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3−2

 




手に持つメモ帳に、真ん丸とした目を向けながら
ペンを走らせる姉の玖珂ノエル。こちらをじっと撮り続ける弟の玖珂アンドレ。
――姉の方は春から高等部二年で、弟は確か、まだ中等部だったはず。


門倉学園は、十字路きっての高中一環学校でもあるのだから、
中等部と交流があるのは喜ばしいことだ。
しかし、この兄弟には篠宮も東同様、相当手を焼いているのだ。


篠宮は弟のアンドレの持つ、デジタルカメラをその華奢な指で名指しして、

「・・・それを見れば、分るわ。誰が取材をしてもいいと許可したのかしら?」
 と、付け加えるように「下ろしなさい」と言った。
すると、玖珂ノエルは、驚く速さで機転を利かせた――

「東会長」

「ん、なんだい?――マドモワゼル、ノエール。」
 篠宮との会話が途絶え興味を失い、
生徒会室に置かれた大きな丸い鏡を眺めていた東は、玖珂の呼びかけに気軽に応じた。
玖珂は、それに万遍の笑み浮かべ何の隙も与えずに言った。

「こんにちは、東会長。ジャーナル部の一記者として、
イタリア演劇団、ニンファーアの卒業公演の感想などいただきたいのですが、
取材してもよろしいですか?」
 ――と、さも自然に、許可を取ろうとする玖珂。



篠宮はハッとして、「フィリップ!」と叫ぶが――言わずもなか、東は、
「かまわないよ。僕は一年中撮られて困ることなんかないからね」
 と、きらきらと髪をなびかせた。
 
彼、東フィリップは誰彼認める、ナルシストなのだ。
美しいものは世界に自分と母親、姉妹だけだと思っている、
門倉学園高校の馬鹿。明雲高校の周防並といえばいいだろうか。
成績だけは恐ろしくいいのに、その性格ときたら、
まったくもってもったいないというか――



「――だ、そうです。篠宮京佳副会長」

 許可はたった今、会長から得ましたよ。お聞きになりましたよね?
と嫌味のように言い、恐ろしいほど無邪気に微笑む玖珂に、
篠宮は頭に浮んだモヤモヤとした軽蔑の言葉を飲み込んだ。
 

 咄嗟に、篠宮京香が言うべきではない言葉を言いそうになったのだ。
もしも、その言葉を少しでも声に出して言おうものなら――、
明日のゴシップ記事は篠宮のことがデカデカと飾っていたかもしれない。

――門倉学園高校のジャーナル部は、いくら生徒会の役員でも舐めてはいけない。
彼らは叩くところは、ピシャリと叩きつけ、出た埃を隅々まで掻き集め探求する。
いわば、現代ジャーナリズムに乗っ取って構成された、正当派ジャーナル部だ。
世に出回るジャーナリストのエリート予備軍とでも思えばいいだろう。
 

 結局は、華やかな生徒会副会長というイメージが崩れて困るのは、
篠宮の方なのだ。


「……」


 ――また、やられたと、心の中で毒づく篠宮。玖珂の巧みな話術戦法には、
毎度ながら苦い思いをさせられてばかりだ。
これで、また東は生徒会の仕事をしなくなる。

 彼らを舐めてはいけないのが――、それ以前に、
所詮ジャーナル部など、一部活動に過ぎないのだから、
最終手段として部費を削減すると圧力さえかければ、無理にでも
取材制限できるというのに・・・


 それができないというのは、――何を隠そう、生徒会長である東が原因なのだから、
生徒会としてはこれ以上どうしようもないのだ。

 篠宮は好みではない、ミルクの入ったアールグレーをごくりと飲み込んだ。

















 ――それから小一時間ほど、あらかじめ用意していたのか、
質問を、冗談を交えながら立て続けにし、
スラスラと東のスピーチのような感想を手帳に書き込んでいた玖珂は、

「――ところで、東会長。この春休みは、
会長の故郷であるフランスに帰郷なされるとか。
どのくらいフランスに滞在なされるのですか?」と、話を一転させた。

「話が早いね。公演とは関係ない話だけど、僕は答えるよ!
残念ながら、フランスには帰郷しないんだ。
今年は色々と忙しくて、時間がないからね」

「でしたら、バカンスもなさらないということですね」

「そうだね、日本だったらいくつかまわろうとは思っているけど」

「そうですか、日本のどこに行かれるつもりですか?」

「車で行ける範囲だね」
 別荘もあるからね。と言う東。

「ハワイ近くにも、別荘をお持ちじゃなかったですか?」
 と、玖珂。東は「よく知っているね」と感心しながらも、
首を横に振る。「あぁ・・・持っているよ。でも、行く予定はないなぁ」
「やはり、時間があまりにないので・・・」



 
「――フィリップは飛行機が苦手なのよ」
 篠宮は腹いせとばかりに、横槍を入れた。それにペンを止めた玖珂は、聞き返す。


「――苦手?」


「ちょ、ちょっと、京佳」
 東は慌てて、これ以上話させないようにと口止めしようとするが、
篠宮は面白半分で言った。

「ちょうどいいじゃない。滅多に聞かれることもないんだし、
聞かれて困ることもないでしょ?」

 一年中撮られても困らないんだから、と篠宮。
東は情けない顔をしながら首を横に振り続けた――が、
玖珂は面白いといわんばかりに、篠宮が投げたネタに食らいついてきた。
そして、東など気にすることもなく、篠宮の机に駆け寄る。

「苦手な理由とは――、何ですか?」

 目をギラギラさせて聞く玖珂、調子をよくした篠宮は
「いいわ、教えてあげる」と、微笑んだ。

「小等部の頃、アフリカのジャングルで4時間ぐらい、
旧型の飛行機の中に置いてかれたことがあるんですって。
なんでも、お姉様にライオンがいるかも知れないから、ちょっと待っていろと言われて、そのまま四時間も忘れられたままだったとか。
それから、飛行機の臭いが駄目なんですって。――あと、ジャングルも」


 玖珂はさっきよりも倍の速さ、書き進めながら言った。
「――だったら、どうやってフランスから日本に来こられたのでしょうか?」

 篠宮はカップを軽く指で押した。カタンッと陶器の綺麗な音が鳴った。

「客船よ」

「ロマンがあってよかったよ」と、東は誤魔化すようにうんうん頷き、
二杯目になるアールグレーを篠宮のカップに注ぎ込んだ。
「へぇ・・・会長は飛行機、ジャングルがダメと、
――他にはありませんか、篠宮副会長」

「そうね――、取材を今すぐ打ち切ってくれるなら、もう一つだけ」

「京佳!」
 東が叫んだ。篠宮は玖珂には見えないように口元を覆い、
「私に任せて」と言っている。――そして、その目の前では、
アンドレはちらりと姉の様子を伺っていた。


 どちらが得か損か見極めているのだろうか、
ペンを咥えてじっとどこか宙を見つめている。

 アンドレは知っていた、姉のノエルは、そういう考えを巡らせるのが特別上手いのだ。 今まで外したことは、ほとんどなく、
この数秒とも満たない時間で、それだけの判断ができるのは一種の才能だろう。
 

 彼女ほど、ジャーナリストに向いた人物はいない!




  ――束の間が過ぎ、答えを決めたといわんばかり、
玖珂は視線を篠宮に戻し、ペンを握り直した。

「――分りました。オペラの感想は頂きましたし、
今日はこれまでにします。でも、とっておきじゃなければ、帰りませんよ」
 
 さっきまでとはまるで違う、ジャーナリストの目で玖珂は言った。妥協は許さない。


「あなたって、本当に嫌な子ね」

 とてもじゃないけど、友達にはなれそうにないわね。
と篠宮は玖珂に応えるかのように、厳しい口調で言った。しかし、

「そういうことは、言われ慣れていますから」と、
平然と笑う玖珂。大胆さに加え、肝も据わっている。
向かうところ敵なしとでも言われているかのようだ。

 お坊ちゃん、お嬢様ばかりのこの学校に、こんな生徒がいたなんて――と、
驚きながらも、篠宮はそれ装う振りもなく、冷静に言った。


「フィリップのプライベートのことは、
さすがこれ以上言えないけど、バトルBゲームのことなら・・・」






次回、
玖珂「ちなみに、――会長と副会長は付き合ってどれく   らいなんですか?」
東「ゴホッ!?マドモワゼル、ノエル。
  僕たちはまだ・・・」

篠宮「玖珂さん、悪いけど、私の理想のタイプは
   別の高校にきちんといるの」
東「きょ、京佳・・・」

玖珂「副会長のタイプは、他校にいると・・・」
(カキカキ)


          はやくも、恋も話も前途多難!?


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