▼14. 朗報(Good news)
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祥悟と家族をつくると決めてからミカは、月1回大学病院で産科医をしている従妹のもとへ通っていた。ミカの年齢になると『月のもの』が来ない理由が待ち望んでいるもののためなのか、年齢を重ねた身体のせいなのか判断がつかなかったからだ。
嫁いでから互いに疎遠になっていた同い年の従姉妹のサエはミカにとって心強い存在になった。身体のことはもちろん、これまで誰にも言えなかった将来への期待や不安―。ミカの心に積もっていた様々な思いを話せる親友のような姉妹のような善き主治医だった。
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『変化なし』という診断結果がもはや習慣になりつつあったある日、突然朗報はやって来た。
サエはその日、いつになくしげしげとエコーを確認したあと笑顔でミカに告げた。
「ミカちゃん、おめでとう。いよいよだね!さあ、これからが大変だけど今までどおり力になるから、がんばって。」
突然の知らせにミカはまるで実感が湧かなかったが、サエの指さす方向に導かれるままエコーを見ると、儚くも確かに祥悟とミカの愛の証が写っていた。
その儚い生命は、祥悟とミカを光射す未来へ導いてくれたばかりか、これから幾つもの壁を乗り越えなければならない二人を奮い立たせてくれる確かな存在だった。
―ミカの目から涙が溢れた。
これからもずっと祥悟と一緒にいていいのだ。父親になる祥悟を一番近くで見ていられるのだ。
「ごぉくんが大好きなミカちゃんレシピのティラミスで後でお祝いしようね。」
サエの診察終わりを待って一緒に食べようと持って来ていた手作りのティラミスが、サエの粋な提案により図らずも『祝い』のケーキになった。
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祥悟は取材でモスクワにいる。歴史を動かした超VIPに会っているのだ。
よほど拘束される仕事がない限り祥悟は、時差を見計らってミカに電話をかけてきていた。
電話を待てば祥悟の声に自分の声を重ねて喜びを分かち合える。…けれど何故かこの日のミカは、自分の思いを文字に残しておきたいと思った。
(ごぉくんと私にとって一期一会になるであろう出来事の始まり…。その時時を形にして残したい。)
ミカは祥悟に宛ててメールを打ち始めた。
『ごぉくんへ
異国の空の下、お仕事は順調ですか?
今日も心が動く出来事はありましたか?
もしかしたらごぉくんは、忙しい中あなたがかけてくれる電話を待たずにメールを書く私を不審に思っているかも知れませんね。
…実は私にも突然の事だったのですが、やっとごぉくんとみんなに『嬉しい報告』が出来ることになりました。
今日サエちゃんのところへ行って来ました。
桜が咲く頃、待ちに待った私達二人の新しい家族に会うことが出来るそうです。
…『今日』という日が来て本当に良かった。
大好きなごぉくんと一緒に居ることを諦めかけていた私の背中を押してくれたエニタイの4人があなたの大切な人達でよかった。あの夜4人が来てくれなかったら今の私達は絶対になかったから…。
もう4人には、どんなに感謝しても足りない。こと、らーくんに関しては大好物の唐揚げを一生作り続けてあげても絶対に足りないくらい(笑)…。
ごぉくんが帰国したら真っ先に4人に報告しに行こうね。そしてみんなの前で私の胸元にネックレスにしてくれたあの指輪をつけてね。
もしわがままを言わせてもらえるなら、私はごぉくんの誕生石が付いた赤い方を着けたいな。ごぉくんと離れている時も、ごぉくんが近くにいるようで元気になれるから…。
―それでは改めてお返事します。
『私ミカは佐崎祥悟さんのプロポーズをお受けします。』
…これからはもうずっと一緒にいていいのですね。本当にずうっと私のそばにいてね。
ごぉくんだけが知っている、おっちょこちょいで不束者の私ですが、幾久しくよろしくお願いします。
ミカより』
仕事を終え日本へ電話をかけようと携帯を手にしたその時に、この嬉しい知らせに気づく祥悟の様子を想像しながら、ミカは『送信』ボタンを押した。
(ひとり部屋に戻っていれば飛び跳ねて喜んで、誰かが側にいれば溢れる気持ちを抑えて小さくガッツポーズするんだろうな…。)
―ふと壁に掛かった時計を見れば、間もなく外来診察が終わる六時になろうとしていた。
ミカは診察終わりのサエに会いにいこうと、足早にロビーを後にした。
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