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西・坂ノ浦学園高校の場合(弐)






「地面はあるようだな。さて、降りるか」と、
清々しくそう頷いたのは生徒会長、葛木だった。


「――降りるって簡単に言うけど、どうやって降りるのよ」


 距離的に飛び降りられる高さではないでしょう。と、道場が言った。鈴はただ地面があると知らせただけで、何も底が深くないとはいっていないのだ。葛木は言った。


「じゃあ、刀の柄を足場にして降りるか」


「体重かけて刀折れやしないか?」と山田。三年の松方は苦笑いしながら

「ていうか、そもそも、一般的にこの岩みたいな壁に刀って刺さるものなのか?」

 と聞いたが、「知らねぇよ」と、葛木は一喝した。仕切ろうとしたくせに、いい加減な男だ。すっかり話題の外野に徹して、座り込んで休憩していた佐野が腰をあげた。
 そして、首を擦りながら言った。



「――ん、かっちん。それに山田。手を貸して?」



「手?」と、山田も葛木もさも嫌そうに言ったが、佐野は頷いた。



「ちょっと降りて壁を見てみるから。――ね?手を貸して」




「なるほど、そういうことか」


「もしかして、今にも崖から落ちそうな友達を引張り支えるっていうポーズするんか?」


 と、興奮気味に川口は言ったが、「それって、ポーズか?」と、佐野に手を伸ばしながら山田は首を傾げた。「何でもいいんじゃねぇ?」と葛木。
 佐野は、山田の右手首と葛木の左手首を掴み、二人も佐野と同じように佐野の手首を掴んだ。がっちりと掴んで手が外れないように、するためだ。

「いい?体重かけるからから」と、佐野。山田と葛木が頷くのを見ると、佐野は背中を闇に向けながら恐ろしく慎重なペースで絶壁を降りだした。靴が壁を擦り、パラパラと砂が底へと落ちた。支えている二人ではなく、それを見ていた川口が生唾をごっくり飲んだ。


「麗、蝋燭を照らしてやれ」

 山田は佐野の体重を抑えながらそう叫ぶと、柳岡は「はぁ〜い」と、壁に掛かった蝋燭の皿を取って、体を半分絶壁に投げ出した。「落ちるなよ」と山田。
「わかってるよ〜」と、大した不満気もなくそう言った柳岡が照らした蝋燭のおかげで、佐野は壁に刺さった刀の両脇に、穴のような傷を幾つも見つけた。穴は壁に刺さった刀と同じように不自然なほど無数にあり、近くの穴をよく見ると、その穴は細長い二等辺三角形をちょうど横に倒したような形をしていた。

「佐野ちゃん、どう?」

 川口が聞いた。



「――刀の他に穴がいくつもあった。多分、降りるときに刀を刺しながら降りるんじゃない?」



「やっぱり、刺さった刀を踏み台にするのか」


「また、手の凝ったことするなぁ〜」



「ロープでひゅうっと降りた方が早いのにね〜」



「スパイ映画みたいにか?」

「そうそう〜」



「それもいいけどなぁ。俺はやっぱりスパイやったら、七つ道具を使いたかったわ」



「――おい、無駄話はいいから。もう引き上げるぞ?」


 と、柳岡と川口の会話に口を挟んでそう言った葛木。佐野を支えるために力を入れすぎて、腕が震えていた。佐野の体重は標準よりやや軽く、けして葛木だけに全体重をかけてはいないのだが、葛木にはひどく重荷だったようだ。「――ん、よろしく」と、佐野。葛木は山田に合図して、二人は「せいの」で佐野を引っ張り上げた。佐野が地面に着くなり、葛木は両手を振りながら「それじゃあ、気を取り直して降りるとするか」と、何事もなかったように言った。しかし、




「待ってくれやぁ〜腹減ったわぁ。今、何時やねん」




 川口はいざ壁を降りようという時に、そう叫んだ。
びくりと生徒たち全員は一斉に川口を見た。





「おい、余計なこと言うなよ」


 ……なるべく口には出すまいとしていたのにと、腹筋が緩んで空腹を知らせる鈍い音が所々で鳴った。腹の虫の合奏だ。


「本気で腹減ってきたじゃねぇか」


 生徒全員がよろよろと地面に崩れ座った。

「思い出したら、もう動けないよ〜」と、柳岡。
「確かに」
「飯なしとか、聞いてねぇ」


「――お前、罰として一番に降りろ」と、葛木。
「うそやん!」川口は泣き声交じりに叫んだ。「嘘じゃない。行けよ」
「そうだ、行け。川口!」
「健闘を祈ってる、川口!」


「いややぁ〜」




「「川口!」」







「降りねぇと、俺が突き落としてやるよ」




 山田が笑顔でそう言った。悪感のする、意味深な笑みでそう言ったのだ。



「……はいはい、分かったわ。降りればいいんやろ」



 と、川口は山田には勝てないと、早々に諦めて。集めて置いてあった刀を一本取ると、絶壁にそろりと足を下ろして刀の柄に足をのせると、刀を壁にある穴に差し込みながら、しまいには猿のようにすばしこく、実に器用に壁を降りていった。



「すげぇよ、川口。意外な特技があったんだな。あいつ、動物園のサルに紛れても、分かんねぇじゃね?」と、葛木が冗談を言っていると、
 もう底に着いたのか、ほんの数十秒しか絶っていないのに、
川口が「お〜い、もう着いたでぇ。――えっ、あれ?」と叫び。それにつづいて、「ぐほっ」と悲鳴をあげた。




「川口、大丈夫か?」



「きっと暗闇で躓いたんだろ。あいつ馬鹿だな」


 川口がふざけていると思った葛木は「次降りろよ」と、柳岡に言った。「うん〜。悠ちゃん、降りるの手伝って〜」


「――あ、佐野ちゃん!」


 黙々と下を見下ろしていた佐野は何かを感じ取ったのか、急いで刀を引っ掴んで壁を降りていった。「どうしたんだ?」と、佐野の行動に、そこではじめて葛木は不審に思いはじめた。山田は首を横に振り、下で何が起こっているのかを見ようと体を地面にすれすれまで屈ませた。


「佐野ちゃん?」

















 真っ黒な底まで降りた佐野は、降りるために持っていた刀を片手に持ちながら、川口を手探りに探しはじめた。こんなに暗くては、そう遠くまでいけるはずなのに、絶壁周辺には川口の気配などまるでなかった。
 ここにいないとすれば、奥になるが……


「佐野ちゃん?」と、誰かが上で呼んだ。


「――誰でもいいから、降りるときに蝋燭も一緒に持ってきてね。暗くて何にも見えない」


 佐野は叫んだ。すると、上では何やらザワザワ話をしはじめた。
恐らく、誰が火のついた蝋燭を、絶壁を降りながら持って降りるか、相談しているのだろう。こんな時こそ「譲り合い」「助け合い」をすればいいのにと、一番団結力のない佐野がそう思ったのだから、坂ノ浦学園高校のチームワークは破滅的だ。

 なんとなく白けてきた佐野は上を見上げて、蝋燭の光が何時やって来るのかを待っていた。そしたら、独特の匂いが佐野の鼻を掠めた。 
 佐野は洞窟の奥を振り返った。
 顔に少し風が当たった。奥から風と一緒に煙が吹いて来ている。
 ――この先に出口でもあるのか?




 いや、それよりも……




 気がつくと、さっきからそこにあったのか、闇に、朧な赤い光がポツポツ浮かんでいて。その赤い光の浮かぶちょうど真下から、虫の息の、誰かの声が漏れていた。









「――山田、蝋燭は後でいい。今すぐ降りろ」








 普段はのほほんとした言葉遣いの佐野が、荒い言葉でそう言った。
















……次回につづく。
これからのご時世、暗闇にはご用心を。




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