3−8
八王子の言ったことは、大した事なのか、大した事じゃないのか――。
その先を聞くべきなのか、玖珂は分らなかった。
その解釈が勘違いではないのかもしれないし、勘違いなのかもしれない。
――解釈の仕方が分らない。
ただ、今知ることのできる真実は、歪んだとばかり思っていた心臓が、
正しく鼓動を身体中で奏でているということだけ。そして、玖珂はその旋律が、
ずっと昔にとうに出来上がっていたことを知っていただけ。――と、八王子と、目が合った。なぜ、隠すのか――二重のすっきりした瞳は、少し青みがかっていて
綺麗だというのに――前髪は何かを遮断するように、いつも簾のように、前を塞ぐ。
――あぁ、そうだ。まるで、八王子の瞳はカメラのレンズのようなのだ。と、
玖珂は初めて思った。真実を写すときのみ、そのレンズの蓋を恐る恐る開ける――。
彼の絵は、玖珂でいう写真なのだ。八王子と見ている景色が、そうは変らないのだ。
だからこそ、こんなにも惹かれる。――玖珂はゆっくりと心を落ち着かせ、その神秘的な瞳をじっと見つめた。――もう、準備はできていた。
しかし、八王子の方は、一切余裕もなく、あえていうならば――
不安そうな顔をしていた。思うような絵が描けない時と同じ、
自信の欠片すらなかったのだ。開きかけた唇も、その自信の無さの所為で、
すぐに閉じてしまう。音がなかなか出てこなかった――だから、パッパッパパ――と、
ウエディングのテーマソングがすぐ外から聞こえてきた時さえ、
ぴくりと玖珂の身体が揺れたのにも関わらず、咄嗟に言葉が出てこなかった。
不安に押された八王子の知りえない――玖珂の中では、その得体の知れない、
学校に不似合いな音楽が、玖珂の全精神を「行け」と揺さぶりをかけて仕方がなかった。 切り替えの早さこそ、記者だ。けれども、八王子の言葉も聞きたかった。
大きく天秤が揺れていた。
――そして、ようやくいい所を持っていかれそうだと勘付いた八王子は、
窓に視線を向ける玖珂を必死で、無理やり揺さぶって――、
「ほっとけよ、外なんか――。ノエル、俺は――」
と、関心を引き戻そうとした。けれど、玖珂は、――ドンッと、
八王子の胸を力一杯両手で押し退けた。ウエディングのテーマソングが
玖珂の闘心を芽生えさせた。――そして、思っても寄らなかったその玖珂の反応に八王子は、受身を取る暇もなく、準備室の棚に背ぶつけ、床に尻餅をつけ。
追い討ちをうつように――ダンボールが頭上から降ってきた。
「いっ…」
ついでにダンボールの中身までボロボロと落ちて、それは痛くてたまらない。
だが、八王子が自身の所為で酷い目にあっているというのに――、
玖珂といえば、窓まで走って身を乗り出し――すぐに身を翻して、
準備室の入り口へと駆けて行った。
「ノエル!」
――玖珂は八王子の声に立ち止まった。そして、深呼吸するかのように
深く息を吸って言った。
「新聞は、わたしにとってとても大事なものなの。絶対に諦めたくないの。
――だから、どんな些細なことでも、ほっとけない。――わたしは、
どんな時でもジャーナル部の玖珂ノエルでいたい……」
振り返ることもなくそう叫ぶと、玖珂はずっと先の見えない、
美術室の扉のむこうへと行ってしまった。だが、八王子は玖珂を追いかけなかった。
ダンボールを払い退けながら「どうして、あんな女を好きになったのだろう」と、
自問自答して――ただ、笑いが込み上げてくるだけだった。
――追いかけたって、玖珂には追いつけない。と、八王子は
どこかで分っていたのかもしれない。八王子は顔を覆い、泣きそうになりながら、
本当に声をあげて笑いそうになった――と、 パチパチッと、フラッシュ音が、
玖珂が走り去った入り口から聞こえてきた。八王子が顔をあげると、
一眼レンズを構える――玖珂アンドレが一心不乱に八王子を構図の中心に、
何枚も連続して撮り続けた。
「お前……」
「特ダネいただき」
カメラから顔をあげたアンドレは薄ら笑った。
「……嫌な姉弟だな、まったく」と、八王子は手に持つダンボールをアンドレに投げた。そして、――アンドレは当然、それを避けて、
「――知っているよ。けど、そんな嫌な姉弟の姉が好きだなんて――、
八王子さんも相当物好きだね」と言った。
話を聞いていたのか――いつから――?と、聞こうと思うも、八王子はその言葉を、
何もかもを飲み込み、頷いた。
「――かもな」
「――お前も行くんだろ?早くいけよ」
ジャーナル部だろ?と、八王子。しかし、アンドレは頷くも、
すぐには出て行かず、じっとこちらを見ている。
「何だよ?」と八王子は声を荒げた。すると、ノエルは「一言いい?」と聞いた。
「――たく、何だよ?言えよ」
「――ノエルはあげないから」と、アンドレは言い逃げるように準備室を出て行った。
「〜〜このシスコン!」
何も言い返せなかった八王子は、ダンボールを蹴り上げ叫んだ。
玖珂に比べれば大人しいとばかり思っていたアンドレが、実は姉以上の強敵だったと
知った瞬間だった。「あの姉にして、あの弟あり」ということ。
姉ですら手に余るのに、弟など――…
八王子と玖珂の恋は前途多難だとしか言い様がなかった。
けれど、八王子はうな垂れることなく、込み上げるあらゆる感情を抱えたまま、
悠長に窓に凭れ、玖珂を攫った出来事を眺めた。まさに、高見の見物だ――
カフェテラスの外に置かれたテーブルと椅子の周囲には門倉のオーケストラ、
吹奏楽部がそれぞれにウエディングのテーマソングを奏で。そして、
オーケストラの間という間には真紅の薔薇「オスカー」を持った、
天使のような衣服を身に纏った可愛らしい三十六人もの子供たちが立っていた。
門倉付属の幼稚舎の子供達だ。恐らく、行事かなにかだと言って連れてきたのだろう。
薔薇を持ちながらつまらなそうに身振いさせている子供もいる。しかし、なぜ――こんなに演出を……と、疑問に思うまでもない。
我こそは生徒会長、東は小奇麗な白のスーツ姿で膝をつき、
まるで童話の中にでも出てきそうな王子様のように、テラス席に座る京佳の手を
ふわりと取った。そして、言った。
「京佳、僕と末永くお付き合いしてください」
「東くん……」
篠宮と席を一緒にしていた紫垣は驚き、けれど、告白された当の本人、篠宮は小さく笑って、「――ゲームで勝ったら考えてあげてもいいわよ」たいそう意地悪く、気丈に言った。
「えっ、京佳ちゃん!」
尚も驚く、紫垣。だが、篠宮は続けて言った。
「演出は、70点ぐらいね。場所が学校じゃあねぇ……もっと素敵な場所だったら、80点はあげたけど――フィリップにしては上出来な方じゃない」と、
いささか高飛車な発言だったが、吹奏楽部の生徒たちは演奏をやめ、
今度は拍手し始めた。美人の副生徒会長が暴走プリンスに及第点を与えたのだ。
すごい進歩だ。しかし、――この暴走プリンス、東は何を勘違いしたか、
「京佳!――幸せにするよ!」と、感激して篠宮に抱きつこうとした。けれども、すかざす篠宮は東の頬に張り手を喰らわせられたのだから――世話ない。篠宮は叫んだ。
「ゲームに勝ったらの話よ!」
「部長」
ようやく、カフェテラスまでたどり着いた玖珂は、荒く肩を揺らして息を吐く。
丸池はちらりとそんな玖珂に目を向け、そして、またニタニタしながら、
「玖珂、どこに行ってたんだ!今日も記事差し替えだ!題して、『暴走プリンスついに求婚!』――また売れるぞ!」と、目の前の光景を見て満足しきった顔をした。
「やっぱり……。その記事私に書かせてください!あと、訂正記事も、私が書きます」
「訂正記事?――まぁいい。書きたいなら、全部お前が書け!けど、書くなら一言一句漏らさず、的確に書けよ!」と丸池。それに、「はい!」と意気揚々と返事する玖珂。
ジャーナルは熱い!二人の隣ではジャーナル部の部員たちが、
シャッターを取り留めもなく押し続けた――
「――で、結局俺は何だったんですか?」
ジャーナル部近くで、カフェテラスの華やかな光景を眺めながら、藤尾は脱力した。
並木は俯いて、まさか、東が突飛もなく告白するなど考えもしなかったものだから――
心底、「――申し訳ない」と藤尾に謝った。
美術準備室の窓枠に凭れかかっていた八王子は、窓下の、東の告白ショーと、
嬉しそうに顔の玖珂を見て、ぽつりと言った。
「――ノエル、知っているか?『フィガロの結婚』、
本当の主役は――スザンナだっていう話」
玖珂の隣に追いついたアンドレがこちらを見上げた。
「――お前はとっくに知っていたんだろう」
八王子は窓からそっと離れ、準備室を後にした。――どうやら次の絵の構図が思い浮んだようだ。八王子は美術室のイーゼルの前に座り、傷ついたキャンパスを撫で、そして、騒がしい外の雑音を聞きながら、そこに美しい赤の絵具をのせ始めた――
恋よりジャーナルを取った、
門倉学園高校ジャーナル部 玖珂ノエル!?
戦いと恋ばかりがゲームではないと、立証したのか・・・?
次の話が終れば、ゲーム開始だ。
悠長に、しばし待たれよ・・・。
第三話 完結!!
次回、第四話へ
紫垣「・・・でも、
本当によかったの、京佳ちゃん?」
??「いいもよかったも、東くん以外
おらんのちゃうんか?」
篠宮「あなた、失礼ね。いるわよ、世界中に」
??「規模でかいなぁ〜。
見栄っ張りもいいとこやな〜」
篠宮「・・・。
あなた、どこの生徒?門倉じゃないわね!」
??「へーい、おれは坂ノ浦学園高校の生徒がや!」
とりあえず、次回ご期待を・・・
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