*木崎先生からの猛注意*
これより非常に安全な軽度から気まぐれな重度の暴力表現あり。苦手意識のある人は、目を瞑って読みましょう
5−5
北・門倉学園高校の場合(壱)
身体のあちこちにかすり傷や擦り傷、赤紫の打撲が増えていく中、
気を失った者たちを振り返る偽善も、「手加減する」という戸惑いも忘れた。
限がなく押し寄せる黒塗りの男達をいちいち接待しているせいだ。
首元引っつかんで取っ組み合いをしている間なんて、あっという間で。
一人の頭をポカンと叩いたら、待っていましたといわんばかりに次の相手がやってくる。そのためか、おまけに時間の感覚も失った。
ラテンダンスのように激しく踊り燃える蝋燭と、刀を避けて傾きまわる体が視野を暈し、黒塗りの男の光る目ばかりを追いかけた。それはまるで自分が相手と同じ獰猛な野獣と化したようだった。獲物以外、眼中にない獣だ。黒塗りの男たちが獲物か、自分たちが獲物か。気絶させた方が思い知るだろう。冷えはずの汗が、じわりと吹き返した。
こんな気持ちは、日本の平和なアスファルトの上では感じたことがない。洞窟の、生の土に足が滑り、まだ殴りあっている戦いをより現実的だと思わせた。しかし、切れない刀は飾りだろうに、黒塗りの男達はけして素手で殴ってはこなかった。単にゲームの粗筋に沿っているだけの律儀さか、それとも、そこに意味があるのか――
門倉学園高校の二年で生徒会長でもある東は、木箱にひっそりと忍ばせた私物のフェンシングの剣で、黒塗りの男の姿をなぞるように隙なく仕切りに突いていた。計算されたように、一度も剣先が当たっていないというのに、直立に立ったまま動けないでいる黒塗りの男は焦った悲鳴をあげた。フェンシングの剣先は平らだが、その突く速さは、蝋燭しかない洞窟ではまともに見ることができず、鋭利な針で体を突かれているような錯覚に陥ってしまうのだ。正気ではいられなかった。それなのに、東は突く速さをさらに加速させた。疲労という言葉よりも、東の胸には別の深い物で埋め尽くされていたのだ。東は叫んだ。
「――あぁ、京佳。
僕はこの戦いを君のために捧げてみせる!僕が京佳に求婚したのは、門倉学園の生徒だけでなく、対戦相手ではるが、明雲高校の剣道部主将藤尾くんも証言してくれるだろう。彼は尊敬すべき剣士であり、同士だ」
ひらりと身を捻らせ一回転した東は、居た堪れない思いをしていた黒塗りの男に「まだやるかい?」と、剣先を向けて上から言った。すると、ひぃっとシャックリ声をあげた黒塗りの男は腰が抜けたように地面に座り込み、そのまま力なく気絶した振りをした。あっけなく降参だと言っているのだ。東は勝利の微笑みを浮かべ、フェンシングの剣を顔の前で垂直に立てたかと思うと、うっとりと剣に口付けた。中世の騎士気取りなのだ。
「フィリップ、どこに向かって叫んでいるんだ?」
疲れ果てた美化委員長の並木は、向かってきた黒塗りの男の顔面を片手に止めながら言った。
「きっと、こんなゲームがなくとも、僕の気持ちは京佳には届いているはずだ。
僕は、そう信じたい」と、
並木の話も聞かずに酔いしれた東は、次に後ろからやってきた新しい黒塗りの男に脇腹に刀を向けられた時には軽やかに身をかわして、連打するように剣を振るった。そこそこフェンシングに腕のある東は、殴り合わず、弱い相手に恐怖を与えて勝ち進むという自意識過剰な、個性的なやり方をとっていた。心は紳士なのだ。そして、ここには――並木の高い背に隠れた小柄な少年が、きっちりと鞘に収められた刀を腕に抱え、不機嫌顔を出して言った。刀の柄についた、青い紐に括られた鈴が二度鳴った。
「並木くん、僕は喧嘩ができません」
「生徒会の仕事の一環だと、会長の指示通り、僕はゲームに参加しましたが、暴力なんて下品なことはできません。なので、少しでも並木くんが僕を同じ生徒会の仲間だと思ってくれているのなら、僕をしっかりと守ってください。君を信頼しています」
と、まるで戦うこともなく、自己主張している会計委員長の御手洗がいた。あくまでも、自分より長身の並木に頼りっきりになるつもりだ。
「あぁ。安心してくれ。しっかりと守るつもりだから」と、並木は親切心で言ったが、他の門倉学園高校生たちは黒塗りの男と戦いながら、――出たよ。御手洗の几帳面さと潔癖症!と、恐ろしくて声には出せないが、内心ひどく毒づいていた。生徒会の暗黙の了解は、実は学校全体での暗黙の了解だったのだ。よくあることだ。人の内心など覗けやしない、純粋で傷つきやすい御手洗は「君のような仲間を持てて、よかったよ」と笑った。
黒髪の御手洗は、時々、誰よりも悪質だった。
そのうち、戦いながらメートル単位で進むほど、洞窟の奥からやってくる黒塗りの男たちの数は一人二人と減りだし、洞窟は男達が減ったせいで少し広々としているのに気がついた。横に四人並んでも十分歩けるほどの穴だ。上がる息を吐いて、汗が零れ入ってきそうな目を擦ると、周りがよくよく見えてくる。洞窟はいつの間にか、大きく曲がっているとはいえないが、ほんの少し右側に傾いていた。今どの地点にいるのだろうかと、ふと思うが、それを教えてくれる者は此処にはいなさそうだ。東はフェンシング用の剣を脇に置いて叫んだ。
「なんて弱いんだ!僕の足元、いや、靴の底にも及ばないね」
「フィリップが強すぎるんだ」と、並木。東はさも「当然だよ」という風に美顔の頬に撫でた。すると、
「――あ、八王子くんが戻ってきた」
と、頭から被った黒い木箱を少し上げて、二年のテニス部員である吉柳は言った。
洞窟の中にまっ先に入って、小面の女を追いかけた芸術学科二年の八王子は洞窟の壁に刺さった皿付の蝋燭を持って引き戻してきたのだ。そして、悪態をつきながら、地面にスッと座り。その後から、国際特進科3年のフランセルも戻ってきた。
「ちっ。あの可笑しな女、見失った」
「あの女って、君、麗しいレディーに失礼だろう」フランセルは軽蔑するように言った。
「『あの女』以外に、どう呼べばいい? 小面なんて小細工して。どうぜ、十字路の町にいる女だろう」
「それを言ったら、元も子もない!」
「二人だけに追跡を任せて申し訳なかった。怪我はなかったか?」
並木はまたフランセルと八王子が喧嘩しては堪らないと、割入るようにそう言った。
「気にするなよ。俺はただあの女に見覚えがあったから、追っただけだから。
フランセルは怪我したようだが、俺の方は平気だし」
「少し、擦りむいただけだ!これが怪我に見えるか?」と、フランセルは沸騰したように叫んだ。
「この先はどうなっているんだい?」と、
二人の仲など気にせず、柔らかくそう聞いた東。八王子は言った。
「行き止まりか、それとも、まだ続いているのか……」
「それはどういう意味だい?」
「口ではうまく説明できない。もう少し歩けば、そこに着くから。自分の目で見てくれ。あと、刀あっただろう。十本ぐらい持っているか?」
並木は振り返って、
「今、刀持っている奴は手をあげてくれ」と言うと、手をよろよろあげた門倉生はたった三人。「まったく足りないね」と、東は肩をすくめた。
「ちょうどいい、残った人数も数えよう。
刀は襲ってきた変態たちのを持っていけば、足りるだろう?」三
年ジャーナル部の部長、丸池はそう言うと、同じく三年のフェンシング部長三成は
「そうだな」と頷き、「しかし、役立たずの刀なんか、何に使う?」と言った。
それに、「着いたら話す」と、何か考えがあるのだろう、八王子。
「会長、残った数は二十二名です」と、誰よりも早く言った御手洗は、八王子の方を見て
「――君が絵ではない他の事柄に関して、率先してやろうとするなんて意外ですね」と口元だけ微笑んだ。
「ゲームに勝った方が、紫垣さんと付き合うとか?」
と、丸池は冗談を言っただけなのに、フランセルはキッと八王子を睨み付けた。だが、八王子は「俺は今目立っているのか?」と逆に聞いた。
それに、「いい意味でね」と、丸池ではなく、御手洗はそう答えた。御手洗は八王子にも信頼という魔の手を伸ばしはじめていたのは、怖い話のはじまりだ。
「――八人もやられたのか。彼らは大丈夫だろうか」並木は言った。
「引き戻す気か?」と、人が倒れているのを見ても、
さっきのことを思えば、どうも助ける気にもならなかったのか、全員が首を横に振った。
「洞窟を閉めた人間がいるんだ。誰かが助けるさ。行こうか」と、丸池。
「そうだな、気を引き締めていこう!」と、全員の気持ちは一致したのだろう、合点して、前に歩き始めた。けれど、心優しい並木は気遣うように、倒れた人たちに悪いと会釈するように軽く頭を下げて、それから歩きはじめた。
黒塗りの男たちがいない洞窟はとても静かで、自分たちの歩く音ばかりが洞窟の中で反響していた。壁の蝋燭はどこまでいっても火が灯り続いているが、肝心の蝋の方は小指よりもずっと小さくなっていた。一時間もすれば、すべて消えてしまうのだろう。引き戻す選択肢は随分前に手放したが、これではゆっくり進むとという選択肢もない。先にある蝋燭も消えてしまうかもしれないからだ。老人の忠告を思い出した。
「気をつけろ。この先には地面がない」
壁に掛かった蝋燭の終わり目目まで来たとき、八王子は叫んだ。
「地面がない?」
八王子は「見ろ」と、蝋燭の皿を地面に向けた。洞窟の入り口から続いていた土の地面がすぐ目の先では存在せず、そこだけ切り取られたように真っ黒だった。
「――あ、本当だ。地面がここからなくなっている」と吉柳。「それじゃあ行き止まりか?」三成がそう言うと、八王子はしゃがみ込んで、なくなった地面の方へと蝋燭の皿をまっすぐに下ろした。
「変な連中に壁に頭を押し付けられたから、よく見えなかったが、
確か、あの女、この下へ降りて行った気がして。
さっき蝋燭の灯りでこの下を見てみたら――」
オレンジ色の蝋燭を照らした先に九十度の絶壁から何やら棒状の物が突き出ているのが見えた。「何だ、あれは?」全員が首を傾げた。
「刀の柄だ」と八王子。「下の方へ、刀が壁に刺さっている」
「まさか、これを降りていくのか?」
「底がないかもしれないぞ」
「これを使いましょう」
御手洗は抱えた刀の柄についた紐を解いて、そこに結ばれていた鈴を手のひらに乗せて言った。
「それを落とすのか?」
「そうです。鈴を落として高さを測るんです。古典的な方法ですが、確実でしょう」
「だが、刀に鈴なんか付いていたか?」とフランセル。
「これは会長の木箱に入っていた刀で。
会長の刀だけにこの鈴が付いていたので、何か特別なんじゃないかと思いまして、持ってきたのです」と御手洗言った。そしたら、「ちょっと貸してくれ」と、手を伸ばしたのは八王子。
「どうぞ、重いので両手で受け取ってください」
「重い?」
三成はその言葉に反応した。
「こっちの刀は重くないぞ?」と、丸池。御手洗は頷いた。
「それはそうでしょう、会長の刀だけ真剣です」
「真剣?」
「御手洗くん、君の冗談はユニークはだけど、それを聞いている状況では……」
と薄ら笑った東に、御手洗は真面目な顔で言った。
「違います。冗談ではなくて、これは――、
あなた方が望んでいる、正真正銘の切れる剣ですよ。
ここに来るまでに僕は、並木くんの背に隠れているだけだと思っているようですが、僕はこの刀の鞘を抜いて指先を掠ってみたのです。そしたら、この通りの傷が!」
御手洗はまだ切れて間もない、血の滲む指先を見せて言った。
生徒たちははじめ疑うような目を御手洗に向けたが、刀の鞘を抜いた八王子が壁にある蝋燭を切ってみせたので、一同は唖然として、一気に御手洗の言うことを信用した。斜めに切られた蝋燭は、腕の悪さのせいか、若干湾曲しているようにも見えるが、切れ味はとてつもなくいいと訴えている。 御手洗の持っていた刀は、間違いなく切れて、間違いなく真剣だ。
御手洗は証明してくれた八王子にお礼のかわりに頷いて、
「まだその使い道は分かりませんが、この鈴は僕たちの役に立ってくれそうです」と、
「鈴を落としますよ。誰も話をしないでくださいね」
注意を促してから、そっと鈴を落とした。
カランと鈴の可愛げのある音色を零しながら、壁にぶつかりながらも落下してゆく。
数十秒後、少し遠くだが、そこほど遠くない所に底はあるようで、地面で最後の音を鳴らし終えると、鈴は役目を果たしたように静止した。
道はこの下だ。
累計アクセス1万越え、サンキューソウマッチ♪
バトルBゲームの後の新作は、
ファンタジーかモダンストーリー
アウトロー小説も捨てがたいが、
やっぱりここはファンタジーか!?
次回は、「下へ」
*誤字訂正報告
「会長、残った数は二十二名です」
二十五名は誤りです。申し訳ありません
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