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3−5




 門倉学園高校の専属庭師になって早三十年の西氏は、
バラ園の隅にある小さな温室で、春だけに捧げる白い薔薇、
「マダム・アルディ」を見つめ、「ごめんよ」と謝りながら、優しく茎に鋏を入れた。

 バチンと鋏が鳴り、一輪の薔薇が西氏の手の内に落ちる。
――その薔薇の落ちてゆく様といたったら!
幾つもの、白く可憐なフリルと、その中心にある緑の宝石を揺らしながらも、
気品さをまったく失わない。切り落とされたというのに一向に変らない、
堂々とした装いには、胸を射抜かれるほどの魅力があり。
一度でも傍に置きたいと望めば、確実に心まで持っていかれてしまいそうだ。


 西氏はそんな彼女を大切そうに包み、すでに摘んで置いた薔薇の上にそっとのせた。
――すると、
「西さん、お邪魔します」と並木が温室に現れた。隣には東も一緒だ。

「やぁ、二人とも」
 西氏は彼女達から少し離れ、手にはめた皮手袋を脱ぎながら、
次いで「――珍しいね。東くんを連れてくるなんて」と嬉しそうに言った。
ニコニコとした西氏は東を歓迎しているようだ。東はそれに、にっこりと微笑み返して、「こんにちは」と挨拶も返した。




「生徒会の方は大丈夫なのかい?」
 と、西氏。歓迎から急激に一転して、嫌味を言っているわけではなさそうだが――、
職員室から戻ってきた京香を思い出してしまいそうだ。
生徒会室を出る前に会った、那谷がどうにか話を反らしてくれていることを、
今は願うしかない――

「えぇ、まぁ・・・」

 東は苦笑いにしながら頷いた。



 ――50代半ばの西氏は、とてもおっとした人物なのだが、
この学園には随分長く勤めているだけあって、
学園については知らないことはほとんどないだろう。
それに、なんたって理事長とひどく仲がいいのだ。きっと、東たちの事情すら、
筒抜けなのかも知れない。
――だが、東は念のために、「とにかく、大丈夫です」と言い直した。


 忘れてはいけない。東は一大決心をしたところなのだ。
それを並木に伝えるまでは、尻尾すら巻けない。
例え、明日京佳に怒られてもだ。この決心は揺らぐことはない。


――なんて東が考えていたら――、突如並木は、


「摘んでしまったんですか?」
 

と、妙に低い声で言った。眉がハの字という、いかにも不機嫌です。
と主張している顔だ。――摘んでしまった?東は一瞬、首を傾げ、
すぐに並木の視線の先に気がついた。


木から離れ、切り置かれた「マダム・アルディ」。


西氏は東よりずっと先に、並木が言っている意味を理解して、
「あぁ――、そうだよ。あともう少しだけ、摘むつもりなんだ」、
「学校中に飾るつもりでね」と、こっくり頷いていた。

 しかし、並木はそれに、ますますハの字を濃く深めるばかりだった。
美しい白い薔薇、「マダム・アルディ」を摘むことがそんなにも
気に入らないのだろうか――

「そんな顔をしないでくれよ。
彼女たちもこんな温室に閉じこもっているよりも、
人に見られる場所にいる方がずっといいだろう。――特に、彼女はね・・・」

 西氏は「誰かと一緒にいる方がいいんだよ」と、
愛でるようにアダム・アルディの花びらを撫でた。


「マダム・アルディ」は、その名の名の通り、フランスの庭師アルディが愛妻に捧げた薔薇で。容姿から香りまで、何から何まで、完璧にほど近い薔薇だといわれ由縁は、その生涯に渡る恋ゆえだとか――



「生涯に渡る恋」
 ――あぁ、なんてすばらしい響きなんだろう!
実際には起こりえない京香との甘い妄想に浸り、
東は悩ましげに溜息をついた。けれど、人よりも植物に恋する並木は、
ムスっとしたままだ。

並木にとっては、どんな理由があっても切り刻むことなんて、理解できないのだ。

 二人のあからさまな違いに、西氏は笑いを漏らした。



「――ところで、二人は薔薇を見に来たのかな?」

 西氏の問いに、並木はハッとして東を見て言った。


「――あぁ。フィリップ、秘密にしたい話って?」

「あっと、え――と、……」

 急に話をふられ、東は口篭った。それに、どうやら西氏を気にしているようだ。
聞かれたくない話らしい、東の様子を察した西氏は、

「大丈夫。ぼくはこれから理事長室にこれを届けないといけないから。
二人はゆっくりてしておいで」と、
摘んだ薔薇の束を横文字の並んだ新聞紙に包み、両腕に抱えた。
 
 そして、「若いっていいね」と言いながら、微笑ましそうに温室を出て行った。






 西氏が去るのを見送った東は、温室の奥にある椅子に座ろうと促した。そして、
二人は椅子まで移動し、深く腰をおろす。――が、それから、
しばしの沈黙が続いた。東と一緒にいて、普段ではありえない沈黙だ。
並木はどうしたのかと、横を見ると、東は前を向いて、
腕を何度か組みなおし、どこか緊張しているようだった。

「――フィリップ?」

 不審に思った並木が声をかけると、




「隆吾」

 東は覚悟を決めたかのように並木の名前を呼んだ。
それに、「――なに?」と、並木が聞くと、ごくりと東の喉が鳴り、





「京佳に告白しようと思うんだ」






 ――と、切羽詰まったようにそう言った東。
一瞬何を言い返せばいいのか分らなかった並木は、とりあえず「……そうか」と頷いた。


 何事かと思えば――、東は篠宮にようやく告白をすることを決心したのだ。
並木は、東が秘密にしたいということは、そういう事だったのか。と、
心の中でうんうん頷きながら納得した。
――しかし、決心を聞くだけなのに、なぜかこっちまで緊張させられる瞬間だった。

 東は必死になって言う。

「――なんといったらいいか……。オペラを見終わった後、京香とお茶を飲みながら思ったんだ。ずっと、ああいう風に京香とお茶が飲みたいって。――それに、構内でカップルを見るたびに、羨ましくてたまらない。――とにかく、もう我慢でいないんだ!」
 


 珍しく顔を真っ赤にさせて、並木には東が泣きそうになっているように見えた。
ナルシスト美少年も、恋をすると、ただの少年だってことか・・・。

 余裕の片鱗すらない顔を鏡で見せたら、東はどう言うだろうか、
と不純な事を考えながらも、並木は尚も頷いて、言った。

「遂にか――。もう、一年ぐらい経つんだろ?長かったな。よく今まで我慢してきた――と、褒めたい所だが・・・あの篠宮が『うん』というかどうか――」
 
 並木は、気の強い篠宮のイメージを思い浮かべる。けれど、東はそのイメージを吹き飛ばすかのように言った。


「振られたときは、一晩中フェンシングに付き合ってくれ」

 まったく振られることへの不安感さえない、意気揚々とした言い方は、自信があるのか、それともまるでないのか――
 東の予知能を持ってすら、まったく当てることができない三つの事柄は、すべて東自身のことを示している。――そう、恋・健康・未来。よく占い師は自分の事が見えないというのは、あながち嘘ではないという、東は実物証拠だ。
 ――だが、そんな事さえ知らない東は、どちらにしろ、告白しないことが一番、我慢できないだけなのだろう。並木は、ただ――、破天荒すぎる親友の恋を応援しようと思い、「付き合うよ」と頷いた。


「――それで、俺は何をしたらいい?」
 何か考えているんだろう?と、並木。東はにっこりと微笑んで頷き。言った。




「ある人を連れてきてほしい」






















 次の日、――昨日の庭での騒ぎを知っている者なら、
誰でも予想しただろう、ジャーナル部で今朝配られたばかりの新聞が、
門倉学園中を数百部も駆け巡っていた。

 授業や休み時間も関係なく、険しい顔をする者や、
面白半分の者たちが新聞の内容につきっきりで、そわそわと落ち着きを失う生徒ばかり。 

 挙句には、教師陣が、授業中に新聞を広げた生徒から没収した新聞が職員室にまで広がり。ジャーナル部や当事者たちに注意するどころか、どう伝えたのか、瞬く間に広がりつづけ――ジャーナル部新聞はもはや、学園外にまで勝手に一人歩きしていた。

 けれど、ジャーナル部の部長丸池だけは、そんな学園中を歩き回っては、
新聞を手にもつ生徒たちを見てはニヤニヤとして、
自分達が作り出した新聞の内容よりも、そんな生徒達に満足していた。そして、
どさくさに紛れ、丸池は興奮冷め切らぬ生徒教師、数名から
購読用新聞の契約までも取り付けたのだから、恐れるに入る。

 この部にこの部長あり、といったところだ。



 ――と、まぁ、学園の状況を説明するのはこの辺にしておこう。
さすがに、この物語をご覧の方もその内容が気になる頃だろう。
 通りすがりの女子生徒の手にある、クシャリと持ち歩きすぎた、
肝心のジャーナル部新聞の一面を少々拝見させてもらおう――新品を望むには、
遅すぎる時刻だ。用は、中身さえ知ることができればいいのだ。

 ちらりと長し読めば、皺の寄った新聞には――、派手に取っ組み合う生々しい写真が。ワイドショー並の記事には、こう書かれていた――

『芸術科2年八王子直衛、
国際特進科3年のジャン・フランセルの一途な純愛に対する横暴愛の激化!?



 昨日夕方、学園の放課後で騒がれた事件は、実際にそこに居合わせたのなら、ご存知だろうが、八王子直衛とジャン・フランセルの二人は、バラ園近くの庭で偶然鉢合わせし、突然口論し始めたかと思うと、首元を掴みあい――
 
 二人の男を激しく揺さぶるのは、当学園の理事の遠い親戚に当たる、国際特進科2年紫垣葉菜姫!純真な可愛らしい顔には思いもよらない一面もあるのか、当部の過去の取材では、裏で学園を支配するのは彼女だと噂する人物も多々存在する――
 
 彼女が早急にどちらか一人を選ばなければ、二人は自滅してしまうのではないだろうか?それとも、彼女は彼らの自滅を願っているのか――芸術科2年のMさんは言う。「クールな八王子くんを返して・・・」』






 ――そして、最後列には、






『暴走プリンスこと、東フィリップ生徒会会長は、暴走する恋のために争う二人をたった一言で止めた。当部は、その瞬間を捕えた。2面
 ――さすが、暴走プリンス!暴走に長けているだけあって、影響力がある!

 しかし、麗しの篠宮京香副会長との間だけは、暴走していないようだが・・・』

 


 と、激しい追及も忘れていなかった。















丸池「ねぇ、ねぇ。購読新聞ってもっと内容がすごいんだよ。きわどいのも載せているしさ、購読してみない?」
女子生徒「本当ですか?」
丸池「本当だよ。ネタ情報いっぱい、裏情報いっぱい。購読しても損はしないよ」
女子生徒「えーでも、高いんじゃないですか?」
丸池「そんなことないよ。一度購読してみると色々と分るよ・・・」


 ――こうして、契約したのか、丸池!?
次回、真実はどこへ・・・



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