4−6
たまたま登校してきた山田は言った。
隣には相棒の川口はいないようだ。恐らく、川口は時間ぎりぎりなのだろう。
八時十五分など、まだ自宅の布団の中にいる時間だ。
――五分後に慌てて起きて、弁当と制服を抱え、自転車を猛ダッシュで走らせ、
八時半きっかりには席に滑り込む。
当然、寝巻きのまま、ご存知の通りの常習犯の手口だ。
寝坊の理由は言うまでもない。川口と同じように
明け方までゲームをしていた山田は、三時間睡眠で事足りて、
安全な時間帯には登校し、無難な方法を選ぶ。つまりは、些細な性格の差というものだ。
ここに川口がいないのも十分に頷ける。
しかし、その代わりというのもおかしいが、
山田の隣には、長い髪にゆるゆるパーマをあてた女子が、同級生の柳岡麗がいた。
一緒に登校というわけなのだが――、先に言っておこう。
山田と柳岡はただの友達だ。見た目は互いに理想のタイプではあるらしいのだが、
趣味が何一つ合わなかったのだ。それで喧嘩をするわけではないが、
それで付き合うこともない。だからこそ、二人はただの友達だった。
「カードって?」
と、山田が言った言葉に首を傾げた柳岡。ほんの首を斜めに傾げただけなのに、
少し抜けているような、別次元で一人だけ浮いているような、
不思議な印象を与える。そして、「トランプだよ」と山田はそっけなく答えた。
「えぇ〜、荘ちゃんってカードゲーム強いの?」
そんなの初めて聞いたよ。と、柳岡は言った。だが、柳岡の表情は
言葉ほど驚いた様子はなく、喋り方はマイペースで、とてもゆったりとしていた。
「まぁまぁね」
佐野は特に自慢することなく、にんまり笑った。
すると、山田は片眉を顰め、首を横に振りながら言った。
「いや、話になんないって。佐野ちゃんは――」
「えぇ〜、本当は弱いの?」
山田が言葉と表情に込めた意味を一切探ることなく、
岡柳はまた首を斜めに傾げた。正直、本気で聞いているのか、
冗談で聞いているのか、かえって聞き返したい反応だ。
山田は「――だから、まったく話になんないって」と佐野に目を配らせて、
相変わらず同じことを言った。
佐野ときたら一人笑っている。不気味なぐらい「話にならない」のは、
そのカードの上手さだと物語っていた。けれど、柳岡は
「弱いんだ?」と何度も首を傾げるばかり。
どうも、趣味だけの問題ではないようだ……
「佐野くん」
校門から半身、身を乗り出して佐野を手招きしたのは蒲原先生。
チンピラ風の男が消えた後も、佐野たちの会話の様子を盗み見ていたのは
間違いではなく、むしろ、話しかけるタイミングを見計らっていた。
蒲原先生に呼ばれ、「なんだろう」と佐野は不思議に思いながらも、
蒲原先生のいる校門まで歩いて行った。そしたら、蒲原先生は猫背をピンと伸ばし、
佐野を強引に校内へと引きずり込んだ。急なことで、少し驚いた佐野だが――、
蒲原先生の身長が意外に高かったことや、意外に腕力があったこと――を
口に出すことなく、
「何ですか?先生」
と、同じ高さまで背を丸めた蒲原先生を見て、普通に聞いた。
本当、「何ですか?」と問いたくなる待遇だ。蒲原先生はぼそぼそ言った。
「今の人は――、誰なの?」
「今の人?」
「さっきの、悪そうな男だよ。佐野くんの知り合いなの?」
好奇心のあまり鼻息をフンッと吐いて、ぐいっと顔を近づいてきた蒲原先生に、
佐野は「落ち着いて」両手で蒲原先生を押し返した。そして、
「あぁ、さっきの奴ですね?……知り合いの知り合いの、知り合いですよ」
友達でもありませんし、もう二度と会うことはないですが――。と、
続けて言った。
「二度と?」
「はい、『二度と』会いません。頼まれて会っていただけですから。
用も終りましたし、もう会う理由もありません。――あ、
もしかしてあいつが来た事って問題になりますか?生徒指導されるんですか?」
さっきちょっと注目されていたし――と。佐野はわざとらしく身を屈め、
おずおずと蒲原先生を上目遣いで見上げた。不安がっているように見せようと
しているのだ。蒲原先生とは、昼食に山田たちと一緒に弁当を食べる仲で、
蒲原先生の気の良さを、佐野は十分知っていた。佐野は蒲原先生の同情心を
煽ろうとしていた。なんとも腹黒さを思い浮さられる行動だ。
――だが、所詮、蒲原先生にとって佐野は、蒲原先生を慕う、
顔同様に可愛い生徒でしかなかった。
「それは……、大丈夫だよ。大した騒ぎにはなっていないし、
暴力沙汰にもなっていないから――何も心配することはないよ」
安心していいよ。と、蒲原先生はポンポンと佐野の頭を撫でた。
――その後、数時間後には、職員室に保護者からの強烈な苦情の電話が
かかってくる事も知らず、蒲原先生は目の前に佐野にまんまと騙されたのだ。
佐野は不安げな顔から嫌みったらしい笑みを浮かべ、「よかった」と
安堵の溜息をついた。そして、それに蒲原先生は何の疑いもなく微笑むのだから、
いい人ほど……なんとやらだ。他にも聞きたいことが沢山あったにも関わらず、
蒲原先生はこれ以上、佐野に質問することなく、「もう行っていいよ」と促した。
――佐野の完勝だ。
佐野はロッカー前で待っていた山田と柳岡の元へ軽く駆けて行き、
「おまたせ」と、軽やかに歌うように言った。柳岡と不思議な会話をしていて、
蒲原先生と何の話をしていたのかまったく分かりはしないが、
どうも不自然だと勘付いた山田は言った。
「悪い子だな、佐野ちゃん。蒲原先生に何かしただろう?」
「えぇ〜?」
と驚いたのは、柳岡。佐野は平静なまま、ただ否定した。
「何もしてないよ。――ほら、蒲原先生微笑んでいるだろ?」
振り返って、佐野は蒲原先生に手を振った。山田は胡散臭そうに思いながらも、
校門の方へと顔を向けると、登校する生徒の中、
まるで優しく偉大な父のように頷き、三人を見送る蒲原先生がいた。
柳岡も続いて、大きく手を振った。
「うん〜、蒲原先生が笑っているね。
でも、何で手を振ると頷くの?なんだか面白いよ」
「それが、何かしたって証拠だろう?」
と、山田は佐野を見て少しばかり強く言った。山田は佐野を責めているような口ぶりだ。だが、佐野は黙ったまま、手早くロッカーから適当な教科書を取り出し、
すぐさまロッカーの鍵を回した。そして、依然、視線をこちらへ向ける山田を見て、
ようやく言った。
「考えすぎだよ、山田くん」
教科書を抱えたまま、ロッカーに凭れかかり、佐野は柳岡が手を振るたびに頷く
蒲原先生に目を移した。山田は「そうだといいけどな」と、
意味ありげな言葉を言って、また佐野を責めた。
山田は一体、何がいいたいのだろうか、最後まで言いたいことを
はっきりと言わなかった。けれど、佐野は何一つ言い返すこともなく、
岡柳たちを見て笑った。佐野は山田が言っている、本当の意味を分かっていたのだ。
――と、手を振っていた柳岡が突然悲鳴をあげた。
「きゃあ、先生危ない!」
顔を覆い、地面に崩れるその柳岡の姿を見て、
「え、どうしたの?」と、蒲原先生や山田たちが言いそうになったのも無理がない。
だが、その疑問を口に出す前に、キィィィ――とブレーキの音が校内に響いたのだから、
何を柳岡に聞く必要などなかった。
急スピードで走ってきた何者かに、蒲原先生は背を押され、
綺麗に仰け反りながら顎を地面に激しくぶつけた。そして、
その者が乗る自転車に下敷きにされたのだから、堪ったものではない!
ちなみに、蒲原先生を轢いた者の第一声は「ぐはっ」という濁音だった。
謝罪の言葉ですらなかった。
――奇妙な事故の瞬間というのは、すべてが一瞬静止してしまう。
冷たく、不思議な空気が流れるのだ。登校中の生徒たちはぱたりと身体を
止めてしまい、自転車に轢かれた蒲原先生をただ凝視した。
しかし、一種の緊迫した空気を破ったのは、笑い声だった。
何者かの第一声である濁音に、佐野と山田は顔を見合わせて、
爆笑しはじめたのだ。すると、周囲がワッと騒がしくなった。
蒲原先生に一斉に駆け寄る、生徒達――
「いてて、腹にハンドルが食い込んだ。
って、やばぁ……蒲原先生を轢いてもうた!先生、大丈夫かぁ?」
蒲原先生を轢いた容疑者は、川口だった。
時刻は八時二十五分。五分前に着くなんて、雪が降るどころか――、
蒲原先生を轢いてしまった。佐野と山田は涙を流しながら笑い、
柳岡だけは可哀そうだと、蒲原先生から自転車を退ける手助けしている。
――自転車に下敷きにされた蒲原先生。今日の運勢は大凶だった。
柳岡「先生、顔変だよ?」
佐野・山田「ブァハハハハハ!!」
蒲原先生「・・・・・・」
川口「のわっ、自転車の前カゴがへこんでるやん!!」
柳岡「満ちゃん、先生の顔の方が心配だよ
なんだか可愛くないもん」
川口「ごめんなぁ〜先生。
けど、これ位で顔がへこむとは・・・」
佐野・山田「アハハハハハハハ!!」
次回、メールは○○状にも成り得る!? ご注意を!!
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