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2−5




苺が俺の姪っ子だとはっきりと自覚するようになったのは、
津幡のじいさんの葬式で、津幡の親父がふと
「俺の子供とは、何があっても結婚するなよ」
 と言っていたことを思い出してからだった。

 あんな場所で、あんな引っ掛かる言い方をすれば、
まるで「血が繋がっている」と言っているようなものだ。
いくら子供でも、不審に思い聞き返してしまうだろう、
「――どうして?」と。

 ――だが、生憎当時の俺は、聞き返しもせずにただじっと津幡の親父の黒い眼を見つめ、口を噤んだ。
 聞いてはいけないと分っていたのか――
 いや、俺はそんなに勘が鋭い子供ではなかった。
単純に、津幡の親父が詰めた言葉の意味よりも、もう二度とじいさんが詰めることのない駒の重みの方が、
俺には重要だった。そうだ、結婚してはいけない理由など、俺にとって何の価値もなかった。


  なら、なぜ親父の言葉を思い出したのか・・・

 それは、きっと苺が甘えるように擦り寄ってきたからなのだろう。
 あの可愛らしい手が、俺に向かって伸ばされる度、触れてはいけないと思ってしまう。
抱きつかれる度に、そこにあるのはどういう感情なのか、疑わずにはいられなかった。
 そして、まだ小さいと分りながらも、矛盾した感情を持つのはなぜなのかと考えに考えた挙句に、
思い出したのが親父の言葉だった。

 でも、それを思い出したからといって親父に詰め寄るつもりは毛頭になく。扉は鍵をかけたまま、
手をかけることもなく昔と同じ場所にあると自覚するだけ。鍵さえ開けなければ、何も変りはしない。
 ただ、苺に近づいてはいけないと今まで通りに思っておけばいい。この世界で、大きな変化を起こしたいとは
思わない。この世界をこれ以上悪化させたくない。

 ――だから、閉じたままでいい。閉じたままでいいんだ。
ただ流れるだけの血は、嫌いだから――  












「おーい、何か飛んでこなかったか?」
 紙を拾い上げた鳴滝の背に、大声で誰かが呼びかけた。
 ――いや、誰かというのはおかしいか。こんなに野太く妙に晴れとした声は、笹井先生しかいない。
 中身に一通り目を通した鳴滝は頷いて、紙をスッと差し出した。バトルBゲームという文字がデカデカと見える。

「――これか?」
 と鳴滝が言うと、見られて相当ショックだったのか、顔真っ青にした笹井は、バッと紙をひったくり、
くしゃくしゃに丸めて口の中に放りこんだ。
「んっ」
 頬いっぱいに詰めて、「どうだ、見えなくなっただろう!」とでも言いだけだ。
鳴滝はそんな笹井を見てゲンナリとする。隠したい気持ちは分るが、どう見ても怪しすぎて・・・

「逆効果だ」
 溜息をついてそう教えてやると、笹井先生は慌てて口の中から取り出し、大きく広い背に隠した。
 そして、咄嗟のこととはいえ、不審な行動にどう言い訳しようかと、笹井先生は焦りまじりに笑う。

「ハハハ、悪かったな!ぼぅっとしていたら、風に攫われてしまって」
 つい、うっかりだ。と、また笑った。



 短い髪は上に向かって真っ直ぐに跳ね、側面は綺麗に刈り込まれた、体育系の代表格といっていいほどの
スポーツ刈りに、厚手のセーターは、がたいの良さが強調されている――

マッスル仲間の中でも、自分が一番の筋肉美と誇る笹井先生。
 フットボールというスポーツをしながらも、水泳・トレーニングジムに通い、
究極の筋肉への追究と日々欠かさずに鍛錬をして、筋肉を鍛えあげている。
30代中盤になった今は、笹井先生の中でそれが最もピークだそうで、
トドや百武という笹井先生を尊敬する生徒たちも後に続けと、筋肉美の指南をし始めていた。

  ――どうしてこうもラグビー部には癖があるのかと思えば、
笹井先生にひどく影響されているのだ。


 鳴滝は次に何を言おうかと悩んだ。
トドや百武とは違い、笹井先生は話をするには悪くない相手だ。ただ、なんでもかんでも、強引に丸め込んでしまう
という最強の一点を除けば・・・




「――別に」
 結局、いつも通りにそっけない返事を返すことにした鳴滝は、
いかにも興味が無さそうといった風に、目線を落とした。
「ハハハ、――そうか、そうか!拾ってくれたのが鳴滝でよかった」
 あんな紙に興味はないよな、と笹井先生があまりにも嬉しそうな顔で胸を撫で下ろすものだから、
鳴滝はちょっと面白くなくて、
 鎌をかけてみた――それも、色気のある笑みを浮かべて。
「バトルBゲームの、関係者か――?」


 
「はっ、ハハハ!バトルBゲーム?――何の事だ?
それより、寒いな・・・あ、窓が開いたままだったんだ」
 見事に動揺したまま、何事も無かったと強引に話を終えて開いた窓を閉めに行った笹井先生、
 どうやら関係者らしい。


 そう、あのバトルBゲーム――皆が知っていて本当には知らない黒いゲームの・・・
「楽しみはゲームが始まるまでとっておけ、・・・ということか」


 鳴滝もそのゲームには興味があった。そう、おおいにあった。
 津幡のじいさんが、その昔、このゲームで得たというのは、じいさんの人生を丸々変えてしまうものだった
というのだから、冷静ではいられないほど興味をそそられる。

 しかし、笹井先生もゲームの関係者なら、どんなに鳴滝が吐き出させようとしても、
黙秘義務を怠らないだろう。完全に外部には漏れないように徹底されている。

 ――ならば、今ここでどんなに粘っても仕方がない、鳴滝は足を翻した。


















 校門の、そのすぐ傍にある黒いベンツの前で若い男が二人、堂々と煙草を吸いながら談笑していた。
 ――狩野と岸辺だ。


 よくもまぁ、ぬけぬけと・・・


 いくらガラが悪いと有名な葛岡高校といっても、校門前で煙草なか未成年が吸っていたら問題になる
だろうと、鳴滝は控えていたのに、教師の姿も見当たらない。
 無駄な努力だったと思わされ、いい加減飽きた溜息をつくかわりに、ジャケットの内ポケットから煙草を
引っ張り出して、口に銜えた。そして、手馴れた手つきで火をつける。
「あっ、若!お帰りですか?」
「巽さん」 

 黄色い声をあげた岸辺に続き、狩野が声をあげた。
 見慣れないツーショットだが、先ほどからの様子ではよほど気が合うのだろう、
鳴滝が車の前に立つまで気づかなかった。

 白い息を吐く煙草を指の間に挟んで、口から遠ざけた。
「――気が合うのか?」
「はい、そうなんです。話してみると、結構いける奴で・・・」
 岸辺はちらりと狩野に目配らせした。すると、狩野は相槌を打ちように頷いた。



 ――犬は、犬でまともな友情を育んでいる。
 胸にジリッと焼けるような小さな痛みが走った、自覚はあまりないが二人に嫉妬したのだろう。
 鳴滝の理想がすぐ手に届く場所にあっても、鳴滝自身はそれに成り得ることは無い、
この道から外れない限り・・・



「保健医との勝負はどうでした?」
 関口は相手になりませんでしたか、と問う狩野に、鳴滝は眉を顰め「邪魔が入った」と答えた。
「――トドですか?」  
「トド?」
 口を割って入ってきた岸辺は首を傾げた。動物の名前でも思ったのだろうか、
 しかし、鳴滝はそれを無視して言った。
「話は後だ。――そのトドが追ってこない内に、さっさとずらかる。エンジンをかけろ、岸辺」

 

 ――鳴滝は、今日もラグビー部には顔を出さないつもりらしい・・・
トドが足を地面に叩きつけて憤怒している姿と、百武が情けない顔をして地面にしゃがみ込みいじけている姿が
目に浮ぶ。 
 だが、鳴滝が知ったことか!
 自ら後部座席のドアを開け乗り込むと、狩野も乗れと命令して、
岸辺がエンジンをかけ車を走らせるまで、鳴滝は葛岡高校を見つめた。


 校舎の中央にある時計が3時30分を指している。
 ――授業は終った、約束は守った。

 キーンコーンカーンコーンと鳴る鐘に、ニヤリと笑うと、
鳴滝は窓から小さくなった煙草を投げ捨てた。





*次回、トド「なっ、なっ、なっ、なにぃ!!!!」
百武「機嫌が悪くなちゃって、帰っちゃったんだ・・・」   
トド「機嫌?そんなものーー、言い訳にしかならん!!」
百武「ごめんね。僕がもっとしっかりしていたら・・・」  指をイジイジ、
トド「くそぉー、明日こそは覚えていろよ鳴滝めが!!」   足をバンバン。
 

 次はどうなっちゃうのー!?予測不可能!?


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