王宮で侍女をしているんだけど秘密の花園で不倫現場を見てしまった
ここは王宮の庭園。
私は王宮で侍女の仕事をしているのだけど、趣味で庭園の一角を借りて薬草を育てている。
王宮で働く者に庭園の一部を自由に使用する許可を与える我が王は実に寛大なお方である。
休憩時間に薬草に水をやり終え、さあ仕事に戻るかーと思ったその時だ。
「秘密の花園の鍵が開いてる?」
庭園には秘密の花園と呼ばれる扉が鍵で施錠され、高い塀で囲われた謎の広い区画があった。
しかし、いつもは閉ざされている秘密の花園の扉が半開きになっているではないか。
いったいどうして?
私は秘密の花園の中がどうなっているのか気になり、興味本位から内部を覗くことにした。
後から思えば秘密の花園なんて無視して仕事に戻れば良かったのだ。
しかし、後悔してももう遅い。
私は扉を抜けて秘密の花園の内部に入った。
秘密の花園の内部には珍しい花や薬草がたくさん植えられており、幻想的な雰囲気を醸し出していた。
「綺麗……」
うっとりしながら花を観察する。
私は吸い寄せられるように迷路のようになっている秘密の花園の奥へと進んだ。
奥に進むと東屋があり、誰かが座っているのが見えた。
秘密の花園の鍵を開けた人物だろうか?
私は息を殺して物陰からその人物が誰なのか確かめることにした。
そして、私は我が目を疑った。
私の目に信じられない光景が飛び込んできたからだ。
東屋にいた人物は我が王の側室であらせられるマリア様と陛下の片翼と呼ばれているレオ騎士団長で、二人は身体を寄せ合い口づけを交わしているのであった。
大変なものを見てしまった……
マリア様と騎士団長の不倫現場を目撃してしまった。
陛下の寵愛を一身に受け、王妃になるであろうとされているマリア様が陛下に忠誠を誓っているはずのレオ騎士団長と恋仲であったとは……
陛下に対する裏切り行為ではないか。
このスキャンダルが王宮で働く者に知られればとんでもないことになるに違いない。
いや、陛下がもしこの二人が不倫をしていると知ったら、激怒して二人を処刑してしまうだろう。
私はこの不倫を見なかったことにしようと決めた。
侍女仲間にも決して口外するつもりはない。
私が黙っていれば皆が幸せなのだ。
おっと、休憩時間がそろそろ終わりだ。早く仕事に戻らねば。
ドン
その場を離れようと振り返った瞬間、私は誰かにぶつかり跳ね返って転んだ。
私がぶつかった相手は……
私がぶつかった相手はこの国を統べる王――アレク陛下その人であった。
陛下にぶつかるなど不敬罪で死刑になってもおかしくない。
「へ、陛下、も、申し訳ございません」
「すまない、大丈夫か?」
「だ、大丈夫です」
心優しい陛下はぶつかったことをお許しになり、侍女でしかない私に手を差し伸べて立ち上がらせた。
「お前はどこからこの花園に入り込んだんだ?」
「と、扉の鍵が開いていたのでつい……」
「なるほど、鍵をかけ忘れていたのか。しかし困ったな。実に困った。お前はあれを見てしまったのだろう」
陛下は私の背後を指差した。
「はっ!?」
陛下が指を指した先にはマリア様とレオ騎士団長がおり、こちらを驚いた様子で見ていた。
こ、これは……修羅場という奴ではないだろうか?
二人の不倫が陛下にバレてしまった。
しかし、私はただの侍女であって無関係である。
「あはは……私は何も見ておりません。仕事がありますので失礼します」
私は作り笑顔で何もなかったかのようにその場を離れようとした。
「ちょっと待て」
「ぐえっ!?」
陛下がその場から離れようとした私の襟首を掴んだせいで喉から変な声が出た。
いったい私に何の用だというのだ。
修羅場は当人どうしで話し合うなり、二人を罰するなりすれば良いではないか?
「このことを口外されたら困る。お前の口を封じなければならない」
「な!?」
二人を罰するのではなく、私の口を封じるとは?
陛下は腰に下げた剣を抜いて私を斬って捨てる気満々である。
確かに……王の側室と腹心である騎士団長の不倫という話は体面が悪い。
高度な政治的な話も絡むのかもしれない。
しかし、無関係な私の口を封じるために殺すというのはあんまりではないだろうか?
「へ、陛下、私はこのことを誰にも口外いたしません。なので、命だけはお許しください。私の父は他界しており、家には病気の母と幼い妹が一人。それに来年には結婚を控えているのです。私は死ぬ訳にはいかないのです」
「結婚? 詳しい話を聞こうか?」
身の上話を聞かせて命が助かるならばと、私は陛下に自分の境遇を詳しく話した。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
私の名前はラティファ。年齢は十五歳。趣味は薬草栽培。
貴族の家の長女として生まれ、下には幼い妹が一人。
私が幼い頃に父が亡くなり、母は父が亡くなってからは病気で体調を崩してしまい、ベッドで横になっていることが多い。
子爵であった父が亡くなってから我が家は没落の一途を辿り、領地を切り崩して生活をしている有様だった。
私の住む国では爵位というのは通常、父から息子に継承される。
しかし、我が家には私と妹の娘二人しかいなかった。
女子は爵位を継承出来ず、こういった場合は私か妹が結婚出来る年齢に達してから婿を取らなければならない。
この国では十六歳から成年とされ、婚姻が認められている。
今は母が父の代わりに爵位を継いでいる状態なのだけど仮でしかない。
考えたくはないが、病弱な母が亡くなってしまえば爵位を取り上げられ、私と幼い妹は路頭に迷ってしまう。
母は自分が死ぬ前に……と私の結婚相手を探し始めた。
しかし、借金だらけで、猫の額ほどの領地しかない我が家の婿になりたいという貴族の息子はいなかった。
結婚相手が見つからず困っていたある日のこと、是非私を婿にという縁談の話が我が家に舞い込んできた。
いったい相手は誰だろうと私は首を傾げた。
母から話を聞くと縁談の相手は貴族ではなく、貿易で富をなした商人であった。
商人の男性の年齢は五十歳。姿絵を見せてもらったけれど豚によく似たニキビ面。
情報によると結婚はしていないけれど愛人はたくさんいるということで小児性愛者ではなさそうである。
富も女もいる商人にとって足りないものは貴族の爵位のみ。
我が家の貴族としての爵位が目当てなのは明らかであった。
「ラティファ……あなたが嫌なら断ってもいいのよ?」
「お姉さまがこんな男と結婚するなんて耐えられない。わたしが代わりに結婚する!」
母が申し訳なさそうに言い、妹のサラは私の身代わりになって結婚すると言い出した。
妹の年齢は八歳。結婚は無理だ。
気持ちはありがたいけれど、私がこの貿易商の富豪と結婚すれば母に十分な病気の治療を施すことが出来る。
妹には好きな人と結婚して幸せになってほしい。
「二人とも、人を見かけで判断してはいけないと思います。私はこの縁談を喜んで受けたいと思います」
私も恋愛して結婚したいという思いはあったけれど、そもそも私には好きな相手がいない。
選択の余地はなく、私はこれも貴族の家の長女に生まれた宿命と思って受け入れた。
恋愛結婚は来世までお預けとしよう。
「ラティファ!?」
「お姉さま!?」
母と妹は思い止まるように私を説得しようとしたけれど、私は結婚の意志を曲げなかった。
私の結婚式の日取りは来年の私の誕生日――成人を迎える日に決まった。
来年は最悪な誕生日になりそうだと今から憂鬱になった。
しかし、まだあと一年ある。そう思うといくぶんか気が和らいだ。
結婚の日取りが決まってからしばらくしたある日のこと。
「結婚までにあと一年あります。ラティファは花嫁修業をしなければなりません」
「花嫁修業?」
母が私に花嫁修業をしなければならないと言い出した。
「貴族の子女は結婚前に他家の貴族の家で行儀見習いとして働きながら貴族のマナーを学ぶ必要があるのです」
「なるほど」
知らなかったけれど、この国の貴族の慣習らしい。
慣習には従わなければならない。
「それで、私の行儀見習い先はどこになるのでしょう?」
「それは……」
母が口にした行儀見習い先の貴族の家は意外な所であった。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「こうして私は王宮で行儀見習いとして侍女をすることになったのです。という訳で私はまだ死ねません」
「なるほど、お前の境遇はよく分かった」
陛下は私の話を聞いて云々と頷いた。
いつの間にかマリア様とレオ騎士団長も私の話を聞き入っている。
二人は「人事だとは思えないわ」「お嬢ちゃんも大変だなぁ」なんて感想を述べている。
あなたたちは私の身の上話の感想を述べている場合ではないでしょう。
「あはは、では……私は仕事があるので失礼します。あとは当事者どうしで話し合うなり何なりしてください」
私は作り笑顔で何もなかったかのようにその場を離れようとした。
「ちょっと待て」
「ぐえっ!?」
陛下がその場から離れようとした私の襟首を掴んだせいで喉から変な声が出た。
「何なんですか? 私は忙しいんです!」
「俺は王だぞ? お前の仕事は俺に仕えることだろう。話はまだ終わっていない」
何なんだというのだ。私の中で話は既に終わっている。
無関係な私を巻き込まないでほしい。
「私は二人の不倫について口外いたしませんので、見逃して頂けないでしょうか?」
「ふむ。まずお前は勘違いしている。この二人は不倫ではない」
「どういうことでしょうか?」
陛下は自分とマリア様とレオ騎士団長の関係を話し始めた。
三人は幼馴染で同い年。陛下とマリア様は貴族であったが、レオ騎士団長の生まれは平民であった。
マリア様とレオ騎士団長は昔から恋仲であった。
しかし十六歳になったある日のこと、マリア様がある貴族の男性と結婚することに決まった。
相手は陛下ではなく親が決めた相手だった。
レオ騎士団長は当時まだ騎士団長ではなく、ただの平民生まれの一兵卒でしかなかったためどうすることも出来なかった。
そこで陛下は……当時まだ殿下であった陛下はマリア様をその貴族から奪う形で自分の側室にしてしまった。
つまり、陛下はレオ騎士団長のためにマリア様と偽装結婚したのであった。
当時は臣下から嫁を奪う略奪愛、陛下とマリア様の純愛などと話題になったそうだ。
そして五年が経ち今に至るという。
「なるほど。マリア様は私と境遇が少し似ていますね」
違うところは私にはレオ騎士団長のような相手がいないというところだ。
残念だけれど私の場合はこのまま結婚するしか家族を養う方法がない。
「そこで提案なんだが……」
陛下は殺す代わりにと別の提案を持ち出し、私は驚いた。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
陛下の提案により私は陛下の側室にされてしまった。
マリア様とレオ騎士団長の関係を口外しないという約束を守っているか監視するためという理由からだ。
別の方法がなかったのかと思わずにはいられないが、殺されなかっただけマシだと思うこととしよう。
私の貿易商との婚約話は破棄されてしまい、母と妹は王宮に呼ばれて私と暮らしている。
母は王宮の専属医師から治療を受けて元気になり、妹はマリア様の侍女として楽しそうに働いている。
どうしてこうなった?
陛下とは肉体関係はなく、やっていることといえば秘密の花園での植物の世話の手伝いくらいだ。
実は秘密の花園とは陛下の私的な研究施設で薬草の栽培を行っていたそうだ。
陛下と私はお互いに趣味が薬草栽培で話が合った。
今では気軽に会話をする間柄だ。
一年経ち、私は十六歳になった。
マリア様は側室から解放され、レオ騎士団長と結婚した。
一応、バツイチなのだがあまり気にした様子もなく二人は幸せそうなので良しとしよう。
「陛下、マリア様とレオ騎士団長が無事結婚したことですし、私もそろそろ側室から解放してもらえませんでしょうか? 出来れば陛下の紹介で良い貴族の男性の婿を紹介してくれると助かります」
「そうか……側室は嫌か?」
「ええ、まあ。陛下もそろそろちゃんと相手を探したほうがいいですよ」
私は親しい友人として陛下に忠告をした。
「そうだな。俺もいい歳だからな。最近、家臣が世継ぎを作れとうるさいのだ」
陛下は私の話を素直に聞き入れてくれた。
そして翌月、私は側室から解放され、陛下から紹介された婿と結婚することになった。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「どうしてこうなった!?」
「お前が相手を探せと言うからだろう。あとお前は婿が欲しいと言うから望み通り婿になってやったぞ」
私の結婚相手は陛下だった。
国の名称は陛下の家名だったのだが……
私は国名を変えた王妃として歴史に名前が刻まれることとなった。
「俺との結婚は嫌だったか?」
「嫌……じゃなかったりします」
「ならいいだろう。ラティファ、俺と結婚してくれ」
「はい」
こうして私と陛下は結婚してその後、一男一女に恵まれ幸せに暮らしましたとさ。
めでたしめでたし。