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バトルBゲーム
作:佐屋 有斐



2−6






今朝からずっと、鳴滝は診察室の丸椅子にでかでかと座り、
腕を組んでひたすら何かを考え込んでいた。



 中国に旅立つ前、稲田氏から掃除のためとに与えられた、
予備の鍵で稲田医院に入り込んだ鳴滝。学校を無断でサボっているのだろう、
この町の情報網に長けている稲田氏が知れば、即刻医院に
立ち入り禁止となるところだ。
しかし、鳴滝にはそうも言っていられない事情があった。


 せっかく顔がいいというのに、額に皺をよせ、
色男を台無しさせているその原因は、
 そう、すぐベッドに横たわっていた……

「ううぅ……」
 悶え苦しむように顔を両手で覆い、情けない声をあげるトド。
よくよく見れば、顔が赤く晴れあがっている。それに、所々から出血や青痣まで――
鳴滝はどうしようかと悩んでいたのは、これだった。





 つい昨日、鳴滝に逃げられ、地面を踏んで怒り狂っていたトドは
腹の虫が納まらず、散々考えた挙句に、家にまで押しかけようと、
朝早く鳴滝家の前まで来ていた。
だが、鳴滝家の事情などまるで知らなかったトドは、巨大な門構えと、
その只ならぬ威圧感にチャイムを鳴らすか躊躇って、
家の前をウロウロと徘徊していた。
 
――ちょうどその時、トドを見つけたのは、水撒きをしようと
表に出てきた舎弟のそれまた下の舎弟。
ほんの少しまで、そこら辺の街でチンピラをやっていた男だ、まだ血の気が多すぎて、
とてもじゃないが冷静に話を聞くなんてできやしない。
そして、それに付け加えるように、これまた運悪く、
トドは学校指定の運動着ではなく、自前の野暮ったい黒いジャージ姿で、
行動から服装まで何もかもが不審者だと疑われるのに無理はなかった。


 こうして、不運と不運は見事に重なり合い、
舎弟の舎弟はトドの胸倉ひっつかんでどうこう言わせる前に、
トドをボコボコにしてしまったのだ。

 偶然、朝一の用で訪ねてきた肇が止めなかったら、
トドは切り傷と青痣だけではすまなかったかも知れない。
 ――そう考えると、鳴滝は溜息ばかりが零れる。



 舎弟の教育なんぞ、鳴滝には関係ないと鷹を括っていたのに、
今度ばかりは締めずにはいられず。鳴滝一家の若頭に蹴られた舎弟は、
深々と散々トドに謝ったが、あんなに殴られたのは初めてだったのだろう、
当のトドは悲鳴をあげて鳴滝の後ろに隠れるだけ。
怖がって、舎弟の言葉にも耳を貸さなかった。
 こうした事情で、鳴滝家で介抱するのは限度があると、
肇の提案でトドを稲田氏に連れてきたのだが――、
 ベッドで声あげるトドを見て、今更なかったことにしてくれとは言えない鳴滝だった。


「悪かった、――本当に悪かった」



「ううぅ……ううぅ……」



 さっきから、何度鳴滝が謝っても、トドはすすり泣くように顔を両手に埋め、
いつものようなうっとうしさがまるでない。 
 やはり、相当なショックだったのだろう。

「慰謝料は当然支払う。――他にも何かあれば、何でも言ってくれ」


 望みがあれば言ってくれ、という鳴滝。
何でも金で解決するのは嘆かわしいが、世の中は結局は金で解決できてしまうもの。
鳴滝一家にしてみれば、金を出して事を首尾よく終らせるなら、
いくらでも惜しみはしない。警察がらみにさえならなければいいのだ。

「必要であれば、毎日車で送り迎えをしたっていい。お前さえ、許してくれるのなら……」


「――慰謝料も、車もいらない。ただ――」

「――ただ、何だ?」

 ベッドに身を屈めて小さな声で優しくトドに聞く、
普段ならありえないことだ。トドは言った。

「鳴滝、貴様が毎日サボらず部活に来るなら、今日のことはなかったことにする」

 試合という試合に必ず出るというなら許すと、大胆にも鳴滝の弱味につけこんできた。
 ――だが、鳴滝は嫌だとは突っぱねるわけにもいかない。

「……つっ」
 まったく、余計なことをしてくれたものだ。
 トドを殴りさえしなければ、鳴滝がラグビー部に浸ることもなかっただろうに。
舎弟を恨みながら、鳴滝は静かに言った。

「――都合が悪くない限り、必ず行くとお前に誓う」

 肩を落として、半ば諦め気味にも見えるが、
男が一度言ったことは曲げないと、決心の固さだけはその強い眼差しが物語っている。
 トドはバッ身体を起こして、鳴滝を見た。

「その言葉に嘘はないな?」

 ただれるように赤くでこぼこになった顔で見られると、
ひどく痛々しい。怪我など見慣れているが、これは喧嘩で受けたものではない。鳴滝は頷いた。

「あぁ」 




「――なら、さっそく今日から実行してもらおうか!」
 















「うわぁあ、これはまた凄いね。どうしたの?」

 百武はトドの悲惨な顔をまじまじと見て言った。他の部員達も、
一体何があったのだろうと興味本位でトドの周りに寄ってきて、
むさくるしい群れがあっという間に出来上がった。

「自己練を少しやりすぎてな、皆も気をつけろよ!」

 明るくそう言ったトド、どうみたって殴られたものだとは思うが、
トドなりの気遣いだろう。
 しかし、それが嘘だとは思わないラグビー部員達は
「うっす!」と頷き、百武は「アハハ、トドちゃんらしい!」と笑った。
 

 ――彼らほど、陽気だったらどんなにいいか……

 少し後ろの方で突っ立っていた鳴滝は、無言でトドたちの横を通りすぎ、
緑のグラウンドに立った。
 




 葛岡高校にはサッカー部や野球部というポピュラーな部活は存在しない。
いや、遠い昔にはあったそうだが、ラグビーや柔道、空手という
熱すぎる部活に部員を取られ、惜しくも消えていってしまったのだ。

 他にあるといえば、科学部や化学部といった理系のクラブだけ。
少ない部活数の分、部費はすべて強い部に持っていかれ、
葛岡最強の部活ラグビー部は、ついに芝生付きのラグビー専用グランドまで
作ってしまった。どしゃ降りの雨や調整日を除けば、一年中開放状態だ。しかし、一方の最弱の科学部は、少ない予算でちまちまと遣り繰りしているという――
なんとも、偏った部活編成だった。

 だが、ただ単にラグビーが優遇されているのではなく、
それには実力という確固たる事実があるのだから、誰も文句は言えない。
 鳴滝自身も去年の試合にその確固たる事実に協力させられ、
実力というものには、それなりには納得していた。
 最も、だからといってラグビー部に入るつもりなどまるでなかったが……
 
 しかし、ついさっき誓ったばかり、気を取り直そうと鳴滝は前髪を掻き揚げた。



  ――それにしても、がっちりしながらもモデルのように
すらりとした白いジャージ姿の鳴滝は、なんてかっこいいのだろうか!
 同じ男でも、こうも違うものかと、50人近くいるラグビー部は
揃いも揃って鳴滝の後ろ姿に溜息した。




「――何だ?」
 




次回、
トド「さぁ、練習だ!!
   まずは、ストレッチから始めるぞ!!」
ラグビー部員達「うっす!!」
トド「一、二、三、四・・・声が小さい!!」 
ラグビー部員達「うっす!!」  
百武「――それ、僕の役目!!」

 

   慰謝料代わりの約束。さぁ、守れるのか鳴滝!? 












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