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終末三千年。  作者: 高倉 悠久
第一章
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第十六話 ~この道のりは、大変臭いものである~

 

 義勇軍を出た俺は、着替えるために一時自宅に戻った。いつものVネックTシャツにコートという服装でなければ、何だか落ち着かないのだ。

 家の中は俺が昨日出勤したときから変わらず、少し散らかっている。

 …散らかっているわりには生活感のない部屋だ。一人暮らしなのだから当然といえば当然だが、あの基地とは大違いだな。

 そんなことを考えながら、俺は家を出た。戸締りを確認してから、いつも通り防衛軍支部のある公園へと向かう。

 

 

―――この仕事さえ完遂できれば、俺は生き残れるんだ。

 日常生活の中でこんなことを考えるなどと、俺はついに末期に至ったのか。

 じりじりと照りつける太陽。セミの声を全身に浴びせかけられながら、俺は公園の遊歩道を歩いていた。

 

 その公園の中心、遊歩道から横目で見ることができるのは、いつも通りのエレベーター。…には乗り込まずに、今日の俺は迂回する。

 隊員にのみ教えられている、地下道があるのだ。そこからのみ、一大データベースのある施設に侵入することができる。そこだけは、防衛軍の本拠地とは別のフロアに作られているのだ。尤も、滅多に使われることはないので、全く不便さは感じないのだが。

 地下道の入口は、遊歩道脇の木の後ろに隠れている。

 錆びたような斑点がついた濃い灰色の、円形の扉だ。…要するに、マンホールだ。

 特別な施錠のなされているそれを、俺は隊員のみが所持するキーで開けた。

「よいしょ、っと。」

 膝を折り曲げて屈み込み、全力でその蓋を持ち上げる。これは、中々に重い。

「うわ、くせえ…」

 中の梯子に足をかけると、熱気のような臭気のような嫌な空気の塊が、俺の顔の周りにまとわりつく。

 このマンホールから繋がっている地下道は、地下道とは名ばかりの、ただの下水管だ。この付近は雨水管のみだが、もう暫く行くと汚水管と合流する。…要するに、汚い。

「あんまりここは通りたくなかったんだがな…」

 ベンチを跨ぐ地球防衛軍も格好がつかないが、鼻を摘まみながらマンホールの中へ入っていく地球防衛軍というのも、自分で言うのは何だが情けないものだ。

 

 底に足を着けると、微かな水音が管内に反響する。

 降りてすぐ、右の方へと歩いていけば、データベースのある施設に辿りつくはずだ。

 だが、その前には面倒なことが一つ待っている。

 

 歩き続けると、管内の壁にライトが付いていない所まで来た。薄明かりは背後の方から差しているが、それも物の輪郭線が何となく見て取れる程度でしかない。

 視界不明瞭の前方に、ぼんやりと人影が見えた。

「おい、お前。何番だ?」

 その人影が俺に、しわがれた声で問いかける。コードナンバー認証だ。

 警備の者が2人、立っている。隊員でなければ入ってはこられない道だからこそ、不審者に対する警備は必要ない。だがその代わり、今日の俺のような裏切り者に対する警備が必要なのだ。

「何番だ、おい、答えろ」

 警備のものが一人、俺に近づこうとする。

「…今度から、もう少し明るいところに警備の者を立たせておくんだな。…本人に確認を取らなければ個人が特定できないなんて、無用心にも程がある」

 俺はそう呟いて、一歩踏み出す。

「な…っ!?」

 警備のものが短く悲鳴を上げる。その一瞬後にビシャリという音がして、管内に大きく鈍い音が響いた。

 投げ飛ばした後の重い感触が少し、腕に残る。

「…やっぱり、俺は強いな。」

 この2日は、ステイタスが高すぎる奴等に囲まれていたからな。自分の戦闘能力は平均以下なのではないかと、自信過小になっていたところなのだ。

「これで強さを再確認できるぜ、ありがとよ」

 軽くステップを踏み、今度は一気に警備のものへと詰め寄る。その額に手を置いて、腕を引く。…少しバランスを崩してやっただけで、そいつはいともたやすく引っくり返った。

 またしても鈍い音がしたから、おそらく頭を強打したのだろう。暫くは起き上がってこれないはずだ。

 

「さてと、もうちょっとだな。」

 

 面倒なことを一つ済ませた俺は、再び鼻を摘まむ。先程の戦闘中も、あまりの匂いに、吐き気がするほどだったのだ。

 ぴちゃぴちゃという音を立てて歩きながら、コートの裾に触れてみる。表面の布に、少し濡れた感触がした。

「うわ、やべえ…ちょっと泥が跳ねたかな」

 クリーニングに出すのは面倒だな、と思いつつコートの表面をさする。

 感触的には、そんなに大きな染みができていそうでもない。見た目としても、きっとそう目立たないぐらいのはずだ。

 

「…まあ、いいか。」

 どうせ、もうすぐなんだ。この任務さえ済めば、どうとでもできるさ。

 

 

 早足で管内を歩き始めると、やけにリズミカルで楽しそうな水音が後を追ってきた。

 

 


(主人公の口調が好きすぎて楽しい)

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