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4−9













 ぼんやりと目が開いた。
青い空に浮かぶ、流れる雲がうっすらと見えたかと思うと、すぐほの暗い闇に変った。
此処がどこなのか、何があったのか、思い出すのも煩わしい。
心臓が脈打つ度に、ヒリヒリと腹の痛みが走り、意識が戻っては、激しい睡魔に襲われた。
 ――もう、何も考えずに落ちてしまいたかった。
ひどく気だるくて、真っ暗な闇に落とされても、どうなってもよかった。
ゲームオーバーだと白旗を揚げて、眠りにつきたかった。


なのに、――誰かがあんまり身を揺らするものだから、佐野は楽な方を選べなかった。
逃げ出せばいいのに。耳に障る声。それに反応して、意識が勝手に再起動しはじめる。
どうせなら、寝た振りをすればいいのに、苦しいなら、すべて無かったことにすればいいのに――飽きずにまた、同じことばかり繰り返してしまう。






「佐野ちゃん、起きろよ」



 山田の声だった。佐野は目を開けた。すると、見上げる先には、
困ったような同情するような山田の顔が見えた。空より面白い風景。
要するに、山田は心配しているのだが――隣町の、どこにでもあるような、
ありきたりなビルの屋上で、そんな山田の珍しい顔を見るとは思わなかった。

なんだか佐野は笑ける。




「おはよう。――どうして、ここが分かったの?」



 あんなメールでよく、居場所が分かったね。と、佐野は思ったままの事を聞いた。
山田は言った。


「美香さんに教えてもらったんだよ」



「美香に?」



「『最後のダイス』の意味はともかく、先週、隣町でサイコロを使った賭博が
開かれたから、もしかしたらそこじゃないかってさ。
――そう教えてもらわなかったら、正直、ここまでたどり着いてねぇよ。

まったく、らしくねぇんだよ佐野ちゃん。

出て行ったきり、メール一つもよこさねぇし、やっと見つけたと思ったら、
傷なんかつけちゃって暢気に寝ているしさ。川口に似てきたとかなんとか言うなよ」


 人に心配かけといて――。と、山田は佐野の頬にある、今朝はなかった掠り傷を小突いた。そしたら、ほんの軽く触れただけなのに、佐野は「うっ」と、小さな悲鳴をあげた。
見た目以上に痛みがあるのかと、山田が首を傾げると、佐野はシャツのボタンを
すべて外し、下に着ていたTシャツを捲りあげて、紫に変色した痣の広がる、引き締まった腹を佐野は山田に見せた。痛みの原因はそこだといっているのだ。
山田は細長い目をピクリと痙攣させた。


「ゲーム好きなのはいいとして、ここまで相手にやらせるなんて……」
 

Tシャツを下ろし、佐野は笑った。



「俺は、別にゲームが好きなわけじゃないよ。
金になる芸があるとさ、人がほっとかないんだ」


「ふぅん、そうかよ。でもさ――、
いつもは呼び出されたって、わざわざ出かけたりしなかったよな。
暗号みたいなあのメール、何か特別なのか?――まさか、麗のいうように、
黒百合っていう花目当てとかじゃないだろ」


「まさかねぇ、俺は花になんか興味ないよ」と佐野、目を元の細さに戻した山田に言った。

「黒百合と引換えに、最後のダイスで償え。――だっけ?」













「黒百合っていうのはさ、俺の幼馴染の愛称なんだよ。
本当は、さゆりっていうんだけど、石黒の女だから――黒百合。
単純なくせに、皮肉だよな?」


 山田は溜息をついた、

「俺に聞くなよ。ますます、佐野ちゃんらしくなくて気味が悪い。
――けど、人並みにはモテるくせ、何で誰とも付き合わねぇのかなと思っていたけど、
そういう事だったとはね……」



「そういうことって?」


「好きな女の為に殴られたんだろ?いいんじゃねぇか、普通の高校生らしくて」


山田は茶化すようにそう言って、寄りかかるように座る佐野と同じ高さまでしゃがみこんだ。佐野は言った。


「山田くん、俺はいたって普通の高校生ですが?」

「普通っていうのは俺や川口の事をいうんだよ。博打なんてしない奴のこと。
――とにかく、肩貸してやるから立てよ。あんまりここで時間くっていると、
下で待っている川口と麗が待ちきれなくて上がってくるから」

 そうなると、煩い。と、山田は「立てるか?」と佐野に聞いた。

「――ん、大丈夫。一人で立てるから」

 佐野はかわいい顔を歪めながらも、折れそうな両腕で重い身体を支え起こそうとし、
山田はそれに手を貸した。そして、山田は辛そうに立ち上がった佐野から、
後方を振り返って言った。



「ところで、佐野ちゃんの想い人は帰ったのか?」



佐野は小さく首を横に振って否定して、



「――あれは、初めから俺を誘き寄せるためのガセネタだった。殴られ損ってわけ」


 それが分かった途端、返り討ちにしてやったけどね。と、佐野は真顔でそう言った。
しかし、好きな女を餌にされたのだ、相当怒っているはずなのだが――、それっきり、
怒りの片鱗すら口にも顔にも出さずに、佐野は「降りようか」と、階段への扉に手をかけた。

 山田はそれになんとなく寂しさを感じた。佐野の背が孤独だといっているわけではなく、佐野が深い沼にでも立っているような、友達として手を貸すことすらできないほど、随分と早くに大人になってしまった子供のようだった。山田は頷いた。


「そうだな。けど、さゆりちゃんが無事ならそれでよかったじゃねぇか。
連絡はつくんだろう?」


 佐野は人一人が通れるほど扉を開けると、言った。




「連絡はつかないよ」




 山田は思わず目を泳がせた。あまりにも佐野が「連絡がつかない」ことが
当たり前のように言うものだから、冗談なのかも分からなかったのだ。
どんな場合でも、囮にされたのなら、まず無事を確認するものだろう。「――何、佐野ちゃん。電話したら話し中だったとか言うなよ」




「――ん、言わないよ。さゆりは行方不明だから、電話もメールも繋がらないんだ」





と、軽くそう言うと、手摺に手をつきながら階段をゆっくりと降りはじめた。
佐野の手の支えを失った扉がピシャリと、山田の目の前に立ちはだかる壁のように閉まった。

山田はただ絶句するしかなかった。好きな女が行方不明になるなんて、そんなメロドラマのような事があるなんて――というより、今ようやく、佐野らしくない行動の訳を知って、納得するべきなのだろうが、どうも混乱してそれ所ではなかった。




「……」


 山田は無言で薄灰色の扉を見つめた。














連続二話投稿第二弾(2)
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