3−4
「御手洗くん、掃除は終ったかい?」
顔を出した東は、小さく屈んだ御手洗を見下ろしてそう言った。
「――はい、たったいま」机を磨いた紙を、きっちりとゴミ箱の中心から落して、
「会長、篠宮さんなら出て行かれましたよ」
と東が言うだろう台詞を早々と言った。
「あぁ、知っているよ。――それより、隆吾はどこにいるか知っているかな?」
東は生徒会室を見まわしながら言った。東、御手洗とは
同級生の並木隆吾は、生徒会美化委員だ。
御手洗は立ち上がって言った。
「並木くんなら、庭師の所ですよ」
立ち上がっても尚、東よりも十センチ低い御手洗は、
――きっとそこにいるでしょうと、窓の外に見えるバラ園の方を向いた。
確かに、いつもの並木なら確実にそこにいてもおかしくはないだろう。
東は「――バラ園か。分った、行ってみるよ。ありがとう」と片手を上げた。
それに、御手洗は「どういたしまして」とぽつりと頷いて、
何事もなかったかのように席に腰を下ろした。
これから、また会計の仕事でもするのだろう。
東はサッと身を翻して、扉へと向かった。そして、扉をガチャリと開けて、
廊下に出ようと一歩前に足を出したら、東の胸に柔らかい何かがぶつかり、
キャッと悲鳴が低い位置から聞こえてきた。
「――おっと、失礼」
ぶつかった衝撃で後ろへ身を揺らした女子生徒の肩を、
東は優しく掴んでで、倒れないようにとグッと手前に引き戻した。
女子生徒は顔をあげて、恥ずかしそうに言った。
「会長!ごめんなさい、扉が開いたのに気づかなくて――」
東は、彼女が手に持った分厚いファイルに目を落とした。
彼女、――風紀委員の那谷朋江は、そのファイルの中身を見るのに
夢中になっていたようだ。
東は「気にしないで」と眩しい笑みを浮かべた。
「――でも、どうしたんだい?帰ったとばかり思っていたよ」
「ニンファーアの劇団の皆さんとお茶をしていたんです」
収穫が一杯ありました。と、那谷は嬉しそうに言った。
――そういえば、ニンファーアの中に、ブロンドで海のような青い瞳をした、
顔立ちのいい少年がいたような気がする。那谷の「ニンファーアの皆さん」というのは、その少年をただ一人を指しているのだろう。
顔中をキラキラとさせて、――まるで、ネタをノートに書き込む、
ジャーナル部の玖珂のようだ。
那谷はジャーナル部の玖珂ように、しょっちゅうガッツリなどしていないが、
どうも一部のアイドル的な美少年に対しては例外らしい。東は大分前に、那谷の、そういう噂を聞いたことがあった。
東の気のせいでなければ、生徒会に入ってしばらくは、那谷の熱っぽい視線を感じたことがあったような、なかったような・・・
もっとも、それが東の勘違いでなければ――の、話だが。
那谷は少し、生徒会室を気にしながら言った。
「京佳に用があったんですけど・・・もう帰りました?」
「いや、まだだよ。今、職員室に行っているから、すぐに戻ると思うよ」
東がそう答えると、那谷は「じゃあ、帰ってくるまで待っています」と頷き、東が外に出ようとしている様子を見て、すかさず言った。
「会長、どこかへ行かれるんですか?」
「バラ園にね。隆吾に話があって――」
今から行く所なんだ。と東。那谷は、だったら――、
「庭を横切るときは、隅を通った方がいいですね」と言う。東は首を傾げた。
「――どうして?何かあったの?」
「喧嘩が――。また、ジャンと直衛くんが喧嘩しているんですよ。
ちょうど、カフェテラスの近くで――、本当に怖かった」
那谷はファイルを胸に抱えて、不安そうに言った。
「また、――かい?例のアレ絡みかな・・・」
「多分そうじゃないですか?二人の雰囲気が悪くなったのって、葉菜ちゃんとジャンが付き合ってからですし――」
最近、門倉高校ではバトルBゲームと、純愛がブームとなっていたのだ。まるで火がついたように、中等部から高等部まで、誰々が誰かよ付き合ったという話は後を絶えない。――そして、そんなブームの中でも、ジャン・フランセルと八王子直衛の仲たがい抗争は、ひどく話題となっていた。
東はぼんやりと思いながらつぶやいた――
「純愛かぁ・・・。京佳も、その気にさえなってくれればなぁ・・・」
「――会長、何か言いました?」
全然、聞こえなかった。と那谷。東はにっこりと笑った。
「ううん、なにも。――それじゃあ、止めにいってくるよ」
「えっ?」
並木くんに話をしに行くんじゃあ?と問う那谷に、
東はサラサラの髪をなびかせてみせた。
「僕が行かなきゃ、始らないだろう?」
カフェテラス近くの庭まで来ると、そこは生徒の人だかりができていた。
五メートル近く離れていても見て分るほど、背の馬鹿でかい並木が、フランセルと八王子の両手首を軽々と掴んで、二人を無理やり引き離そうとしていた。
フランセルは白い顔を真っ赤にさせて、口の端が切れている。
八王子の方は長い前髪に隠れて、顔の様子が見て取りにくいが、どうやらこちらもフランセルと同じように顔を真っ赤にさせているようだ。
それに、パチパチッとシャッターの激しい音がする。探さずとも近くにジャーナル部がいる証拠だ。明日はもっと大きな事件として学校中で取り上げられるのが目に浮ぶ。
東はフッと笑った。
エンターテイナーは果たして、喧嘩の当事者、フランセル、八王子か。
ネタに飢えたジャーナル部か。
それとも、――生徒会長、東なのか・・・
東は楽しくて、笑いが止まらなかった。
そして、お門違いな笑い声を聞いて、東の登場に気づいた生徒たちは、
スッと道を開けた。――かの有名な十戒のモーセがやってのけた、海をひらけたようだ。
東は生徒たちがつくった道を優雅に歩いて、言った。
「やめたまえ、やめたまえ。素手で殴り合う喧嘩なんて美しくない!
――どうせやるなら、フェンシングで決闘すればいい!」
剣を貸してあげるから、明日の昼休みにでもどうだい?いい余興になるよ。
と、東はにっこりと二人を見た。
フランセルはどうやら相当カッとなっていたようで、ハッと取り囲む周囲に気がついて、キョロキョロと顔を左右に振りだした。八王子はチッと舌打ちしている。
東の発言とともに、周囲を自覚した二人は、戦意がまったく失せて、――どうやら、喧嘩はお開きとなったようだ。
腕を開放された八王子は、何も言わないまま俯いて、
走るように校舎へと歩いて行った。八王子はあまり、目立つのが嫌らしい。
そして、フランセルといえば――、まだ首を左右に動かして、必死に誰かを探しているかのようだった。
東は、そんなフランセルを無視して、でかでかと突っ立った並木に歩み寄った。
「ご苦労様。君がいなければ、もっと大惨事になっていたかもしれない」
褒めの言葉を言ったのに、並木は心配そうな顔をした。
「どうってことない。そんなことより――フィリップ、
煽るようなことを言って・・・本当に決闘したら、どうしていたんだ?」
今日はなくても、明日は血まみれになっていたかも知れないと、並木は言っているのだ。けれど、並木の言葉に反して、東はクスクス笑った。
「――どうしていたって?どうもしないよ。止めても、やめないのなら――本当に決闘させたまでさ」
まっすぐ並木を見上げた東の瞳は、本気らしかった。
並木は時々、親友である東に対して、異様なるぬ不安感を覚えることがあった。
それは、恐怖からくるものではなく――確信めいたことからくる不安感だった。東が言うことは、まるで初めから知っていたかのように、実際に起こることが多かった。
当然、外れることもよくあるのが――しかし、三つの事柄以外は、よく頻繁に当ててみせた。一種の予知能とでもいっておこう。東が言うギョッとするような発言なんて、並木にとっては珍しくなかった。
けれど、どんな予知能があっても、東がそれにまったく気づいていなかった。
不思議なほどに、その能力に気づかないのだ。もしかしたら自分自身の美しさにしか興味がないというのもあるかも知れないが――きっと気づかないことは、神様が与えてくださった東への褒美なのだろう。
並木は少し抜けた親友が、間違った思考を持って、これ以上暴走しないでくれることを心から願っていた。だから、東には決して気づいて欲しくなかった――
「大概にしておけよ」
低めの声で並木がそう言うと、東は「?」――と、首を傾げた。
並木の心配は、永久に東には分らないだろう。それがいい事なのか、悪い事なのかは――本人のみが、ずっと先で知ることとなるだろう。
いつの間にか、走っていったフランセルと、散っゆく人ごみを見て、
東は言った。
「――そうだ。君に秘密にしたい話があってね。立ち話もなんだから――そうだね、
君の好きな庭師の所にでもお邪魔させてもらおうかな」
柔らかいパーティドレスに包まれた、甘く薄づきの杏色の薔薇、
「フレグランス・アプリコット」が咲き乱れる園に、まだ春には早いと、冷たい風が吹きつけた。
皆様 申し訳ありませんでした・・・
重大なミス発覚。
第3−3話で
門倉高校ジャーナル部部長「丸池 晴哉」、 生徒会美化委員「並木 隆吾」
うっかり、名前を入れ違えていました。
これからは、こんな微妙な間違いないように頑張りたいと思います。
そして、七月はアクセス数が1,000を越えました。約半年以上にして、もう感激の嵐です!!
皆様のおかげで、作者は日々バトルBゲームの構想を
練るのが楽しみで仕方ありません!!
どうか、引き続き応援よろしくお願いします!!
次回、「フレグランス・アプリコット」を見て何を思う!?
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