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5−2







東・明雲高校の場合(壱)







「……はぁ、熱ちぃ。
まだかよ、キザ先!
この一時間ずっと階段登りっぱなしなんだけど、まだてっぺんも見えねぇじゃん」





「てか、これ何運ばせてんの?」


 やたらと重い黒の木箱を背負い、汗を赤いTシャツの袖で拭きながら
明雲高校二年の周防は、数段下の、同じく明雲高校体育科教論、
木崎先生を見下ろしてタラタラと文句を言いはじめた。

もう一時間も階段を登っているが、石段はまだまだ上と続いていて。
それでもまだ、高さからして、よくて山の中腹までしかきていない。
この分じゃあ、見えていない所も含め、あと千段以上は登らなければならないだろう。
目の眩むような後景だ。周防が文句を言うのは、計算の内だったのだろう木崎先生は、「気にするな。もうじき着く」と適当な事を言い返して、周防を追い越した。


 それに、周防は待ってくれよといわんばかりにさっと階段を駆け乗り、
木崎先生の前に立って、階段のずっと下を指差して言った。


「俺はまだいいよ、こういう練習たまにしているから。
けど、あいつらを見てくれよ。ヘバリすぎてあそこで死んでる」




「死んでいる?」



木崎先生は首を傾げて振り返ると、周防の言ったとおり、
明雲生達がダラダラと石段を登り、その一部といったら半ば疲れて座り込んでいた。
疲労困憊だ。木崎先生は溜息をついて言った。


「俺より若いのに……仕方ないな、五分休憩するか」



 周防は「さすが、キザ先!」と、すかさず、その吉報を同士に叫んで告げた。





「うぉおおおい!フジオ、順一、コザワン――
と、その他大勢!五分休憩だってさ!」





 階段の下方で、「あ〜、やった」という喜びの声が聞こえた。
スタミナのある周防や木崎とは違って、相当きつかったのだろう。喜びの声が悲鳴のようだ。心中察しする。
――と、その内一人、周防の叫び声に反論する者が出た。


「おい、待てよ!俺も『その他』に入ってんの?」 


 休みにわざわざ手伝に来てやっているのに、と
ぼやくのは明雲高校三年の荒俣だった。周防と同級生であり、友人の奥村は
同情するかのように、荒俣の腕に手を置くが―― 

「それより、水持っていません?」

と、まるで別の話をした。奥村は荒俣に対してゴマをするつもりは毛頭ないようだ。
荒俣はムカッとしながらも後輩に優しく、「全部飲むなよ」と、
コーラのペットボトルを奥村の腹に思いっきり押しつけた。
もっとも、これが別の先輩だったら、腹ではなく頭に振り落とされていただろう。
荒俣はわりと後輩を思いやる性質なのだ。
 だが、それを奥村が知ることは永遠にないだろうが……







「輝くん、俺を置いて先に行ってくれ」



 荒俣の小さな悲劇などなんのその、石段にへたれ込んで、
ぶるぶると震える手を伸ばす明雲高校二年、小沢。


「何言ってるんだ、小沢!お前を置いていけないだろう」



 と、同級生、藤尾はその手をぎゅっと握った。
階段程度でやけに芝居がかっている二人。


「――お前たち、何をやっているんだ?」


 すぐ隣で腰掛けていた社会科教論、斉藤先生は二人にとにかく水分を補給しろと水筒のコップを手渡した。
 しかし、五分というのは早いものだ。水分をよく取って、
小沢が息を整えて、階段を固い椅子だと思って休息する前に、
先頭を行く周防と木崎先生は階段を登りはじめている。
風に揺れる爽やかな木々の中、眩しい太陽のもとへ進む二人は、
明雲生にとっては化け物のようだった。

けれど、叫んだって、二人には聞こえはしないだろう。どうせ付いてくしかない。そうするしかない。進む先は二人と同じだ。どんよりと重たい体を起こして、一行はまだ登っていない新しい石段に片足を乗せた。





























 それから十五分程、石段を登った頃だろうか。
先頭を行っていたはず周防が立ち止まっている姿が見えた。
木崎先生が言ったとおり、もう目的の場所へ辿り着いたのだろうか。だが、それにしては、周防の様子がおかしかった。荒俣は周防に向かって声をかけた。




「周防、どうかしたか?」



 周防は、ゆっくりと振り向いて言った。



「――俺、こんなものはじめて見た」




「えっ?」



 荒俣は眉を潜め奥村の方を咄嗟に見たが、
奥村はすっと階段を登って行ってしまった。奥村は周防がいう、「こんなもの」に
興味があるようだ。荒俣は肩をすくめ、奥村を追った。
 そして、周防の隣にまで登ってきた奥村は、周防が見ているものを、その目で見て呟いた。



「木が……。まるで鳥居みたいだな」


 一体、どれぐらいの歳月を経てこうなったのだろう。
両脇に生えた数本の木が、石段がそれ以上続かないように、石段の侵入を拒むように太い根っこごと溶け合うように成長し、人が簡単に通れるほどの大きな隙間は、自然のアーチのようで。奥村はその場の雰囲気からして、神社にある鳥居のようだといったのだ。


「へぇ、そう言われてみればそうだな」 と、追いつくなりそう言った荒俣。


「先輩、初めてじゃないんでしょう。これ何ですか?」
と奥村は言った。だが、荒俣は

「さぁね、ただの木だろ」と首を横に振り、「――そういえば、去年、田瀬がこの木に何か彫っていたな。どこだっけ?」と、木に触って探しだした。



「あの田瀬先輩が?」と奥村。

 呆然と木の鳥居を見ていた周防は、田瀬の名前を聞くなり、見ていた木を蹴りつけて、







「そんな奴の話はどうでもいい。早く行こうぜ、順一」






  と、木が作る鳥居を通って行った。



「おい。待てよ、英司!」







「――あいつ、何で怒ってんの?」
 
 荒俣は周防が怒ったわけもわからず、不思議そうに頭を傾げた。





 ――田瀬永吉。

 荒俣と同学年の、元剣道部だった田瀬は、
去年一昨年と、明雲高校剣道部に繁栄期を迎えさせた、
剣道の実力もカリスマ性を備えた明雲生だった。けれども、そんな華やかさは、外見だけで。田瀬の性格の悪さは度を越していて、後輩にいわせれば、逝ってる。または最低最悪の男だった。






 田瀬の悪名にイラつくこともない荒俣を見て、
奥村はうんざりした顔をして、



「さぁ……」


 と、木の鳥居をくぐった。








・・・次回マデ、御待チクダサイ・・・




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