロケにしか聞こえないにもかかわらず満面の笑みで話してしまうごぉくん―。


そんな幸せいっぱいなKYぶりは、非難されるどころか逆に万人から愛される事になったので、隙だらけのごぉくんを面白がっていた計を中心に


「んで最近どうですか、夫婦関係は?」


と、ごぉくんに話を振るのが番組中のお約束になっていった。



身近なごぉくんが電撃結婚してわかったのは、結婚する時はなんだかんだ言われても結局は幸せになった者が勝つんだ、ということだった。…まあ、幸せを前にしたら勝ちも負けもないんだけど。


思えば結婚当時ごぉくん同様…もしかしたらごぉくん以上に修羅場だったかもしれない事務所の先輩達も数年経た今では家族と共に穏やかに暮らしている。

結婚がなかったかのように未だアイドル全開で私生活を感じさせない先輩もいれば自分の子育て体験を育児雑誌で連載している先輩もいて、結婚後の生活を見せるか見せないかも様々だということに僕は初めて気づいた。


(普通の恋はできないな…。)


…などと決めつけ、新しい恋や現在進行中の恋人と会う事にさえ臆病な僕らアイドルにもごく普通の幸せが訪れるのだ―。


ごぉくんとミカさんの結婚はその大切な事を改めて僕らに教えてくれた。



僕は久しぶりに『うちの奥さん』と僕が呼ぶところの恋人に、メールではなく電話をしてみようかな…と思った。


「どうしたの?何かあった?」


…と、驚く彼女の声が聞こえるような気がした。




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