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2−3
 





将棋を俺に初めて教えたのは津幡のじいさん、つまり津幡の親父の父に当たる男だった。

 津幡の親父よりもずっと気位が高く、大胆がさつで身勝手。気に入らないことがあると、すぐにじいさんは天国を地獄にかえてしまう。

鬼畜生と呼ばれる肇が蛇なら、じいさんは大蛇といっていいだろう。残酷と言う以外に、言い様がない。
――けれど、じいさんはそんな中にもしっかりと凛とした「誠」を忘れずに持ち、
多くの人間に慕われる要因もいくつもつくった。人も空気も射殺し、服従させ、
そこから生まれた敬愛と憎しみを自分の器に拾い集め、力に変えてしまう。

大蛇の動きには、何一つ無駄がなかった。
 この世をよく知り、賢くより私欲的に動かす、
――組長として申し分ない、誰よりも組長という座に相応しい男だった。 



 ――しかし、無駄のないはずのじいさんが一つだけ不可解なことをした。
天と地がひっくり返るほど、子供が嫌いだというのに、じいさんは津幡の親父と一緒に鳴滝の家に寄り付いて、
幼稚園児の俺に手取り足取り将棋を教えては、それだけの為に来たのか、
ろくに話もせずにすぐに帰って行く。なんとも不思議なことをしていた。

 好きじゃなければ、来なければいいのに――毎回、
「――さて、おネンネの時間だ。おりゃ、家帰ってしっぽり酒でもしようかねぇ」
 と、つまらなさそうに将棋盤に詰めを意味する駒を叩きつけて帰って行き。
そして、また別の日に将棋をさしに来る。

 初めは、じいさんのことを煩わしいとしか思ってはいなかったのだろう。
居心地が悪く、早く帰ってくれないかと何度も思っていた。

――だが、そんな俺の気持ちを無視するかのように、じいさんは無言で駒を並べ、強引に勝負を始めた。
 早い時は五分と経たなく、勝負はあっけなく終わった。歯が立たないと分っていた。
きっと、じいさんの方が大人げなかったのだろう。子供相手に本気など・・・けれど、
それでも俺は、――いつしか、じいさんが持つ最後の駒を奪い取りたいと願うようになっていた。
強いと、決して敵わないと思い知らされるほどに・・・奪いたいと願っていた。








 
「聞いたわよ」 

 保健室の女医関口久子は、遅い昼食を取りながら将棋盤に駒を丁寧に並べる鳴滝に話かけた。
 鳴滝は心持ち顔をあげて、「――何をだ?」と聞く。
 すると、関口は心配そうな顔をして、
「なかなかラグビー部に馴染めないんだって?」
 と鳴滝を見つめる。

 ――馴染むもなにも、
「俺はラグビー部じゃない」と冷静に言い返して、鳴滝は溜息をついた。
 ラグビー部と鳴滝の話をするのはトドだけでうんざりだ。駒を枠の中でまっすぐに置き直す。

「――和久井か、誰に言われたか知らないが、迷惑だと伝えてくれ」
 ――一度、試合に出たからと言って部員になったつもりはない、と呟く鳴滝。
関口は自分で作ったのだろう弁当を突付きながら言った。
「和久井くんじゃないけど・・・先輩を呼び捨てにするのはどうかと思うわよ。
彼らあなたより年長なんだから、ちゃんと敬語を使わないと。――それに、迷惑だなんて、
先輩達はあなたの才能を認めているのよ」


「――説教か?」

 顔をあげず目だけを関口に向けた鳴滝は、睨んでいるかのようにも見える。
涼しげを通り越したその凍てつくような表情は、色男というよりも、冷酷な男だといったほうがいいだろう。
喧嘩というひどく熱く、そして、無慈悲になれる瞬間をよく知った目だ。
 ――心底振るえあがりそうになる。

 しかし、関口はにっこりと微笑んだ。
「えぇ、説教よ。あなたに説教できるのは、この学校にはなかなかいないでしょうから」
 芯が強そうな目を向けられ、鳴滝は思わず黙り込んだ。

 ――四十半ばといったか。
 柔らかなウエーブのかかった茶髪を後ろにかきあげ、関口はフキンに包んだ弁当箱を持って立ち上がった。
服越しにでも見て取れるすらりと引き締まった身体。中年女にしては、そのラインは出来すぎている。
鍛えているのだろうか・・・入学式で大きく言い放った、
「私を甘く見ないでね。これでも、あなた達よりもずっとツワモノを二十年以上相手してきたんだから、
ちょっとやそっとじゃあ負けないわ」
 教師らしかぬ印象的な発言は、嘘ではなかったらしい。


 鳴滝は鼻で笑い、
「――案外、そうでもない」と呟いて、目線を将棋盤に下した。






 ――旅行、もとい中国にいる昔の修行仲間が大怪我をして、代わりに数週間ほど弟子を見てほしいと、
中国のど田舎に出向いた稲田氏。鳴滝が連れて行ってほしいといくら頼んでも、学生は勉強に精進しろと
ばかりで、結局は関口久子という女医を紹介して置いてきぼりをくらった。

 鳴滝としてはおもしろくない事ばかりだ。

 そもそも鳴滝は勉強ができる方で、高校受験も葛岡高校という中堅よりやや下の学校ではなく、
四校の中でも最も偏差値の高い門倉学園高校にだって入れたのだ。

 ――もっとも、オペラなど華々しいものを好まない鳴滝は入る気すらなかったが・・・
 授業にでなくとも三番以内に軽く入り、構内では暴力沙汰はほとんど起こさないので、
教師達も目の上の瘤だと称していても、たいして痛く生徒なのだ。
 だから、朝一の出席さえ取れば、進級や補修など必要ない。

 ・・・第一、もしも鳴滝自身が出席を取れなくても、狩野や他の連中が勝手に出席を取ってくれる。
学校など鳴滝には時間を持て余す場所だったのだ。


 


「――無理にでも、ついて行けばよかった」


 
「どこにだい?」


 いきなり横からタックルされて、鳴滝は驚く前に地面が反転した。
予想していなかった痛みに脇腹を抱えて蹲りそうになるが、鳴滝は意地で立ち上がり、
猪のようにつっこんできた生徒を見た。

「いっやぁーごめんね。やっと会えたから、うれしくってさ。つい、ついね!」

 馬鹿笑いしながらそう言って、手加減なく鳴滝の背に平手をかましてくるのは、――百武ひかる。
笑いすぎたせいなのか、それとも生まれつきなのか、どうでもいいが緩みきった顔をして、
その顔とは比較できないほどの馬鹿力を持っている。被害を増大させるとは気づかない百武は、
バンバンと音を鳴らしながら背を叩く。実力のみで部長になった口だろう。
 ――これじゃトドの部長面も、特には気にもしていないんだろうな、と鳴滝は思わずにはいられなかった。



「――おい、」

「――大丈夫?痛かった?怪我してない?――あ、でも巽くんなら大丈夫か!うちの部のエースだもんね!」

 止めたと思えば、口と手は同時には動かせられなかったらしい。力を強め再度平手を打ってきた。
鳴滝は思わず咳き込んで反論できない。


 ――トドほど頻繁に会うことがないが、百武にここまでされるほどの恨みでも買ってしまったのだろうか。
先ほどの関口の先輩に対してのうんぬんを気にして手を出さなかったが、
――我慢の限界をとっくに越えている。



 鳴滝から無数の蛇のようなゾッとする邪気が、ユラユラと・・・!
 いち早く気づいた関口は慌てて百武の腕を引っ張り取った。
「ちょっと、ちょっと、百武くんやりすぎよ」

「――えっ?」

「『えっ』じゃない!鳴滝くん咳き込んでいたじゃない」

 ――殺す気?と説教する関口に、百武は「ごめん、ごめん」と無邪気に笑う。――ある意味、
トドや周防よりもやっかいなのは、この男なのかも知れないと心に思う鳴滝、
荒い息を正そうと胸を押さえ冷静になろうとした・・・








*次回、狩野「巽さんもいない。自習なんて受けても仕方がない。帰るか・・・」
岸辺「車も磨き上がったし、若の学校が終わるまで、どうしよう」
狩野「暇だな」
岸辺「あぁ、暇だなぁ」
狩野&岸辺「「!!!」」  in 葛岡高校校門前

 偶然の出会い!?・・・それより、ラグビー部ってどうなってんの!? 


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