4−10
佐野に少し遅れてビルから降りてきた山田は、
ビルの左隣にあるファーストフード店前で数人の客に紛れて川口と柳岡、佐野が
遠くの方を見て、ひそひそと何やら話しているのが目にした。
「何を見ているんだ?」
山田は川口の肩を掴んで聞いた。
「――あ、山田。降りてくるん遅いで!十分以上待ってんから」
「悪い、ちょっと考えごとをしていた。――それより、喧嘩でもあったのか?」
オフィスビルとシャッターの閉じた中華料理店の間で、
やたらと背の高い長身の若い男と綺麗に髪をすべて剃った高校生ぐらいの学生が言い争い、その隣では宥めるように警察官が二人立っている。そして、少し離れた所で鞄を不安そうに抱えて俯く門倉学園中等部の制服を着る少年がいた。
柳岡は言った。
「喧嘩じゃないよ〜。わたし見てたんだけど、あの子たち何も悪くないよ?」
「話の筋さえ見えねぇんだけど?」
山田が苦笑いすると、今度は佐野が言った。
「麗が言うには、かつあげにあっていた中学生をあの禿たジャージの奴が助けたんだけど、途中で警官が来て、話がややこしくなっているらしい」
「勇気あるよなぁ〜。見てみろやぁ、あの長身のおっさん。
身長2mぐらいあるんとちゃう?おれやったら、見てみぬ振りして通り過ぎてまうわぁ」
腕を組みながら関心する川口に、「確かに」と山田は相槌を打った。度胸がない所など、川口と山田はなんだかんだいっても、似たもの同士だった。
「あぁ?お前、今こいつに妙な因縁つけて、金とろうとしたただろう?」
禿た学生は、片手にぶらさげたスポーツ用品店のビニール袋を揺らし、
自分よりも背が高く、がたいの良い男の腕を掴み凄んだ。
男は「してねぇよ、離せよ!コラァ」と、声を荒げながらも、どう見ても禿た学生に迫力負けていた。
もっとも、学生のいかつさは妙に綺麗な眉を見ればよく分かるのだが――
「君達やめなさい」
警察官は平和な町に迷惑な奴らがいたもんだ、と思いながらも、公務だからこそ、二人を落ち着かせようと必死だった。
「――ね、あの赤いジャージって明雲高校のものじゃない?」
見覚えあると思ったら、と佐野は腰に手を当てて言った。
「あぁ〜、よく見たら、そうやなぁ。あんな感じのジャージやった気がする」
「部活の買出しの帰りってところかな」
山田は、そう言って佐野が少しふら付いたのに気がつき、
腕を掴んで「ファーストフード店に入るか?」と、川口たちには分からないように、そっと目で訴えるが、佐野はにこやかに「大丈夫」だと言って、掴んだ手を払った。
それに、山田は「分かった」と頷づく事しかできずに、ため息を漏らした。
「――あっ、あの子、周防って子じゃない〜?
ほら、陸上で県一番になったとか、去年騒いでいたよね」
柳岡は急に思い出したように言った。けれど、川口は何の事だかさっぱりのようで、「え、そうやっけ?」と頭を掻いた。
「絶対そうだよ〜。いかつくて禿ているって、かっちゃんが言っていたよ」
「う〜ん。かっちんがいうことは信用できへんわぁ。
こないださ、小さい頃にこんな巨大クラゲに出会ったとか……うぉっ!」
「おい、どこみてんだよ。気をつけろ!」
喧嘩などさて置き、両手で巨大クラゲのジェスチャーをしていた川口の腕が、
話が済んだのか、周防や警察官から逃げるようにこっちにやってきた長身の男にぶつかり、男は八つ当たりするかのように川口を怒鳴りつけて、さっき山田と佐野がいた賭場のあるビルの中に入っていた。
「ひゃあ。やっぱりおっさん、怖いなぁ」
身を震わせて川口が言い、「あぁ、お前も気をつけろよ」と、山田が言った途端、
赤ジャージの明雲高校生周防は男の入っていたビルに向かって、
「うぉおおおお!お前、顔を覚えたからな。次見つけたら、二度と逃がさねぇ!」
――と、大声で叫んだ。それも声がよく通るものだから、
周囲一体がびくりと体を揺らせ、凍てついた。そして、心臓が飛び跳ねたんじゃないかと思うほど、動悸がする警察官が周防に「――君、静かにしなさい」と言うのがやっとだった。隣町に来てまで、人を、それも大勢を動揺させるなんて……。
それでも、周防は言いたい事を叫んで満足だったのか、
警察官に馴れ馴れしく「次あいつ見つけたら、捕まえてくれよ」と言い、
鞄を抱えて尻餅をついた中等生に「じゃあな!中坊」と笑顔で手を振って足を屈伸させると、一目散に走っていった。
――嵐が去ったかのようだった。
やれやれと警察官は座り込んだ門倉学園中等生を保護するかのように声を掛け、
それを拍子に、固まった周囲は時間を取り戻したかのように動き出した。
「……面白い」
嵐が去った後の、坂ノ浦学園高校群の初めの言葉は、佐野のその言葉だった。
「――えっ?佐野ちゃん?」と川口は驚きの声をあげた。
「今一瞬、背筋がゾッとした。何だろう、――俺、あいつを追ってみるよ」
佐野はそう言って、一歩足を出しただけで、激痛に思わず腹を押さえたが、
それからは何事もなく周防が去っていった方角へ歩いて行く。前代未聞の佐野の行動に、三人は物珍しそうに佐野を見送りながら、――まず、柳岡が言った。
「あっ、わたしも行かなきゃ」
「――何で、麗も行くんや?」と川口。柳岡は
「だって〜、男子校に行ったことないし。かっこいい子いるかもしれない」と言った。
「なんや、男目当てかい!――山田はどうするんや?」
川口は隣にいる山田に声をかけた。山田は言った。
「俺はいいよ。お飾り卓球部に顔出しとく」
「おまえは本当にやる気ないなぁ。じゃあ、おれも卓球部いっとこうかなぁ」
「お前もやる気ないだろ」
山田は、佐野を追って走って行く柳岡の後ろ姿を見ながら、やるせなく、
川口にビンタした。そして、川口が「ひどい!」と、コント染みたように喚くのはお決まりだった。
コンコンッ――と、
佐野は電車に乗って約三十分、徒歩約十五分から二十分かけて冷や汗を掻いて
腹を抱えながら明雲高校に辿り着き、さっき見かけたばかりの、
唯一の周防の手がかりである容姿を、校門で出くわした黒い学ランの集団に問えば、
容易に校内へと案内してくれ、応援部である学ラン集団に最初に教えてもらった
「周防は陸上部である」という情報からグランドへ向かうと、そこでは気のいい明雲生に「周防は剣道部に冷却スプレーを届けに行った」と聞かされて、佐野が最後に向かった剣道場で、ややくたびれながらも木戸をノックした。
「――禿で、眉が面白いぐらい綺麗で、声が拡声器並みに煩くて、何故か閣下と呼ばれている二年の周防英司くんいますか?」
佐野は知っていることだけ挑発するように言って、とにかく返事を待った。すると、奥からドスドスと木の床を鳴らして、佐野が目当ての人物がやってきた。
佐野は思わず微笑んだ。
「何だ、お前。俺を呼んだか?」
佐野はうんと頷いた。周防は眉を顰めた。
「何の用だ?見たことない奴だな」
「俺は坂ノ学園高校二年の佐野荘輔。よろしく、周防ちゃん」
「あぁ?周防ちゃんだって?」
「――おい、英司。初対面の人に突っかかるなよ」
雲行きを心配した藤尾が剣道場の奥からやって来て、周防の腰を突付くも、
周防は何も言い返さなかった。周防は五感で佐野があまり気に入らないんだろう。
藤尾は取り入るように言った。
「……ごめん。態度悪いけど、悪い奴じゃないんだ」
「いいよ、まったく気にしてないから。――ね、握手しない?」
佐野は周防に手を差し出してそう言った。
周防も藤尾も、佐野が何を考えているのかまるで分かりもしなかった。
「はぁあ?何言ってんだ。何で握手なんか……」
「握手」
と、強引に手を差し出した佐野。痛みの限界が近く、
切羽詰って普段よりも何十倍も図々しくなっていた。
藤尾は佐野の顔色から、具合の悪さを察して、「英司」と周防を強いた。
いつもなら、嫌なら嫌だと突っぱねる所だが、周防も佐野の顔色の悪さに気がひけて、
――嫌々、言われるまま周防は佐野の手を握った。しかし、周防が手を握るなり、佐野は手をさっと捻り、周防の胸を押して後ろへ叩き倒した。
「!」
あまりに突然のことで、言葉を失くす周防と藤尾。
佐野は言った。
「俺はさ、坂ノ浦の大将になろうと思うんだ。というか、これから大将になるわ。
――つまりさ、俺たち敵同士になるってこと。
最初はBBGなんかどうでもよかったんだけど、今日あんたに出会って気が変った。
とことんやってみたくなった。だから、これ戦線布告ってことね?」
「おまっ、――戦線布告だと?上等だ!こっちこそ、とことん殴ってやる!」
「おい、英司。やめろって」
藤尾が床に叩きつけられた周防を上から必死で押さえ込み、
佐野は蒼白の顔でにんまりと笑った。
「頑張ろうな、周防ちゃん。楽しみにしているから」
――その頃、佐野を追ったはずの柳岡は南の方角、葛岡高校の前で佐野を探していた。
「もぉ〜、壮ちゃん遅いなぁ〜」
貴重な女子の到来に、葛岡生がウヨウヨと校舎から柳岡の様子を伺っていたとか、どうとか……
気ままな一日、明雲高校に新たな敵が生まれ、
葛岡高校にアイドルが生まれた。
2008年12月31日
第四話完結締め――
葛岡高校ラグビー部一同「ウッス!!」
ありがとうございました。
次回、バトルBゲーム開始!?
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