6−1 ゆるぐ夜燭の如き、天下の許に!?
明雲高校の場合(参)
背後からの重痛い振動で体がよろめき、一瞬にして視界が暗くなったかと思えば、
地面へと体が倒れてゆくところで記憶が途絶えた。
どこかで周防と小沢の声が聞こえたかもしれないが、
遠くへってしまった藤尾にはもう知ったことではなかった。
藤尾のだらんと放り出された足の片方が川に浸かり、
力のない体が少しずつ川へ滑りだしていた。
意識があるのか、ないのか。
「助けてくれ」と無意識に、図々しくも誰かに助けを求めてしまったせいか。
体だけでなく、心までズルズルと引きずられ。閉まっていた、
かつて憧れていた田瀬先輩の裏切りが頭の中で蘇ってきた。
――嫌だ。思い出したくもないのに。
何度も繰り返される田瀬先輩の冷たい微笑と、手に握られた札束。
仕組まれた試合の敗北。活き合いあいとシャワー室で汗を流し、
知らない振りをしつづける先輩たち。田瀬先輩を仲間だと信じて疑っていなかったんだ。きっと最後まで、隠し続けただろうに。
先輩たちに用がなくなった途端、田瀬先輩は部活を辞めて……
あっけなく、一人の退学と十五人の停学が下された。
残されたのは、田瀬先輩のお情けで助かった一年組だけだった。
不正の汚名をそそがれ、追い詰められた剣道部には部員がどんどんいなくなった。
田瀬先輩の、見たことすべてを話せばよかった。退学になった先輩、停学になった先輩たちの濡れ衣を晴らせばよかった。そしたら、剣道部も助かったはずだった。去った部員たちが戻ってくるはずだった。だけど、それこそ裏切りのように思えてならなかった。田瀬先輩を守り通した先輩たちに対する裏切り。
何もできなかった。
どうしようもなかったんだ。
なのに、ずっと思い出す度、心がどうしようもなく重い。
万札の雨が空を舞藤尾の足が沈み、腰が沈み。肩も沈んだ。
ただ、頭だけが水面上にあったのに、誰かが刀を大きく振り。
頭をどこかへ浚っていった。頭には正義が詰まっていたのに。
何が裏切りで裏切りじゃないのかわからなくなってしまった。
仲間なんて助けるからこうなってしまったのか。
仲間を全員助けなかったからこうなってしまったのか。
頭だけが知っているはずだった。溺れている場合じゃないのに、姉さんの言う事をもっと聞いていれば頭を取り返せたのかもしれないのに。
深く後悔した。
でも、それ夢だったのか――
何の前触れもなく、目が開いた藤尾は暖かい布団でなかったが、
薄い布のような物を被っていた。服は下着しか着てはいない。
藤尾がいる場所は布で作ったテントの中のようだ。どうりで寒くないはずだ。
テントの外で焚き火がカチカチと音を出して燃えるのが見えた。
焚き火の傍にシャツやらズボンが岩の上に置かれている。
誰かが藤尾の濡れた服を、風邪をひかないように脱がしてくれたのだろう。体を起した藤尾は、後頭部に走る痛みに咄嗟に頭を抑えた。すべて夢だと思ったが、頭を殴られたのは本当のようだ。藤尾は痛みを我慢しながら、周囲の状況を飲み込もうと、まずは明雲生の姿を探そうとテントの外へと出た。
とてもいい匂いがした。
「藤尾さん所の坊ちゃん。目が覚めたのかい?」
何やら入った鍋を焚き火へと運んできた老婆が、元気な調子で藤尾にそう声をかけた。髪は白く、顔の皺は生きた年齢の分だけ刻まれているのに、鍛えているのか、腰はピンと背筋が真っ直ぐで。紫の花柄の長袖に黒い長ズボンを履いているいたってラフな格好の健康的な老婆だったが、藤尾は老婆の姿を見るなり、驚いて布を胸までたくし上げた。
「あっ!」
「十字路の商店街の蓬ばあさんだよ。婦人服を売っているよ」
鍋を重たそうに石の上に置くなり、「坊ちゃんの裸なんて見やしないよ。服そこに持っていってあげよう」と、近にあった制服を拾い、テントの中まで持って来てくれた。
藤尾は服を受け取った。
「ありがとうございます」
「坊ちゃん、頭打たれたんだってね。もう大丈夫なのかい?」と蓬ばあさん。
シャツを羽織り、藤尾は頭を撫でて「はい」と頷いた。
お喋りな蓬ばあさんに、見知らぬ男に頭を殴られて気絶したこと知られてしまった。小さい頃から、商店街の人たちとは付合いがあり、
十字路の商店街に警察一家の藤尾を知らない人はほとんどいない。
噂でも立てられたら、恥もいいところだ。
父、母、姉になんと言われるだろう。藤尾は顔が赤くなった気がした。
「嘘つくんじゃないよ。顔が真っ赤だよ!後で痛くなってもわたしゃ知らないよ」
「はい。嘘はついていないです」
「まだ痛いんだったら、氷でも持ってくるよ」
「いいえ、本当に大丈夫です!」
両手を振って藤尾が断ると、蓬ばあさんはため息をついた。
「そうかい、でも、無理だけはしないでおくれよ。
――まったく、あの人たちは子供に無茶させるよ」
「どうだい?景気づけに豚汁でも食べるかい」
「はい、いただきます」
藤尾は急いでシャツのボタンを留め、
ズボンを履いて蓬ばあさんがよそった豚汁を飲み込んだ。
「おいしいかい?」
「すごくおいしいです」
戦の前には腹ごしらえ。
食ってばっかだな。それが人間だ!?
次回、戦場が明らかに・・・・
*おーっとと、第五ー十話の番号間違っていた
失礼!!そして、最終章ゆえに、
最後まで読んでくださるように祈願!!
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