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矛盾犯罪
作:樒 麻容



本当の犯人


「え…」
 萌、理恵、小山、柴田、藤本の声が重なった。柴田は呉の方へ振り向くと、あっと声を上げた。気付いた柴田を横目で見て、呉は高島と向かい合い、
「犯人は高田孝治ですよ」
と、良く通る声でさらりと言った。
「何を!?」
 柴田、水野以外は呉の言葉に戸惑った。意味を理解するのに少し時間がかかり、理恵がポツリと洩らした言葉に皆は納得した。
「自殺…ですか?」
「ええ。水野、そうだったね」
 柴田の隣に立って腕を組んでいた水野はにっこり笑ってそうだよ、と言った。
「一回目の傷は二回目より深かったんです。これは明らかに違う人物によるものだとわかります。二回目は数分後に刺されていました。数分という短い時間に犯人が二人。初め刺した犯人と会う可能性が高かったんです。それなのにそんな事実はありません。となるともう一人の犯人は高田自身、となるわけです」
『水野…君は大体の真相がわかっているね?』
『それはお互いさまじゃないのかな?』
 柴田は納得した。呉が容疑者に会うのが遅かったこと、現場に行かなくていいと言ったこと…それはもうわかっていたからだった。高田孝治が憎かったのは他の誰でもない、高田自身だったのだ。
「後、水が零れていたっていうのは血だったんだよ。理恵さんも言っていたよね? コップから水が零れているようだった、と。もう高田は死んでいたんだよ。現に返り血を浴びなかっただろう?」
 再び頷いた萌を見てから呉は高島を見た。高島は固まったまま、身動き一つしなかった。
 呉は再び視線を萌に合わせ、いつもの感情がこもっていない声で言った。声に含めない優しさを込めたハンカチを差し出しながら。
「萌ちゃん、君は殺していないが死体を傷つけた。その罪は償わなきゃいけない」
 緊張の糸が切れたように、ゆっくりとハンカチを受け取り、萌は弱く微笑んだ。その顔にはもう憎しみが残ってはいなかった。あるのはただ後悔だけで。
「…はい。事実は自殺ですけど、やっぱり殺したのは私です。おばさん…ごめんなさい」
 萌は理恵と向かい合い、涙で上手く動かない口ではっきりと言った。もう十六歳の、昔の萌に戻っていた。
 理恵は優しく萌の肩を抱き、こちらこそ謝らないといけないのよ、と呟き泣いた。
 涙は枯れる事がないように思えるほどで。このまま全部洗い流れてくれれば。
 柴田は呉と水野に弱い笑みを向けた。

―後日―
「萌さんは理恵さんに引き取られることになったようです。以前から我が子のように思っていたようですから」
 水野医院の待合室のソファーに座った呉に向かって最後の報告をしていた柴田は、可笑しそうに少し口元を緩めた。
「それにしても高島警部のあの顔、忘れられませんよ。固まって最後まで動けなかったんですから。呉さん、全勝ですね。あっ…そういえば呉さん、最初からわかってたんですか?」
 報告書に目を通しながら、口だけで笑った呉はどうかな?と意味深な言葉だけ呟いた。
「呉は現場を見てすぐにわかったらしいよ」
 またいつの間にいたのか、水野は柴田の後ろに立っていた。もう慣れてしまった柴田は水野の方へ振り返り、尋ねた。
「えっ…どこでですか?」
「羽毛。飛び散っていただろう? 最初に切ったのは首だったわけだから、蒲団の中央はあまり血を含んでいなかったはずだよね。現に水が零れたように見えたんだから。生きている内に刺したなら血が吹き出て蒲団に染み込み、羽毛はあまり飛び散らないはずだよね。飛び散ったってことはもう血が噴出すほどではないときに刺した、と」
「正解。耕ちゃん、もう少し頑張ろうね」
 呉に子ども扱いされ少し膨れた柴田は、後ろから水野に頭を撫でられ、脱力した。
「でも最後に気付いてえらいえらい」
「水野さん…」
 溜め息混じりに呟いた柴田の声を聞き、呉は苦笑した。
 休診日の午後、柴田の中ですべてが解決した。
 呉の頭の良さ、水野の完璧な検死、揃ってこそ形になることを再確認させられた。そう、この事件は『呉にしかわからない』。
 空調の利いた室内での談笑に、ドアの開く音が重なった。












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