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 南・葛岡高校の場合(弐)








 闇で煙を放つ赤い光が地面へ落ちて、そして、潰されるようにして消えていったが、匂いと煙はまだ辺りを漂っていた。咽そうなほど空気が悪い。この匂いはまちがいなく煙草だ。密室の洞窟でよく吸ったものだが。しかし、こんな所で、のんびりやっているような、今までの流れで思い当たるのは、黒塗りの男たちしかいない。
よほど暇を持て余したのだろう。
 色気ある薄い唇が低く、ある種の喜びを込めて言った。



「どうやら、随分待たせたようだな」


 葛岡の一番乗りは、小面の女をひたすら追った鳴滝だった。
いきなりの悪名高い学校の大将の登場に、男たちは少しうろたえたのか、しばらくの間、口をきかず静かに奥に立っていた。鳴滝は言った。

「小面の女はどこだ?」



 けれど、誰も返事を返さず。男たちは無言に徹していた。
上から下へ、騒がしく降りてくる葛岡高校の生徒たちを見つめているのか。
それとも、鳴滝の言葉がきこえていないのか定かではないが、どっちにしろ、
鳴滝には癪な事だった。長時間戦ったせいで疲れ、ひどく空腹だ。
優しく受け答えする気力も失った。鳴滝はズンズントと暗闇へと歩いていった。





「鳴滝さん!今、蝋燭を降ろさせるので、待ってください」





 下に降りてきた狩野がそう叫んだが。鳴滝は歩き続けた。
目が利かない悪条件は相手も同じだ。近づいてくるという気配に、
奥にいた男たちは恐怖に駆られて、鳴滝より先に襲い掛かってきた。
 ――ドスッと殴る音、蹴る音、血の吐くような音な聞こえたかと思うと、
「うわああああああ」という悲鳴が……



























「鳴滝さん、大丈夫ですか?」



 ようやく蝋燭を手に入れた狩野が走って奥を照らすと、
そこには気絶して地面に寝転ぶ黒塗りの男たちと、
まるで屍の上に立っているかのように鋭い視線を放つ、頬を手の甲で拭く鳴滝がいた。
 急ぎ足で助太刀しようとしたトドも百武も、それを見て悲鳴をあげた。




「……貴様、悪魔か!」





「一瞬だったよね」と、相槌打つ百武はしゃがみ込んで、ぼんやりと気絶した男を照らした。

「誰だか知らないけど。
僕らの学校は運動部が多いから、煙草は駄目だよね。煙草は!
鳴滝くんが怒って当然だよ」




 トドはあっけらかんとしながらも桃武に「お前は少し思い違いをしている」と言おうとしたが、突然動いた鳴滝にビクついただけだった。
 鳴滝は顔をしかめていたのだ。


 鳴滝は言った。


「……飯の匂いがする」


「えっ?」


「なんだと?」と、食べ物の話になると、トドは戸惑いなく飛び掛る勢いで話に入ってきた。上から降りてきた生徒たちも「飯だって?」と喚いた。また騒がしい。
 鳴滝は片手で「黙れ」と言って、気絶する男を足で転がし、狩野に服を漁るように指示したが、狩野は男の服からは何も見つけられなかった。男たちからする匂いではないようだ。



「ありませんね。俺も吹いてくる煙草の匂いに混じって、飯の匂いがするんですけどね。一体、その匂いがどこからしているのか……」




 葛岡高校の生徒全員が洞窟中を鼻で匂いを探し嗅ぐが、煙草の匂いのせいでよく分かったものじゃなかった。奥へ進みだしたが、少し離れると、別の匂いがしてくるだけ。
辺りはどこにも匂いの元となるものが見つからなかった。
 ラグビー部顧問の笹川から生まれた筋肉馬鹿の椎名は、ストレスのあまりに胸をしきりに叩いたが、笑う者は一人もいなかった。皆、空腹で気が狂いそうだったのだ。洞窟に十数頭の虎を放ったように、生徒たちはウロウロしていた。




 けれど、研究部でもある宇治は一番冷静に、目の見える高さで探していた生徒は違って、単純に天井を見上げていた。
 


 ――なぜ、上なのだろうか。
 それには列記とした根拠があって。宇治はしっかりと見ていた。
洞窟のずっと奥に進んだときと、気絶する男たちがいる絶壁側とでは、
洞窟を照らす明るさが大きく異なっていたのだ。洞窟の天井に何か、光沢のある金属があって、それが反射して洞窟が明るくなっていると、宇治は天井を見上げて確証を得ていた。
「……上だよ」と、存在の薄い声で宇治はポツリと教えてやると。すると、目が飛び出しそうなほどの生徒たちが宇治に従うように上を見上げて、眉間に皺を寄せ。最後に歓声をあげながら、天井にぶら下がる丸い金属を落としにかかった。

 おそらく、あれはアルミのタライだろうなと、宇治は内心思いながら、また、教えてやったはいいが、彼らを前にして食べ物はもらえるのだろうかという不安に駆られた。



 野獣な葛岡高校生たちは、持って降りた刀を上に投げはじめた。
タライを支える縄が、絶壁と同じように壁に刺さった刀に括られているので、
そう簡単に落とせるものではなかった。だが、根性というものには驚かされる。
爪が剥れるのも恐れずに、両壁に指を食い込ませてよじ登った生徒たちは、
腕力のみで縄を引っ張りとり、タライを落としたのだ。

 落ちたタライには、海苔もない少し黄ばんだおにぎりが、仕切りに詰め込まれていた。途端に、「飯だ!」と、ハイエナのごとく、葛岡高校生が群がった。仲間だというのに、殴り合いながら、おにぎりの奪い合いがはじまったのだ。理性が吹っ飛んでいた。 
 ――が、ドンッと壁が削れ落ちて、生徒たちは固くなったおにぎりを飲み込むをやめた。 壁を蹴ったのは、鳴滝だった。
 

 気が遠くなるほど腹のすいていたのは鳴滝も同じだったが、
どうしても譲れないものがあった。鳴滝は睨みながら叫んだ。





「飯を食うのは……、そこのチビが食ってからにしろ」





 先輩をチビ呼ばわりするのはどうかと思うが、鳴滝は鳴滝なりに筋を通そうとしていた。「男なら義理を通せ」。身に染みた家の教育だ。トドはたまにはまともな事を言う奴だなと、微笑み。同学年の宇治におにぎりを取るように言った。
 このとき、誰もが思った。――鳴滝は見た目だけでなく、実にいい男だと。
 狩野は拍手すると、全員が拍手し、宇治は鳴滝にひっそりと感謝した。
 僕も飯にありつけたと……














執筆中ではありがりますが、
まだ続きます。続きます。



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