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4−3






「――ん?」

 鼻までずれた度なし眼鏡から真ん丸とした目が
キョロッと客に向けられた。常連の、腰まで長い髪を小奇麗に巻いた若い女性客。
つまりは近所の新妻ナナミちゃんは、その幼い仕草に密にドキリとするのが――、
しかし、それは単に母性心を擽るもので、大した意味をもたなかった。


だが、きっと可愛い男が好きな女には、ファンになる価値があるものだっただろう……



「辞書、何か調べているの?」

 ナナミちゃんは腰に手を当て、モデル立ちしながら
佐野がペラペラと捲る分厚い英和辞書を覗き込んた。


「――あ、これ?『B』の意味調べてんの」

「B?」

「バトルBゲームの『B』。気になんない?」

 佐野は辞書を抱えたままナナミちゃんに聞いた。――と、ナナミちゃんは首を傾げた。


「――そういえばそうね。バトルBゲームの『B』って、何の頭文字かしら?」


 人差し指を小さな唇に押し当てて、
「考えたこともなかった」と言った。すると、佐野は待っていましたといわんばかりに、神経質そうに眼鏡を押し上げた。


「俺が思うに、無難な『BLACK』が一番疑わしいんだよ。

『BLACK BOARD JUNGLE』、
『学校の無秩序』っていう意味まであるし、

海賊旗も『FLAG』の前に『BLACK』ついているじゃん。
――秘密にされるほどのゲームなら、『BLACK』でも通じるだろう?」


 ここにそう書いてあると、得意気に辞書を指さした佐野。
確かに、海賊旗は「BLACK FLAG」と書かれている。――が、
ナナミちゃんは不満そうに言った。


「『BLACK』ねぇ……。ちょっと簡単すぎない?それなら、誰にでも分るわ」と。
それに、佐野は「そうかな?」とページを次々と捲って、
「ナナミちゃん、何か考えある?」と聞いた。だが、ナナミちゃんは首を横に振るだけだった。


「わたし、英語苦手よ。――パウロに聞けば早いんじゃない」

「パウロはスペイン人」

 皆勘違いしているけど、パウロ本人が言っていたよ。と佐野は笑い、
ゆっくりと辞書を閉じた。









 坂ノ浦学園高校から徒歩約五分、住宅地の中に堂々と存在するのは、
黄色い看板に赤と緑で書かれた小さなデリバリー&レストラン「パウロ」。
店の名前の由来は、説明などいらないだろう。
店長パウロから名をとったに過ぎないのだから――
 パウロは、十年前にスペインからきた、正真正銘のスペイン人だった。幼い頃から一緒に育った日本人の女の子が忘れられず、帰化した彼女を追って日本にやってきたのだ。それはパウロの一大決心で、一生の忘れらない出来事となった。なぜなら、その向こう見ずな、一大決心をしたおかげで、日本に来て初めて、彼女への想いは縁を結んだからだ。

 ――こうして、山と谷の上り下りを繰り返して、幸せになったパウロは、元々料理人だったこともあって、家の近所にピザ屋を開いたのだった。それがデリバリー&レストラン「パウロ」だ。残念なら奥さんは他の仕事持ちで、夫婦でピザ屋を営むことはできなかったが、高校生の佐野とフリーターのバイト二人雇い、平凡だが毎日楽しく、パウロはピザとコカを作っていた――








 ナナミちゃんは注文したジュースの入ったグラスに手を伸ばしながら、

「そうなの、英語喋っていると思っていたわ。
 ――ね、ところで荘輔はBBゲーム出ないの?」


 と、何気なく佐野に聞いた。そして、佐野は言った。


「かっちんが立候補するって」

「葛木くん?」

「そうそう、うちの学校の生徒会長」
 
 かっちんはとにかく目立ちたがり屋だからね。と、佐野はあまり興味なく、言った。

「荘輔は?」

 ナナミちゃんに「出る気はないの?」と聞かれ、佐野は「かっちんが立候補する」というそれで会話が終るとすっかり思い込んでいたので、ちょっと驚きながらも、

「俺は、そういうタイプじゃないでしょう。……妙に目立つの好きじゃないし、
面倒なの嫌いだし」と答えた。


「いいじゃない、出てみれば?
今年は面白い子が、いっぱい出るらしいのよ。
勝ち負け関係なく、楽しんでみれば?」
 




「サノ―!」
 厨房でパウロが佐野を叫んだ。ピザのデリバリーだ。佐野は「ん。――今、行く」と手っ取り早く答え、「またね、ナナミちゃん」と、厚い辞書を片手に厨房へ向かった。
佐野はバトルBゲーム自体には興味がないようだ。
 ナナミちゃんはそんな佐野の背向かって言った。



「明日、立候補しなよ。荘輔だったら、案外いけるんじゃない?」



 ――と、佐野は急にぱたりと立ち止まって、振り返った。


「――まさか、でしょ?」

 そんな事あるはずない。と、冷めたような顔をした佐野。
度のない眼鏡がまた鼻にずれ落ちた。










ナナミちゃん
「パウロ。わたし、臍上に刺青いれたのよ」
パウロ
「アァホトンウダ。デモ、コレシールジャナイ?」
ナナミちゃん
「そうよ、一週間で消えるちゃうシール。
旦那がどうしても本物はいれるなって・・・

 ちなみにこのハート、旦那とお揃いなの」
パウロ
「ラブラブダナ」


――バシッ

ナナミちゃん
「やだわ〜、パウロ」



新妻ナナミちゃんは最高に幸せだった・・・       


          
次回、佐野出前中!?


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