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作者:雀蜂ぎょにく
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3/3

 ふと、家の光景が目に浮かんだ。カビ臭い階段、蜘蛛の巣だらけの部屋。埃っぽい布団。何を思い出しても、決して気味の良いものではなかった。
 足元を一匹のゲジが這っていく。私は実家の忌々しい記憶に吐き気を覚え、咄嗟に足元のゲジを踏み潰そうとした。
 刹那、頭をよぎったのは、やせ細った小鳥の死に顔である。私はためらいを覚え、ゲジを見逃した。そうして、生きている自分自身を嫌悪した。

 私はホテルに飽きてしまって、他の部屋は回らずにホテルを出た。花は相変わらずふしゅう、ふしゅうと音を立てている。私の耳は最早この音に完全に馴染んでしまったようで、この音が聞こえなくなると不安になるほどであった。
 ふと、ちょろちょろと水の流れる音が聴こえた。音に引き寄せられるように歩いていくと、ホテルの裏側を細い川が流れている。私は無意識のうちに川に沿って歩き出していた。
 私の頭には、この川を死体が流れていく気味の悪い風景が浮かんでいた。死体の目はここではないどこかを見つめ、千切れた手足がぷかぷかと浮いている。川は血で真っ赤に染まり、死臭が立ち込めている。辺りを蝿が飛び交う。
 私は足下の石ころを蹴飛ばした。石ころはころころと転がり、澄んだ水の中へ落ちていった。

 しばらく川に沿って歩いていくと、小さな洞窟があった。洞窟の中には、ぼんやりとした青白い光の粒がいくつも見える。私はツチボタルを思い浮かべた。
 美しいものを作り出している者もまた、美しいのか?
 私は洞窟の奥へ進んだ。ふと、岩の陰から、何かが顔を覗かせた。その何かは、私と目が合うと、こう口にした。
「この先に進んでください」
 それは、西洋の物語にでも出てきそうな小人である。目がやや大きく、身の丈は私の膝ほどまでしかない。
 私は興味が湧いて、花を小人に向けてみた。
「ふしゅう」
 花は特に吸い込むといった行動も見せなかった。小人は不思議そうに目をぱちくりさせて私を見ている。私はなんだか申し訳ない気持ちになってしまって、おとなしく先に進むことにした。

 洞窟の奥には、青い絨毯の敷かれたドーム状の小さな部屋があった。部屋の真ん中には木製のテーブル、隅には小さな本棚が置かれていた。明かりはテーブルの上に立ててある、人間の左手を模した奇妙な蝋燭のみ。本棚には古びた本が四冊並べてあるだけだ。
 私は本棚から赤い本を手に取り、適当なページを開いた。そこにはこう書かれている。
『何度死んでも許さない』
 次のページにはこうあった。
『恐ろしさに目を開けない』
 それ以外のページはすべて真っ白で、一文字も書かれていなかった。
 次に、私は緑色の本を手に取った。目次がある。私は『なまくび』という項目に惹かれて、そのページを開いた。
『私の名前は×××××。死を恐れ、同時に惹かれている。今、私の右手には死んだ熊の頭がある。』
 そこまで読んで、急に虚しさが込み上げてきた。私は本を閉じると、目次から『なまくび』が消え、代わりに別の文字が記されていた。
『お前の後ろ』

 私は虚無感と不安感に駆られて、今まで来た道を引き返すことにした。洞窟を抜け、川沿いを歩く。気が付くと、私の隣を歩いている者があった。
 紫色の長い髪を腰のあたりまで伸ばした、華奢な長身の女である。前髪が鼻のてっぺんの辺りまで伸びており、表情を伺い知ることはできない。私が立ち止まると、女は突然私の前に立ちはだかり、何も言わずに右の手のひらを差し出した。
 私は突然の女の行動に困惑した。女は手のひらを差し出したまま、微動だにしない。私はしばらく考えた挙句、花が吐き出した宝石をすべて、女に手渡した。女は右手で宝石を受け取ると、左手で剃刀を手渡してきた。
 女が私と反対の方向に歩いて行ったので、私もそのまま歩きだした。女はどこかで見たことがあるような気がした。

 ホテルを通り過ぎ、最初の場所に戻ってきた。私は花を元の場所に戻すと、黒いドアの前に立った。
 ここまで来て初めて、私は自分の首に細い紐が巻かれていることに気が付いた。
「もういい」
 私は女に貰った剃刀で、糸を切った。

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