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3−6
 



玖珂は今朝出回った、ジャーナル部の新聞を小さく丸め、
廊下にあるゴミ箱に投げ捨てた。そして、数十歩先にある美術室を二度ノックする。
コンコンッと――、数秒、返事を待ってみるが――
しかし、返事は返ってこなかった。留守か、それとも居留守か――

「こんにちは」
 と、美術室はいつも鍵がかかっていないと知っていた玖珂は、
遠慮なくドアノブを捻り、美術室に入り込んだ。油の臭いがうっすらと臭ってくる。
さっきまで誰かいたのだろうか――けれど、あちこちにイーゼルが立て掛けてあり、
それぞれに椅子が置いてあるだけ。人の姿は見当たらない。
美術室の脇にある白い石膏像たちが、美術室にただ一人立つ玖珂を見つめた。



 じっと立ち尽くす玖珂、ふんわりと玖珂の前髪が揺れ、
どこから風が吹いているの気がついた。――一番奥の窓だ。

玖珂は歩いてゆき、開いた窓枠に手をついた。見下ろせば、
すぐ真下には草ばかりの庭があり、少し向こうにはカフェと、
バラ園がそのずっと奥へと続いている。上から見れば、まるでカフェテラスがバラ園の中にあるように見える。――これは、門倉学園高校でこそ成しえる、ゴージャスな校庭だった。
 玖珂は身を部屋の方へ反らして、ゆっくりと目を閉じた。
そして、すぐに目を見開いて、何かを吹っ切るかのように息を荒く吐いた。――と、
床にイーゼルから外れ落ちたキャンバスが横たわっていた。
玖珂は身をかがめて、そのキャンバスを拾いあげた。



「――ひどい」

 と、ぽつりと呟いた玖珂。キャンバスには赤や緑や青が
ぐちゃぐちゃに塗りたくられ、所々筆で書いたものでない痛々しい傷で、
きたなく
汚れていた。ぼんやりとした下書きは、柔らかい女のものなのに――
ひどく台無しになっていた。
 玖珂はそのキャンバスをイーゼルに乗せ、美術室の入り口近くにある、
準備室の扉を遠目で見た。――こんな絵を描くのは、玖珂が会いにきた生徒しかいない。
この部屋にいないとすれば、準備室にいるにちがいない・・・

 準備室へと動き出した玖珂の目はひどく虚ろだった。





 ダンボールに紛れて、準備室でうなだれている――その生徒は、
玖珂が思ったとおりにそこにいた。床には、ビリビリと破り裂けられた新聞が
紙吹雪のようになって散らばり、
生徒は顔まである髪で、表情をすっかり隠していた。


「――なんだよ、言い訳でもしに来たのか?」

 顔も眉も動かさずに、八王子は言った。

「言い訳なんてしない。自分書いた記事を恥じているつもりはないもの」

 と、玖珂。美術室に入る前に、恥じていないという記事を潰して、
ゴミ箱に捨てたなど、ついに知らない八王寺は「そうかよ、――自信がある奴はいいよな」と、毒づいた。

「――でも、八王子くんが怒っているのは分かっているつもり。
それほどの事を書いたから――」

「じゃあ、ご機嫌でも取りにきたのか?――あぁ、じゃなくて、取材だろ?いくら俺が違うと言っても、好き勝手に書くんだろ?――だったら、わざわざここまで来なくたっていいだろ!」

 八王子は床に散らばった新聞の塵を鷲掴んで、玖珂に向かって投げた。




「……直衛」


「学校で呼び捨てにするなよ」

「――目立ちたくないって?もう、そんな努力もいらないじゃない」

 学校中が、あなたとフランセルと、紫垣さんの噂で持ちっきりなんだから――と、
玖珂は眉を顰めて言った。

「お前と仲がいいって知られれば、余計に面倒になる」
 と、八王子ははっきりと言い捨てた。





 玖珂と八王子の出会いは、中等部に上がって間もない、今と同じような状況、
同じような場所、――中等部校舎の「美術準備室」で。
玖珂が新聞部に入って初めて記事を任された、とても印象的な日だった。


 ――当時の先輩たちには、コンクールで金賞を取った、
ひどく若い芸術家の八王子には、同い年の方が先入観を持たれないだろう。
という理由で、玖珂を八王子に宛がったのだが、
それは二人を仲良くさせる切欠になったとは考えもしなかっただろう。

「記者」と「話題の人」という、一時の係わり合い。インタビューが終れば、
その浅すぎる係わり合いも、それで終るはずだった。 
だが――、話をしてみれば、意外と気が合い、互いを面白いと言い合って
何度も話をするうちに、どこにも存在していなかった仲が、掘るように深まっていった。 それはもう、深すぎるほどに……

 ――そして、そのうち二人は、家が近いこともあって、
休日なんかはよく、アンドレを置いて一人でこっそりと遊びに行き。
互いの食べ物の好みさえ、言わなくとも分るようになっていた。
――よき友人で、よき相談相手にもなっていたのだ。
 けれど、新聞作りの多忙な玖珂だ。最近は、ほとんど学校でも会わなくなっていた。だから、ジャーナル部という最も嫌われやすい、部に属する玖珂と仲がいいなど知られれば、八王子の地味で静かな学園生活が侵されるから――と、学校では他人と同様に接するというルールも、玖珂はあまり気にもならなかった。――そう、また八王子が昔と同じように、話題の人にならなければ……
 




玖珂は、八王子のことが全く分らなくなっていた。






「そんなに面倒が嫌いなら――どうして、フランセルと喧嘩するの?」

 八王子はその玖珂の言葉に初めて首を動かし、玖珂を見上げた。玖珂の声が一瞬、妙に甲高くなったのだ。

「紫垣さんが好きなら――、どうして、フランセルに紹介したの――?」

 好き人を諦めるため?――何を考えているのか分からない。と、玖珂は小さな声で言った。すると、八王子は玖珂を呆然と見て、しまいには、クックと笑いを零した。



「――何?」

 玖珂は眉を顰めた。





「――ノエル。お前、――何、嫉妬してんの?」

 八王子はニタニタしながら、笑いを含ませてそう言った。
心なしか嬉しそうにも見えるが――、どう考えてもからかわれているようにしか
思えない玖珂は、癇癪を起して叫んだ。


「――なんで、そうなるのよ!」



























「――で、なんで俺が門倉に呼ばれるんですか?」

 明雲高校の藤尾は、並木にバラ園へと案内されながら呟くように言った。

「――俺、部長なんですけど。部活あるんですけど」

この服装と竹刀を見れば分りますよね?と、
藤尾は竹刀を肩にかけ、剣道着の裾を引っ張って見せた。



「申し訳ない。――フィリップが、
どうしても藤尾くんじゃないと駄目だって言うもんで――」

 東の代わりに、並木が重々しく謝るものだから、藤尾は不満を飲み込んで、

「――前々から不思議に思っていたんですけど、なんで東くんは俺を門倉に入れたがるんですか・・・?」と、思っていることを並木に訊ねてみた。



「・・・」



 並木はしばらく黙りこんで、――それから、
「剣道やっている藤尾くんが、映画にでてくる侍に見えたらしい」



「――あと、フェンシングと剣道を織り交ぜた剣の部を作りたいらしい・・・らしい」と、東が考るだろうことを言った。


 ――考え方が、


「英司レベル・・・」

 藤尾はガックリと、首をうなだれた。――どうして、他校の生徒に、
しかも、こんなお坊ちゃま学校の生徒にまで好かれないといけないのだろう。
まるで二人の周防を世話しているようだ。
 どこにいようとも、気苦労はまったく絶えない――
 
地面を見て、気落ちしたように歩く藤尾に、
並木は励まそうと、「安心して。編入届けは持ってこさせなから――」と、にこやかに言った。

 それに、藤尾はパッと顔をあげて、


「当たり前だ!」

 ――と言って、ズンズン先へ歩いていった。












丸池「BBG新聞の発売日が決まったぞ、玖珂!」
玖珂「あー部長、それだったら・・・」
丸池「九月一日だ、クガツツイタチ!」
玖珂「あーだから、部長」
丸池「それまでにしっかり記事頼んだぞ、玖珂!
じゃあ、俺は顧問と話をつけてくるから」
バタンッ タッタッタッ――

玖珂「・・・部長、第一号は部長が担当だって
昨日決まったのに・・・大丈夫かしら・・・」


――BBG新聞第一号、
無事完成するのだろうか・・・ 

BBG新聞登録>http://www.alphapolis.co.jp/maga.php?maga_id=1000455


次回、犬も歩けば恋も回る!?



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