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作者:雀蜂ぎょにく
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三〇二号室を出ると、廊下には白いワンピースを着た、長い黒髪の女の死体があった。なんだかひどく気味が悪かったので、特に何もせずに素通りすることにした。
「ふしゅう」
 花が一際大きな音を出した。花は常にふしゅう、ふしゅうと音を立てているものだから、私はとっくに慣れて、一切気にしないでいた。だが、今回は何か様子が変である。
 私は茎の二つの膨らみが急激にしぼみ始めていることに気付いた。消化でもしているのだろうかと、私が観察を始めたその時。
「ふしゅう」
 生臭い吐息とともに吐き出されたのは,透き通った青色の美しい宝石。私は恐る恐るそれを手に取ると、矯めつ眇めつ観察してみた。こんなにも醜い花からこの美しい宝石が出てくるとは、実に不思議である。が、見ているうちになんだか憂鬱な気分になってしまって、宝石をそっとポケットにしまい込んだ。
 しばらく歩いていくと、傷だらけのドアが目についた。三一二号室である。私はドアノブに手をかけた。
 ぬるっとした感触に、私は顔をしかめた。手についているのは、墨のような、真っ黒い液体である。ふと、なにかが私の頭をよぎった。私は何かを思い出したのである。
 私は何を考えていたのだろうか。真っ黒になってしまった右の手の平を見ていると、なんだかむしゃくしゃしてきてしまった。私は込み上げる感情のままに叫び、何度も壁に頭を打ち付けた。残念なことに血は出なかったが、だんだんと額が腫れてくるのを感じた。私は後悔とともに満足感を得た。

 三一二号室の中には、誰もいなかった。ベッドの上には、大きな熊のぬいぐるみが置かれている。その顔には、貼り紙がしてあった。
『置かせて』
 私はさっぱりわけがわからなかった。私はぬいぐるみを思い切り蹴った。ぬいぐるみは呆気なく吹っ飛び、壁にかけてある絵にぶつかった。絵はその衝撃で落下し、裏返しになってしまった。私は絵の裏に書かれていた言葉に驚愕した。
『あなたは死にました。だからどうこうするつもりはありません。あなたは生きています。それがどうかしましたか。今、あなたが気付け殺す殺す殺す殺す殺殺殺殺殺殺殺殺殺ょう。苦殺す殺す殺すならば、そこには例えば』
 私はこの全くもって意味のわからない文章に意味を見出そうとした。そうして、何事にも意味を求めたがる自分を恥じた。
 私はぬいぐるみの背中にファスナーがあることに気が付いた。私は何かに突き動かされるかのようにそのファスナーを下ろした。その中は真っ暗で何もない。
 と、その中から突然、白いワンピースを着た長い黒髪の女が出てきた。私は状況が全く理解できなかった。私はこの女とは面識がない。どこかで見たことがあるといったわけでもない。私は眼前の人間に恐怖した。
 女は突然呻き出し、ベッドの上で突っ伏した。
「ううううううううううううううううう」
 私は逃げることも忘れ、ただぼうっと突っ立っていた。その間に、女はベッドの上でくねくねと、気味の悪い動きをしながら呻いている。
「ううううううううううううううううう」
 私がはっと気づいて女に背を向けた時。突如として呻き声が止んだ。私が振り向くと(こういう時に振り向いてはいけないことはわかっていた)、女はベッドの上で立ち上がっていた。
「返してください」
 女の顔は私にかつて味わったことのない恐怖を与えた。私を見つめるはずの双眸はそこには無く、代わりに二つの真っ黒い大きな穴があるだけである。言葉を発する口も同様で、口に至ってはその形が綺麗な逆三角形である。
「返してください。返してください。返してください。返してください。返してください。返してください。返してください。返してください。返してください。返してください。返してください。返してください返してください」
 女は何度もそう呟きながら、ベッドの上に立ったまま壁に激しく頭を打ち付け始めた。めしゃり、めしゃりと何かがひしゃげる嫌な音がする。
 不思議なことに、女が壁に頭を何度打ち付けても血が出ることも、女の頭が歪な形になることもなかった。その代わり、壁に打ち付けられた女の額、そこから徐々に蠅が湧き始めているのが確認できた。
 私は咄嗟に花を前に突き出す。花が大きく息を吸い始めると、女の頭だけがあっさりと吸い込まれ、後には首なしになった女の身体だけが残った。
 首なしの死体はしばらく微動だにしなかったが、突然動き出したかと思うと、窓ガラスに突っ込み、そのまま下へと落下していった。
「ふしゅう」
 花が吐き出した宝石は、美しい緑色をしていた。
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