3−7
美術準備室では――未だ、玖珂は八王子に背を向けて腕組して立っていた。
「――お前、嫉妬しているのか?」という八王子の言葉に、玖珂は動揺したのか、
ただ怒っているのか――八王子の顔を見ようとしない。
八王子はそんな気味の悪い玖珂に痺れを切らして、スッと立ち上がった。
そして、伸びすぎた前髪をかきあげた。
「――ジャンが別の女と歩いている所をさ、葉菜がたまたま見たんだよ。
でも、好きだからとかどうこう言って、本人に直接聞けないって、
うじうじ悩んでいるから、俺が代わりにジャンを聞いてやったんだ。
――そしたら、ジャンの奴、あっさり認めやがって――こんなこと言うんだぜ?
『葉菜は堅いから、時々は軽い女の子と付き合いたい』って。
――そりゃ、俺だって男だから気持ちは分るよ。重いより、
軽い方が断然付き合いやすいって――でも、葉菜は一人っ子の、
それも大企業の箱入りのお譲で、金持ちだといっていっても、
その中でも特別なんだよ。――だから、俺はそんなに尻軽がいいなら、
葉菜と別れろ。って、ジャンに言ったんだ。
――そしたら、あいつ何を考えたか――『俺が葉菜を奪おうとしている』とか
言い出してさ。急に殴りかかってきて――、俺もあんまり腹立ったから、やり返して――」
「――そんな時に、お前の所の野次馬が勝手に記事にしたんだよ。いい迷惑だよ、
本当に……。ジャンと蹴りをつけようとする度に、邪魔しに来るから、
『話し合い』にもならねぇし。結局はジャンが葉菜に泣きついて――
葉菜には、『もういいよ』とか言われるし――
俺だけ、踏んだり蹴ったりだよ」
溜息をついて、八王子は窓のずっと先を眺めた。そして、玖珂は
傷つけられたキャンパスを思い出した。――八王子は、紫垣に良かれと思って
やったのに、ひどく落胆して八つ当たりしていたのだ。
まったく子供だとしか言い様がない。
ちらりと振り返った先に立つ八王子を見て、玖珂はぽつりと言った。
「……ただの幼馴染なのに、そこまでするなんて――」
「俺は親友思いなんだよ。――それに、お前が言ったとおり、
ジャンを紹介したのは俺だし、一応その辺のけじめはつけておかねぇと、と思って――」
紹介人の義務ってやつだろ?と、言う八王子。前髪に埋もれた容姿は、
悪戯に笑っていた。――要するに義理堅いといいたいのだろう。
玖珂は数秒宙をじっと見て、そして、言った。
「はじめから記事の無駄遣いだった、ってことね?
――それを知っていたら、ジャンの浮気を取り上げたのに……」
「そこまでする必要はねぇよ。それじゃあ、葉菜が可哀そうだろ?
――これだから、ジャーナル部は……」
同じ女なのにこうも違うのか?呆れるよ。と、八王子は苦笑いした。
――しかし、玖珂は反省するどころか、開き直り、はっきりした口調で言った。
「当たり前でしょ?可哀そうだろうと、何だろうと、
真実を伝えるのが新聞だって、21世紀になって知るなんて遅すぎるわ!
そうよ、――真実を伝える為に、まずは訂正記事を書かないと!
ジャーナル部が出す前に、誰からが知ったら大変よ」
――と、胸ポケットから取り出した手帳に、玖珂はメモを取り始めた。
ジャーナルの天才はもう、「略奪愛」よりも、「浮気と友情」に興味を移したのだ。
玖珂が走らせるペンは、取り留めもなく、走り続けている――。
八王子はそんな玖珂を見ながら、繊細な紫垣とは違い、断然逞しい。と思いながら――ふと、言った。
「他人の事ばっかり追いかけてるけど、――お前は、何かないのか?」
「何かって――?」玖珂はペンを動かしながら、上目遣いで聞いた。
八王子はさっと目を反らして言った。「男とか――、いないのか?」
「いないわ」――と、いとも容易く即答した玖珂。そんなの興味すらないと
言わんばかりに、メモを取りつづける。あまりにもそんざいで、あっけらかんとせずにはいられない八王子、
「男に興味ないのか?」
と聞いた。すると、「あるわよ。それなりに――」人並みにはね。と、玖珂は素っ気無く答えた。――だが、やはり興味が無さそうに見えて仕方がない。
「人並みにねぇ――?じゃあ、誰かと付き合いたい、とか思うんだ?」
「人並みにね」と玖珂は同じく、味気なく答え。「それじゃあ――」と、
再び話しかけた八王子を牽制するよるかのように、玖珂はついに叫んだ。
「――わたしに取材しているつもり?ジャーナル部相手に、いい度胸じゃない」
――だけど、その程度じゃあ誰も、何も話さないわよ。取材っていってもコツがあるの!と、玖珂。一瞬止めたペンを再び動かした。そして、――八王子はハッとする。
「――ジャーナル部ってスキャンダル禁止だっけ?」
「違うわ。ジャーナル部の記者はヘマをしないだけよ」
八王子の言葉を、玖珂は上手く訂正した。玖珂らしい訂正の仕方だ。
けれど、八王子はニッと笑って言った。
「そう、ヘマしないんだ?へぇ――じゃあ、ヘマしたらどうなるんだ?」
「――ヘマしたことないから、分らない」首を横に振る玖珂、八王子は笑ったまま一歩玖珂に近づいた。しかし、メモを書くことに目線を注目している玖珂は気づいていなかった。――また一歩進んで、八王子は言った。
「昔とか――、ヘマした奴はいないのか?」
「――何人かはいたんじゃないかしら。真実って時には残酷だって言うし――。わたし達だって普通の生徒と何らか変らないわ」
――もう、また二歩。
「仲間も平気で売るっていうのか?それも最悪だな」
――三歩目で、八王子は躊躇うかのように足を止めて、
「――だから、ヘマをしないの。仲間を売りたくないから――」
玖珂がついえで、「わたしもヘマはしないつもり」と言い切るのを聞いて、
八王子は四歩目を進めた。
「でも、100%ヘマしないなんて――、言い切れないだろう?」
「――いいえ、言い切るから、わたしはジャーナル部の記者でいるともいえるわ。
伝える情報が100%じゃなくても、わたしは100%純粋な記者でいたい。
――これからも、卒業した後も――」
「そうじゃなきゃ、わたしはジャーナルを一切、辞めるわ!」
信念は簡単には曲げない、と玖珂は言った。彼女が心底真剣なのがよく、
分る言葉だった。しかし、それと同時に、その言葉は岐路を指示す言葉でもあった。
――五歩六歩と、ついに玖珂との距離が三十センチにも満たない所まで歩いてきた八王子は、ペンを動かし続ける玖珂の手を掴んだ。
――そう、それもとても傷物に触るかのように、優しく……
「――その理屈でいうと俺とスキャンダルになったら、お前は退部するっていうのか――?」
「……」
手を止められ、あまりにも近すぎる声に、書くことに夢中で鈍感になっていた聴覚が、距離感を取り戻した。そして、見上げる先には、八王子の顔が――、
前髪が透けてその表情すらも容易に見て取れるほど、普段にはない距離だ。
玖珂の心臓が――、心持ち歪んだ。普段ではありえない歪だ。
しかし、記者の端くれは、自身の心臓よりも、詰まった言葉を先に取り戻したいかのように、口を動かした。それはもう――心臓など、まったく別物だといわんばかりに――
「目立つの嫌いじゃなかった?」
と、「――冗談でしょ」という意味を含めて聞いた。だが、八王子には
その手は見透かされていたようで、
「――嫌いだ。けど、どうせ、ジャンと一緒に新聞の一面を飾ったんだ――、お友達以外で載るのも楽しそうだな。――と、思ってさ」
と、軽々しく、あっさりと返された。咄嗟に、――顔中を襲うカッとした熱さに、玖珂は「――だったら、他の子と載ったら?」と、歪んだ心臓の上に、手帳を仕舞い込んだ。
そして、縮まった距離を離そうと、身体を右へ揺らした。
――が、それは叶わなかった。
八王子は慌てて玖珂の手を引いて、再び向かい合わせたからだ。
半ば睨みつけるように八王子を見上げると、八王子は強く――
けれど、切なげに言った。
「――俺は、友達以外と載りたいんだ」
周防「ん?前回、何で門倉にいたんだ?
フジオ・・・お前、まさか・・・」
奥村「お前、また言ってんの?」
周防「うぉおおおお!!俺は許さんぞ!!
門倉に転校なんて・・・・!!
『門倉の藤尾』なんて、俺は一生呼びたくねぇぞ!!」 タッタッタ――ボゴンッ
藤尾「人を勝手に転校させるな!!」
次回、最終回・・・恋は濃い!?
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