3−3
「・・・よし、これである程度は納まりそうね」
青い破線の上に、玖珂は水色のペンで自分のサインを付け加える。
ジャーナル部では、あらゆる記事を纏める係りを分担していて、
ちょうど今月は玖珂がその係り。
印刷後には、消えてしまうサインでも、
玖珂達の後々ジャーナル部に入る者たちに、
誰が纏め作ったかを知らせるためにサインをしているのだ。
いわば、一般の生徒には見ることのない足跡だった。
「ノエル、この写真どこに貼るの?」
アンドレは、東と篠宮の写真の束を机に置いて言った。
「そっちは校内新聞用よ。ビデオは、後で部長にメールで送ればいいから」
「じゃあ、購読用には載せないの?」
「載せたって――、オペラの感想じゃあ読者から反感買うわ」
「――ねぇ、ノエル。どうしてうちの学校、二つも新聞があるの?」
新聞は一つでいいじゃないか、と言うアンドレ。
玖珂はつぶやくように言った。
「――それは、もうじき分るわ」
アンドレや他の部員が撮った写真を手探りで見ていると、
広い机の端に置いた手帳が肘に当り、床に落ちてしまった。
玖珂は落ちた手帳に手を伸ばす――
「ノエル、何見ているの?」
弟のアンドレが、玖珂が拾い見ているものを覗き込んだ。それに、玖珂は
「――パパたちから」と、アンドレに絵葉書を手渡した。
荒野の地平線に沈む、赤く色づいた大きな夕陽。
表には一言だけ、「身体には気をつけろ」という走り書きしか書かれていない。
実にシンプルな手紙だ。
アンドレは何も言わずに、絵葉書を玖珂の手に戻した。
――彼らの父玖珂昴と母エリアーヌは、
フリーのジャーナリストで、世界各地を飛び回っている
多忙な夫婦だった。玖珂姉弟は父親の祖父に預けられ、
日本で過ごしているが、いつの日か両親のように、
――いや、それ以上になりたいと思っていた・・・
「――今、どうしているのかぐらい、書いてくれてもいいのにね」
玖珂は悲しそうに目を細め、ぽつりと呟いた。そして、弟のアンドレは
黙ったまま、そんな姉を見つめた。
――姉は強い。
両親を知らない兄弟は、両親への尊敬以上に、
新聞というものに救われた事実が大きかった。取材する時、記事を書く時、
どんなに心が安らぎ弾むのか、計り知ることはできない。
家に帰っても、両親には会えない、
だったら両親と同じように真実を探しにいけばいいと
姉に手を引かれ、始めた新聞作りが、今では生き甲斐といえるほど、
楽しくで仕方がないのだ。
兄弟にはこの道しかないと確信さえ持っていた。
だから、疎まれても罵られても、人から得た情報を
自分なりに解釈して、新聞する。悲しむよりもずっと先に、動き続けている。
新聞は、姉の強さの象徴だとアンドレは思っていた。
幼い頃、小遣いを積み立ててまで、カメラを買い与えてくれた姉は、
今でもアンドレにさえその強さを分け与えてくれる。
泣き虫だったアンドレとは違う、常に芯の強い瞳で世界を捉え、
――悲しい時だって、嬉しい時だって、
その強い瞳からは涙は流れ出たためしがない。いくら悲しそうな顔をしたって、
「感動泣き以外はしない」と言うだけ。寄りかかれるほどの肩幅があっても、
姉はけして頭を預けようとはしなかった。
――だったら、どんな状況になろうとも、
アンドレだけは姉の味方でいようと、傍にいようと思っていた。
弟では叶わない――いつか、姉を支えてくれる人が現れるまで――
「――いつものことだよ。面白いものでも見つけて、
夢中で追いかけているんじゃないかな。
……絵葉書が来るんだから、心配いらないよ」と
姉を励ますつもりで言った。だが、玖珂は
「――だったら、いいんだけど」と気のない返事を返すだけで、
また写真を見つめ、しんと黙りこんでしまった。
けれど、アンドレはこれ以上何を言えばいいのか、思いつかなかった。
姉とは違い、アンドレはひどく口下手なのだ。こういう時ほど、お喋りな人間が羨ましい。気の効いた事さえ言えないなんて・・・
支えると誓った自分が情けないと落ち込むばかりだった。
そうして、アンドレが必死に頭の中で色々と言葉を模索して、
どうこうしていると――
バンッと五月蝿くジャーナル部の木扉が開き、
雷鳴のように飛び込んできた生徒が叫んだ。
「玖珂!特ダネだ!」
よく通る声で、――カメラ持ってすぐに来い。と、
ジャーナル部の部長丸池晴哉が叫けんだ。そして、呆然と丸池を振り返ったアンドレの隣、玖珂は絵葉書を手早く手帳に挟んで、言った。
「了解!どこで起こっているの?」
「校庭。芸術科2年の八王子直衛と、国際特進科3年のジャン・フランセルが喧嘩している。――明日の一面はこれで決まりだな!」
「八王子くんとフランセルが――、またぁ?」
「例のアレで喧嘩しているんだ、こりゃまたジャーナル部の株が上がるかもな!」
丸池はにんまり笑いながら、先に行っている、遅れて劇的瞬間を撮り逃がすなよ!と
念の押して、扉を開けたまま走っていってしまった。
「例のアレ・・・」
数秒、玖珂は深く考え込んだ。
――今、門倉学園高校では他の三校と同様、謎に満ちたバトルBゲームは
ひどく話題となっていた。生徒教師の間でも、ガセネタや真実を含め、
ゲームに関する話が絶えることはなく、ジャーナル部でゲームの話題を
新聞に載せさえすれば、それなりの生徒教師の指示を得ることができた。
まさに、バトルBゲーム様サマだった。
けれど、門倉ではゲームだけでは飽き足らず、
もう一つ話題になっていることがあった。
それは――・・・
「――幕開け・・・ってとこね。丸池部長の言うとおり、遅れたら大変だわ」
アンドレは姉が笑ったのと同時に、パッと一眼レンズが納まった
カメラケースの紐を首にかけ、フィルムケースの入った箱を開け、
予備のフィルムを腰に引っ掛けたポーチに補充する。
そして一方の笑った玖珂は、手帳とペンを制服の胸ポケットにしまい、
部室の壁にあるホワイトボードに大きく「校庭」と書きこんだ。
他の部員への配慮も忘れてはいけない。
キュッとマジックペンの音を鳴らして、きちんとサインも忘れずに書く
――NOEL
「ノエル」
用意ができたと言ったアンドレに玖珂は頷いて、二人は急いで部屋を飛び出した。
その頃、生徒会室では、パサパサとした黒髪の、
それも眼鏡をかけた生徒が自分の机の上を綺麗に磨いていた。
――いや、失礼。殺菌消毒していた、といった方が正しかった。
眼鏡の生徒――御手洗翔は、几帳面で、なにより潔癖症なのだ。一日に何度も、
自分の使うものは殺菌除去しなければ気がすまない、典型的な潔癖症だった。
しかし、そんな性質を持ってしまった御手洗も、
会計委員としては働きがよく。御手洗が会計になってからというものの、
データは過去十年に渡るまで、完璧に生理整頓されている。だから、生徒会役員は「御手洗はちょっと――、ほんのちょっとだけ神経質なんだ」というだけで収めていた。
――間違っても、本人に「ちょっと、やりすぎじゃない?」なんて言ってはいけない。
今年卒業した先輩の一人が随分前に、御手洗に軽い気持ちで、
「お前、度が過ぎて逆に気持ち悪い」と言って、
一ヶ月近く御手洗は学校を休んでしまったことがあった。
それはいくらなんでもひどすぎるのではないか、と同情した生徒会役員たちが、
「お前が悪い」とその先輩を責め続けていると、
当の先輩の元に退学通知が送られてきて――
当時の生徒会長と共に御手洗家にまで謝りに行ったおかげで、
なんとか退学騒動も丸く収まったものの、
権力という恐ろしさを心底思い知らされた出来事だった。
それからは、「御手洗は几帳面で、潔癖症で、傷つきやすい」は、他の生徒には知られてはいない生徒会の教訓になっていた。触らぬ神に祟りなしだ。
そして、そんな奇妙で恐ろしい教訓を生んだ御手洗は、今現在、
息を潜め、体を机と同じ位置まで屈めて、埃や指紋がないか確かめていた。
――なんて、無謀な行為!
教訓さえ忘れて、何か言いたくるような光景だ。
だが、生憎、生徒会室には御手洗ともう一人しかいなかった。
――そう、体を屈める御手洗のすぐ手前で、
何食わぬ顔をして、御手洗の潔癖症すら気にするでもない、
東がヒョッコリと屈む御手洗の前に顔を出した。
次回、
渋川「ちわぁーす!!五代目、
ただいま戻りました」
鳴滝「・・・・・・」
岸辺「――渋川さん!!
入院していなくていいんですか?」
渋川「つい、こないだ退院になったんだよ」 ボソッ
岸辺「そうだったんですか、
よかったじゃないですか!!
――でも、ギブスしているってことは、
まだ治っていないんじゃあ?」
渋川「まぁな・・・」チラリ「――五代目、」
鳴滝「・・・・・・」
――スタ スタ スタ スタ・・
岸辺「――あっ、若!?待ってください」
「骨折スターニッキ」http://89luxxx.blog39.fc2.com/blog-entry-10.htmlもよろしく!?
・・・・あれ、次回は?
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