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5−10









寝ぼけた事を言う周防の耳を有無言わせず藤尾は引っ張り、
湖の方へ連れて行った。そこに喧嘩をやめた、意識のある十五人の生徒たちが集まっていたからだ。藤尾は真面目な男だ。
松明が焚き火のように地面で燃えていた。
小面の女の経緯をさっぱり知らない明雲高校生たちは、湖の水を飲みながら言った。

「これ以上、どうやって進むんだよ」

「蝋燭の次は松明か。誰が点けたんだ?」

「どうします?閣下」と、皆が大将である周防を見て答えを求めた。しかし、
聞く相手が正しかったのか、赤いティシャツを脱ぎ捨てた周防は、
首を左右に曲げ、ストレッチしながら「道がないなら、泳ごうぜ」と、そう言って、湖に入っていった。
あまりにも無鉄砲だったが、藤尾も「そうだな」と、あっさりと頷いて赤い紐のついた刀を肩に乗せて湖に入った。どこまで続いているかも分からない湖を泳ぐ――躊躇などまるでしていなかった。学校での無謀のやり取りの賜物か、二人の息はぴったり合っていた。明雲高校生は湖に半分沈んだ二人が「何してるんだ?」と言うものだから、湖へ飛び込んだ。




 五月の水はまだ冷たい。湖は少し深いのか、
進むほど地面に足がつかなくなっていた。顔を水面上に上げて、
松明を片手に半ば平泳ぎをして泳ぐ者や、米原や泳げない者が掴る刀を引っ張り泳ぐ者。そして、周防のように激しい水飛沫をあげながらクロールしている生徒が数人ほどいた。後者は迷惑以外他ならなかったが、先行するには便利かもしれない。後ろから先の状況が分かるだろう。安全といえば、安全だ。

さっそく、クロールをしている一団の動きが止まった。
手が何かに当たったのだ。泳ぐのを止めて水面から顔を上げて見ると、
そこには木船がプカプカと浮かんでいた。
 周防は無理に木船に乗りあがった。そのせいで木船が裏返りそうになったが、
周防はすぐにバランスを取り直した。

「おっと、セーフ!――おい、火。火はやくこい」と、周防に急かされた松明を持った生徒が泳ぐペースを速めた。




「なんだこれ……?中に瓢箪と縄があるぞ」




 周防は木船にあった瓢箪を拾い上げると、ほの暗い暗闇の中、
無数に潜む気配に「前だ!前!あいつらがいるぞ」と叫んだ。
相手側は今度こそは隠れていたわけではなさそうで、周防の叫びと共に、
松明が一気に点火された。こんな狭い洞窟にどう詰め込んだのか、
数十隻の木船が現れた。度肝が冷された気分だ。

 これをどうしろと言うのだろう……。

 追いついた生徒たちが、木船に乗り上げようとしていた。

「おい、そんなに乗れねぇぞ」

「英司、はやく降りろ。泳げねえ奴を乗せる」と、手を貸す奥村。
周防は「わかった」と頷いて湖に飛び込んだ。「舟を守れ!」


 数隻の船に乗った黒塗りの男たちがカンカンと打つ音を響かせ、
奥で何やらもぞもぞと始めた。息を合わせる掛け声をあげている。
何かを壊しているのか。
「何やっているんだ?」藤尾が舟の真横で言った。

 向こうで刀が無数に光っていた。何を待っている?
手前の舟に乗る黒塗りの男たちは後ろばかり気にしている。何が起きる?
 ――嫌な気分だ。



 カンッという最後の音の後、水が流れ出した。湖に浮かぶすべての木船が動き出した。黒塗りの男たちは、壁を壊したのだ。湖の水はまだ満たしていない壁の向こうへと懸命に下ろうとしている。船に乗っていない生徒まで、水の勢いに巻きこまれた。
 























 川と化したその早すぎる水流に、明雲高校生たちは溺れそうになっていた。
流される体は泳げる余裕などなく。水ばかり飲み込んでいた。だが、
そんな中でも誰かの強い力で水中に引っ張りあげられ、貧欲に酸素を求める事ができた。救ってくれたのは木船に乗っていた米原たちだった。けれど、助かったと思うのは早かった。さほど大きい舟ではない。そこにはもう十人ほどのっていて、沈みかけていた……。

 水面から一瞬、木船に乗り上げた周防が言った。

「動くな!」


 再び水面下へ沈んで見えなくなった周防を目で追う暇なく、
後ろから黒塗りの男たちの舟が近づいてきた。相手の舟には四人しか乗っていなかった。刀を手に持ち、反撃しようと構えた。こちら側はあきらなかに不利だが、
どうせ沈んで溺れるなら、せめて立ち向かおうと思ったのだ。

 すると、黒塗りの男たちの舟に水を滴らせた藤尾が半身乗り上げて、
鞘を抜いて男たちの足元を掠らせた。八本のズボンの裾が真横に切れた。
足首までは届いてはいなかったが、それは真剣だ。
 次はまちがいなく斬ると脅していた。
黒塗りの男たちは静かに手から切れない刀を手落として、両手を上にあげた。


「頼むから動くなよ」

 奥村が用心深く、溺れていた明雲生三人を黒塗りの男たちの舟に乗せ、「小沢がいない」と言った。




「うぉおおおおお。小沢ならここにいるぞ」
 


 周防は前を流れる五隻の舟を陣取り、小沢が手を振っていた。
いつ、戦ったのだろう。周防たちの乗っている舟には、黒塗の男たちが全員倒れていた。
ボクシングのポーズで周防はにんまりして、前の舟へと、舟から舟へ飛び移った。
 
 小沢は周防が拾った瓢箪に、先ほど取りに行った縄をグルグル巻きにして米原たちの乗る舟へと投げた。小沢は舟を手繰り寄せるつもりだ。藤尾は刀を鞘に納め、後ろからまだまだ来る黒塗りの男たちの舟に飛び乗った。小沢の唸り声が聞こえてくる。奥村が介護していた千葉が目を覚まし、小沢に声援を送った。 
 




 米原の舟が小沢の真横に着く頃には 舟は平地へと流されたのか、
速度はとても緩やかになっていた。だが、黒塗りの男たちの舟はまだ何隻も、明雲高校生たちの舟を取り囲んでいた。絶望的だ。
一人で立ち向かっていた周防と藤尾も、いい加減腕がだるくなっていて、
あと三十人近い人数を相手にするのは難しい。
 奥村や米原が、どうか手はないかと洞窟を探っていると舟が何かにぶつかり。波に舟が揺れた。松明を下ろし見れば、陸についているじゃないか!


「英司、輝行!陸地だ。とりあえず、水上戦は避けろ。退け」


 奥村に頷き。
陸地の方へ走りながら目の前の敵に気を取られていた隙に、
藤尾は後ろから頭を殴打され倒れた。



「フジオ!」


 陸地と川の狭間、ぐったりとした藤尾の手から刀を取った黒塗りの男は、
鞘を抜いて藤尾へ向かって振り落とそうとしていた。周防は思いっきり走りこみ、
藤尾を吹き飛ばした。振り構える黒い影が今度は周防を覆った。「閣下!」



「東の大将か。申し分ねぇな。死ね」


 周防は不利落ちてくる刀から逃げられなかった。
急に走りこんだせいで、足を怪我したようだ。思ったように動けなかった。
刀が顔に近づいてくる――間違いなく、死ぬ……。






「うわぁあああああ」







 誰彼分からない悲鳴の中、
ヒュ〜と甲高い口笛が目の前の殺意を沈黙に変え、
香水のきつい匂いと熱気が肌を撫でた。



「――おっさん。やりすぎはよくねぇよ」


 その男は滑らかな口調で尚も言った。



「監視されているの知っているだろう。バイト代無しになんぜ?」



 周防は目を見開いた。
刀が額の一センチもない宙で止まっていたことじゃない。
殺意が消えたことじゃない。
命が助かったことじゃない。

 人間味のない表情と、この目で見る憎悪に――



「田瀬永吉」





「――だるいから早く終わらせようぜ。“ようこそ、戦場へ”」









最低な先輩の登場で第五話完結

→→次回、最終話へ・・・・


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