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「はい、お待ち!デリバリーピザ『パウロ』のチーズ・デ・パウロお二つと、
コカデラックス。熱いのでお気をつけください」






「……佐野くん、お願い声を小さく……。
副会長にバレたら、本当に大変なんだよ……」


 ボソボソと、声と――、そして、背まで小さくしてピザの入ったボックスを
三箱受け取ったのは、門倉学園高校二年の吉柳だった。
ドオドとしているのは吉柳の恐怖の表れで、
眼鏡をかけているのは、吉柳の視力が悪いという典型的な理由だった。
ピザ代を佐野の手に置き、佐野はコゾコゾと
ピザ屋「パウロ」専用の財布から小銭を探した。


「吉柳くん、怖がりすぎ。そんなに怖いの?――はい、おつり」
 
 ――二百五十円。吉柳は手が塞がっているから、制服のポケットに入れてくれと
佐野に頼んだ。それに佐野は頷いて、「めちゃくちゃ綺麗な子だって聞いたけど?」
と会話の続きを言い、吉柳のジャケットの胸ポケットに二百五十円を押し入れた。


「篠宮副会長?――綺麗だよ。だけど、めちゃくちゃ怖いんだよ」

 暴力的ではないけれど、精神的に怖い。と、吉柳。


「うちの部は、新入部員歓迎でパウロのピザ、
毎年とっているんだけど――生徒会にバレないかいつも心配でさ、
見つかったら、廃部か部費減らされるし……出前受ける係り、
今年も絶対当たらないように毎晩願っていたのにな――」

 心底、残念そうに言った。

「だったら、出前じゃなくて皆でパウロの店に食い来ればいいのに。安くはならないだろうけど」

「それが――駄目なんだよ。うちの伝統行事。
生徒会にバレないようにこっそりうまいピザを食う、なんて変な行事だよね?
――だけど、毎年やっているから、勝手にやめるわけにはいかないんだよ」
 

 勝手にやめると、先輩達に殺されるよ。と、吉柳は悲惨そうな顔で言った。
佐野は同情したように、それに相槌を打つ。


「大変だねぇ。そういう伝統行事ってやつは。――そういえば、吉柳くんの彼女って生徒会じゃなかった?大丈夫なの?」

 前に話した時に、そう言ってなかった?と、佐野。以前から吉柳と交流があるらしい、
吉柳は一瞬固まって、そして、歯切れ悪く頷いた。

「う、うん……。風紀委員やっている。
見つかったら、怖いだけじゃすまされないと思う……」


 すっかり彼女の存在を忘れていたのか、それとも、考えないようにしていたのか――。
心なしか、冷や汗が吉柳の額で煌めいているように見えた。そして、吉柳は「優しそうに見えて、実はすごいサドなんだ」と言った。
 佐野は吉柳の彼女に会ったことはないが、話を聞いているだけで、
なんとなく恐ろしい想像が浮んでくる。――鞭打つ彼女。



 佐野は「そうか」と一言、「ゴシュウショウサマ」と片言でいってやった。それ以外に出来ることなんてないのだ。同時に手を合わせてまで吉柳の為に、幸運を祈ってやろうとまでした。――そう、天国から聞こえてるんじゃないかと耳を疑う、「あら、荘輔じゃない?」という甘美な声が聞こえてくるまでは……
 













 
 佐野は振り返った。すると、ちょうどスレンダーな美女が大型バイクから降りるところだった。吉柳は呆然としながらも、しっかりと息を飲んだ。
 ――ビキニといい勝負丈の、セクシーなショートパンツ、
とそれに似合ったロングブーツ。上着は着こなしたかっこいい黒革のライダースジャケット。そして、美貌をすっぽりと隠していたヘルメットを取った美女はようやくすべてを露にし、吉柳を遥か遠い、妄想の中の桃源郷へと誘った――
美女は艶やかな女優のようだった。




「美香」

 しかし、まるで吉柳とは違う反応、――いや、いたって普通の反応をみせて、
美女を呼んだのは佐野。いつも通りのやり取りといった風だ。
 美香は「デリバリー?」と、佐野に聞いた。それに佐野は頷く。


「――ん。今、終ったとこ。ほら、この吉柳くんが客」
 
 佐野は吉柳の肩を抱き寄せ、吉柳が抱えるピザボックスを顎指した。
客であり、友達だとアピールしているのだ。目線を向けられた吉柳はびくりと
肩を揺らした。そして、「こんにちは」と美香は微笑んだときには、
吉柳は顔を真っ赤にさせて、「こんにちは」と震えながらも、なんとか挨拶を交わした。



 ――一体、どんなに緊張しているというのだろうか。

 

 美香はよく知った口で、
「門倉学園テニス部の恒例のピザ?」と吉柳にそう聞いた。そして、うんうんうん、と頷く吉柳。美香の柔らかく可愛らしい声は、

「あぁ、やっぱり!春はいつもそうよね。君も大変ね」


 と吉柳を労わる言葉を言った。だが、吉柳は嬉しいさ半分、緊張半分で、
身を硬くしたまま「……はい」と味気なく頷くしかなかった。


「――だけど、苦しいのは出前を受けとるまで。
『パウロ』のピザを部室に持ち帰ったら、皆でお祭りでしょ?
そういうのっていいわよね。あたしは高校の頃、部活に入っていなかったから、
一度もそういう経験ないのよ。沢山、楽しんでね」


 にっこりと笑った美香がウインクしたように見えたのは、吉柳が重症だったからだった。容姿から話し方まで、きっと美香は吉柳の理想ど真ん中だったのだろう。
 そして、クラクラとよろめき、思わずピザボックスを持つ手を離しそうになった。
それにいち早く気づいて、佐野が慌ててボックスを支えてくれなければ、吉柳は後で部活の連中に酷い目にあわされていただろう。
 吉柳は小声でさっと佐野に礼を言った。美香はそれに「大丈夫?」と声をかけ、吉柳がブンブン首を上下に振ったのを見て――少し気の毒そうにしながらも、


「じゃあ、あたしは行くわね。今日のDJ、あたしの親友なの。
時間にうるさい奴だから、遅れると一晩中パーティーに付き合わされるわ」と言った。
 けれど、ものすごく残念そうな顔をした吉柳とは違い、佐野は別れを一切惜しむこともなく「――ん。またクラブ連れてって」と、普段どおりに片手を上げた。それに、柔らかく頷く美香。
「うん、それじゃあね。バイバイ、荘輔。――それに、君も」







 
 来たときと同じ大型バイクに跨り、かっこよく去ってゆく美香を見て、
吉柳はデレデレとした顔で佐野に言った。

「うわぁ、すごい美女だったね。なんていうか、声も顔も最高! 今日は厄日だとばっかり思ってたけど、いいことってあるんだなぁ。――ところで、あの人、誰?誰?」

「同じバイトの人」

「えっ?あの人、『パウロ』のバイトやっているの?」
 
 吉柳はひどく驚いた声をあげた。「あの人が?」と何度も、心底意外そうだ。
てっきり、女優ではなくとも、タレントやモデルでもやっているのかと思っていたのだ。
 佐野は頷いた。

「うん。でも、他にもバイトやっていてさ、ほとんど来ないけど」

 だから、今日も久しぶりに会った。と言った。
そして、吉柳は忙しいんだな。と呟いて、

「そっか……。今度、店に直接食べに行こうかな……
もしかしたら会えるかもしれないし……」と遠くを眺めて言った。


 視線の先は、先ほど幻の桃源郷だ。ピンクと黄色に包まれた楽園で、
美香が際どいビキニ姿で吉柳に手を振っている――しかし、




「彼女はいいの?サドなんだろ?」




 と、吉柳の現実を佐野に言われ、桃源郷の中の美香は脆くも崩れ去り、
その代わりに吉柳の彼女の歪んだ顔に変った。





「それは言わないでくれよ……」





 ささやかな幸せを堪能したかったのにと、ひどくがっくりした吉柳。
 佐野はケラケラ笑った。




 現実は砂糖のような甘さと縁遠いもの。
 美香こそ、吉柳にとって究極の高嶺の花だった。











吉柳「佐野くんは、彼女作らないの?」
佐野「そうだねぇ〜。可愛い子紹介してくれるなら」
吉柳「――じゃあさ、合コンでもしちゃう?
門倉学園と坂ノ浦学園ってどう? 
なかなか楽しそうじゃない」

佐野「そういうのは全部任せるよ。
   仕切るとかめんどくさい。
  ――ていうか、ピザ冷めるよ?」

吉柳「あっ・・・そうだった。
   じゃあ、またメールするよ!」
佐野「おけ、毎度あり〜」


 ――吉柳は、見た目によらず大の女好き?
       



次回、無気力な人間ほど強い!?



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