被害者の妻
「嫌いでした」
高田理恵は第一声にそう言った。質問は、夫のことをどう思っていたか、だった。下を向いて誰とも視線を合わさずはっきり言い切った理恵に、柴田は少しからず疑問を抱いた。隣に座る呉は何とも思わなかったのか、いつも通りの無表情だった。
「嫌いだった?」
言葉を繰り返した呉の方を見、理恵はゆっくりと感情を抑えた声で言った。
「ええ。愛していましたから。いえ、愛しています。だから嫌いでした。仕事が忙しく、家庭を顧みないあの人が。愛人がいるのではないか、と疑ったこともありました」
涙で腫れた目をハンカチで押さえながら理恵は答えた。
「真実を失ってから気付くなんて遅すぎますね」
「いえ、知ることが大切なんですよ。何度も聞いてすみませんが、午前二時のアリバイは?」
「寝ていました。夫も十二時には寝ていましたから。午前三時に様子を見に行きました。いつもの習慣です。夫は病気を持っていて。息が突然止まるという、睡眠時無呼吸症候群です」
無機質な壁に掛かっている時計に視線をやり、確かめるように言った。柴田は一語一句洩らさないように、手帳に書き留めた。
「無呼吸症候群ですか…発見時はどうしましたか?」
「初め、何も変わっていないと思いました。暗闇で月明かりでしかわかりませんでしたから。ただ、何か液体が光ったんです。コップから零れているようだったので、水でも零したのかな、と思いました。確かめる為に電気を点けるとそれは血でした。ショックで何分か動けなくて固まっていました。それからはっと気付いて電話をしました。病院の次に警察へ」
死んでいるかどうか、確かめなかったらしい。近付くことができなくて、見分けがつかなかった。だからまず救急車を呼んだのだった。そのため、現場は一切手がつけられていない状態なので警察は助かっていた。
「何か無くなっている物はありませんでしたか?」
「後から気付いたんですけど…果物ナイフがありませんでした。薬と水の横に林檎を置いておきましたから」
「果物ナイフ…」
柴田は呟き、納得した。現場に足りなかった物、それは果物ナイフだった。水野の言う凶器。しかしそれが引っ掛かっていたモノではないと思った。何か、違う。
「夜、出入りができる場所はありますか?」
「裏口がいつも開いています。でも知っている人は限られていまして」
「永山萌と小山進一は知っていましたか?」
「…はい」
呉は事務的に聞いた、というようにそれ以上は何も言わなかった。そして柴田にも、それは引っ掛からなかった。不思議と、進入口を知っても感じるものはない。それがまた、柴田の心に残った。 |