1−5
「あら、帰ってきてないわよ。」
千鶴は、門の向こうに立つ周防に向かってそう言った。
「えぇ、まじかよ!学校にも来てないんだぜ、千鶴姉ちゃん。何処行ったっていうんだよ。」
周防はイライラと地面を蹴る。それに、千鶴は何かを考えるように、顔に手を添える。
「そういえば・・あの子、何か悩んでいたみたいなのよね。」
「あぁ?悩んでいたって、何を?」
スニーカーのかかとを地面に擦りながら、周防は千鶴に詰め寄った。
「ちょっと、英司君。顔近づけすぎよ。」
慌てて千鶴は、鼻がくっつきそうなほど顔を近づける周防を押し退けた。周防は「あっ、ごめん。」と、悪びれた様子もなく門に凭れかかった。
「何を悩んでいたかは知らないけど、思いつめていたのは確よ。もしかして、あの子・・・」
千鶴は思いついたように、唇に人差し指を押し付け、目を大きくする。それに、周防はゴクリと唾を飲み込み、千鶴の顔を見つめる。
「・・・もしかして?」
チャラッチャラッチャラ〜チャチャッ♪
『Ah,Woo!』
チャラッテャラッチャラ〜チャチャッ♪
『Ah、Woo!』
チェキッチャラッチェラ〜チェチャッ♪
「うぉおい!ビビッた。誰だよ、こんな時に。何だよ、この着うた!」
ハイテンションの男の低い声が、妙にリズムにのっている着うた。いや、それは自分で登録したんじゃないの?と、千鶴は心の中で突っ込む。周防は、学ランの前ボタンを乱暴に取り払い、灰色のカンガルーのような腹ポケットに手を突っ込んだ。そして、変なメロディーを振りまきながら、振動する赤の携帯を取り出すと、耳に押し付ける。
「HEY,ユー!どちら様?」
『あ、もしもし?俺だけど』
「俺って誰だよ、ナ・ノ・レ。HEY、ユー!」
『なぁ、今はランプモドキやめろよ。聞きづらい。俺だって、奥村』
「あぁーーなんだ、奥村か。」
急に、冷めたと言わんばかりに周防の声はトーンダウンした。
『何気にひどくない?それ』
「どうでもいいじゃん。で、何?」
『そっちに輝行いた?』
周防は千鶴を見て、顔横に振った。
「いねぇ。今千鶴ねぇちゃんと密会してたんだ」
また、この子は・・言葉の意味分かっているのだろうか、と千鶴はぼやきそうになる。
『へぇ。こっちにもまだ来てない・・あっ、キザ先生!』
昼休み中、生徒が行き交う学校の廊下を、奥村は歩きながら周防と電話で話していた。すると、目の前を木崎先生が通り過ぎた。
「へぇ。こっちにもまだ来てない・・あっ、キザ先生!」
「ん?」
木崎先生は顔だけ振り向いた。
『あぁ?キザ先、そこにいんのか?』
受話器から、一気にテンションが上がった周防の声が漏れる。
「おぉ、周防か?」
『キザ先、何でそこにいるんだよ?』
「何言ってんだ?学校にいて、何がおかしい。さては、外にいるんだろう?一回授業さぼるごとに、練習量増えること忘れていないか?」
『げっ、』
「図星だな」
「・・どうでもいいけど、キザ先生。止まってよ」
携帯を掲げて、早歩きで木崎先生の後を追いかけてきた奥村は、吐く息荒くそう言った。
「あぁ、悪い」
まったく、周防といい、木崎といい、どういう神経しているんだろう。両手をズボンのポケットに突っ込んで、両腕に大量の教科書を挟み、顔だけ振り向かせ、走るように歩くなんて・・どういう人間だ!しかし、木崎は「どうした?」と何もなかったように平然に言う。
奥村は、こういう人でしたと、空虚にぼやいた。
『仕方ないだろ。フジオがいねぇんだもん』
受話器の向こうで、続くように周防がぼやいた。
「藤尾がいないって?ふぅん。そうか・・じゃあ、あれは藤尾なのか」
『えっ、何?』
「キザ先生、何か知っているの?」
視線を上に向けて頷くように言った木崎先生。それに、周防と奥村は飛びついた。
「さっき、学校に電話が掛かってきてな。うちの生徒が路上で倒れているのを発見されて、十字路の商店街近くの稲田医院に運ばれたそうだ」
「え、それって行輝なの?」
『うぉおおおお!そこか!稲田のじぃちゃんの所か!待ってろよ、フジオ』
急にうめき声を上げた周防。木崎先生は「おい、待て。まだ続きがある」と、言いかけるが・・
『ありがとう、キザ先!・・ブチッ』
二人は一瞬、白くなった。周防が話を最後まで聞かない奴だとは二人も分かってはいた。しかし、あからさま過ぎて、どう反応していいのか分からなくなる。木崎先生はため息をついた。
「あいつ、絶対勘違いしているなぁ」
仕方ないと、奥村は割り切って。
「キザ先生、続きって何なの?」
「いやなぁ、その生徒が誰なのか分からないから、とりあえず様子を見に行くことを含めて、斉藤先生が生徒を引き取りに行ったんだ」
「え、斉藤先生が?」
奥村は咄嗟に、まずいなと、零す。
「あぁ、知っている。今朝、斉藤先生に言われたばかりだよ。周防に甘いんじゃないのかって。・・それで、あいつは今どこにいるんだ?」
苦笑いをしながら言った木崎先生に、奥村は苦労しているんだな、と少し同情した。
「行輝の家だけど、もういないんじゃないかな?」
「そうか・・また、揉めなければいいんだが」
二人はさり気なく顔を合わせて、ふっと言葉も交わさずに、正反対の廊下を歩いていった。
予鈴のチャイムが二人の背中に、鳴り響く。
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