5−3
西・坂ノ浦学園高校の場合(壱)
同時刻、西方の山では、木の鳥居をくぐった後、
更に三十分階段を登ってようやく頂上に着いた、
一団の最後尾にいた坂ノ浦学園高校二年の川口は口を開けて、目までも見開いていた。
それは、要するに驚いていたのだが。
「やりすぎだろう」と、相方と称される同学年の山田が、
川口の頭をクイズ番組のボタン宜しくペコンと叩いた。すると、
途端に、川口の首が肩へと沈んだ。気持ちはボタンを叩くように軽やかに――だが、
実際はかなりの力で叩いたようだ。
つっこみには加減というものが必要なのだが、山田はイマイチこつが分かっていないようだった。けれど、川口はへこたれずに首を元にもどして言った。
「こ、こんなことってあるかぁ?」
山田に叩かれた痛みよりも、ずっと関心を引かれるもの。
老朽化して所々痛んでいるとはいえ存分に存在を主張する、
立派な、瓦屋根から柱まですべて黒一色の寺を見て、川口は
「鳥居あるから神社やと思ってたのに……」と、つぶやいた。
寺に鳥居?
――そうだ、確かにおかしい。
鳥居は神聖な神社にあるものだ。寺にあるなんて、「神仏習合」という、
複雑きわまりない、神紙信仰と仏教の合体なんてものを知らない現代子には、
よく理解のできない現状だ。
しかし、
「じゃあ、さっきのあれは鳥居じゃなかったんだろう」
と、あっさりと鳥居の存在すら消してしまった、山田。
川口は一瞬固まってから頷いた。
「……そうか。あれは鳥居じゃないんや。
けど、この寺に仏様もおらへんやん」
黒い本堂の開け放たれた扉の向こう、
一般の参拝拝の場である外陣には畳もなく、内陣にはいるべきはずの仏像の姿も
なかった。ただ、そこは何の区別もなく、長くそこありすぎたせいか、
くすんでしまった木床が一面広がり。 そのずっと奥から光が数本の線のように差し込んでいた。明るい表からではよく見えたものではないが、閉じられているようだ。
きっと扉だろう。もうひとつの出口か、それとも本堂より先へとまだ何かがあるというのか。
この本堂は、まるで客を煩わす囮のようだ。
先に辿り着いた坂ノ浦学園高校の一団がいるというのに――
いや、人がそこにいるいない関係なく、まるで入ってこいともいわんばかりの佇まいに、川口は足が竦みそうだった。ここは一体何の為に建てられたのか。仏像を祭るためにつくられたわけではなさそうだ。寺だと思うより、寺の顔をした剣道場。
まさしく、それがふさわしい。しかし、なぜ、そんなものがどうしてここに?
ゲームとは何か、扉の向こうには何があるのか。
そこはゲームの舞台か。何も分からない。
分からない。
分からないから、余計に怖い……
「お出かけ中なんじゃねぇ?入るぞ」
と、何を気にするでもなくそう言った山田。
「なんや?仏像がお出かけ中とか、滅茶苦茶やな」
と、川口は屁たれだと思われないよう、弱音を心中に隠してそう言った。
意地を張れるうちは、まだ、大丈夫だ。
「え〜、こんな暗くて怖い所に入るの?」
本堂へと入る二人を見るなり、数千段の階段地獄をようやく登りきった
二年の柳岡は悲鳴をあげた。息はひどくあがっていて、汗もながしている。
唯一、シャワーを浴びたくても、こんな山ではそれは叶うこともない。
柳岡はもう何もかもうんざりしていたのだ。
山田は半ば呆れながらも、柳岡の気持ちを察して、川口には決して使わない優しい口調で言った。
「お疲れ。入んないの?」
「入らないとダメ?」
「そりゃね。入んないと、始まらないでしょ」
「あぁ〜ん、ゲームになんか参加するんじゃなかった」
「お前、ここまで来てそんな事よく言えるなぁ」
と、川口は自分の事は棚にあげて、柳岡の腕を乱暴に掴んで本堂に無理やり連れて行こうとした。
「満ちゃん、いたいよ〜」と、泣き声で叫んだ柳岡。
山田は苦笑いして、けれども、あえて助けはせずに、成り行きを見守り。
登ってきたメンバーに目を流し、
「そういえば、佐野ちゃんは?」
と聞き覚えのある台詞を言った。
「――えっ、佐野ちゃん?」
「そこで何モタモタしてんだよ?オレ、すごく暇!早く入れよ」
川口たち同じく二年の、しかも、生徒会長である葛木は入り口で騒いでいた三人に偉そうに文句を言った。
「かっちん、ごめん。佐野ちゃんが先に入ってる?」
「いや、見てない。そっちにいるんじゃないの?」
「いや、いない」
山田の即答に、葛木は眉間に皺をよせて「マジかよ」と、
もう一度本堂の中を振りかえった。
中ではやる気のない坂ノ浦学園高校のゲーム参加者たちが、
学校にいるときと同じようなことをしていた。つまりは、飴やガムを噛みながら携帯をいじくり、小声でぼそぼそと会話をしていた。その中には金髪の生徒はいないようだ。
葛木は山田たちの方を向いて、首を横に振っ た。
「――まさか、来てないとか?」
「いやぁ、違うやろぉ。俺、車の中で見たで。佐野ちゃん、爆酔してた」と、川口。
「それは、お前だろ」
山田は、寝ぼけて女子と間違えて抱きついてきたくせにと、うっとおしくつっこんだ。
川口は薄ら笑い、それから殺菌だと言わんばかりに腕を掴んだままの柳岡に抱きつき、
セクハラをきめこんだ。すぐさま、山田が川口の腹にパンチを入れたのはいうまでもない。
とにかく、話の流れでは誰も佐野の姿をみていないようだった。
セクハラから開放された柳岡は、いつも通りにボケッとして言った。
「じゃあ、壮ちゃんはいないの?」
「大将不在とか、マジでありえねぇじゃん!ゲーム、どうすんの?」と、
半ば怒った葛木。
川口は「まぁ、まぁ」と軽く受け流して、
「案外、呼んだらひょっこり出てきたりして」と笑いながら言った。
またしょうもないことを言うと、突っ込もうと腕をあげた山田は、考え直して
下ろす手の代わりに、「そんなので出てくるのかよ」と言った。
川口は咄嗟に頭を抱え、構えた防御をゆっくりと解いて言う。
「分からん。けど、ま、呼んでみよう。
――佐野ちゃん!」
「壮ちゃん!」と、柳岡も同じく佐野を呼んだ。
誰も姿を見ていない、恐らくはここにいるはずもないだろう人間が、
そんな掛け声で出てくるわけがない。と、思っていた山田も葛木も、その時ばかりは、佐野の姿を必死で探した。
本当にいなかったら、血祭りものだ。バッシングだけでは、まずすまされないだろう。
「佐野ちゃん!」とまた、川口が呼んだ。
――そしたら、「何?」と遅れて、背後から朦朧とした声が聞こえ、その場にいた全員が登ってきた石段の方を向いた。
「――お、いた」
「佐野ちゃん、大将が一番最後ってどうなの?
わざわざ大将の座を譲ったのに、オレが馬鹿みてぇじゃん」
葛木は、佐野を見るなり不満を一気に捲し上げた。けれど、
佐野には葛木の言葉は、自身の狂ったように激しい呼吸音で、
あまり聞き取れてはいなかった。汗で金髪が顔にヘバリつき、シャツは体にヘバリていた。
「お前たち……、生き物じゃあねぇ……」
佐野はやっとの思いでそう言ったが、
ひどく呼吸困難になっているのようで、本堂の中から四人を通り越して静かにやってきた女子、同学年の道場が「これ吸いな」と、酸素マスクを佐野の口に押し付けた。
まるで聖母マリア様のように優しい道場。
「酸素マスクなんか用意してたんか?」と聞く川口に、
「乗本教頭に持たされた。
こういう奴が、一人は出てくるだろうって」と答えた。
「やっぱり、乗本教頭は優しいなぁ。前も一分説教だけやったし」
前とは、一ヶ月前に坂ノ浦学園高校の教師、蒲原を自転車で轢いた件だ。
死んだ目をした教頭は、実は寛大で優しかったのだ。
佐野は濃度の高い酸素を吸い込みながら、「サンキュウ……」と、道場に礼を言う。けれど、道場は涼しい顔で頷くだけだった。彼女はとてもクールらしい。
「これで全員そろったか?」
道場が佐野を中へ押入れるのを見た後、本堂にいる坂ノ浦学園高校の生徒たちに
そう呼びかけ、仕切りだしたのは、生徒会長葛木。
教師が同行しているのにも関わらず、体育館での朝礼時と同じように、人前に立ち、
列になって並ぶよう指示して全体に目配らせした。
生徒全員の注目は葛木に向けられていた。気持ちのいい瞬間だ。
葛木がゲーム参加者三十名を、間違いなく数えていると、
生徒のうち一人が手をあげて言った。
「かっちん会長、ここで何すんの?」
ずっと背負って階段を登り運んだ黒い箱を叩いて、開けていいの?とも聞いた。
葛木が何もかも知っていて、指示を出していると、その場にいる全員はそう思っていたのだ。全員が耳を澄ませた。
――けれど、それは間違いで。この葛木もまた何が始まるのかも知らなかった。知るはずがなかった。葛木は口を開こうとした。知らないとはっきり言うつもりだったのだろう。しかし、それとは逆に、本堂の扉が大げさに閉じられ、本堂は差し込む光だけ希望のように残り、あっという間に真っ暗になった。
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