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作者:雀蜂ぎょにく
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1/3

 特に人生に希望など見出していなかった。第一、好き好んで生まれてきたわけでもない。他人が怖い私には、人間として生きることなど到底向いていないのかもしれない。
 いつものように部屋の電気は点けず、手で脱ぎっぱなしにした服を探る。手に取ったセーターを頭から被ると、なんとなく暖かいような気がした。寒いのだけはとにかく勘弁だ。毎日のようにやり場の無い怒りをぶつけられたファンヒーターは、既に何の役にも立たない。頼りにできるのは、近所の店で買った安い小さなセラミックヒーターだけだ。
 小さなセラミックヒーターを掛け布団の中に入れ、その中に潜り込む。たちまち布団の中が暖まり、ほうと息が漏れた。ここ最近はずっとこれである。最早何もする気にならない。安心して寝付くこともできず、かといって一度眠りにつけばなかなか目覚めることもない。学校に行くことなどとうに諦めている。あそこは口が裂けても楽しいと感じられるような場所ではないのだ。
 目を閉じると、セラミックヒーターの音だけが聞こえる。この音は案外嫌いじゃない(好きの定義がわからなかった)。明日も生きなければならないらしい。このまま眠りに落ちたなら、二度と目覚めたくはない。もういっそ、私の眠っている間に殺してはくれないだろうか。

 目が覚めると、そこは見たこともない場所だった。布団も小さなセラミックヒーターも見当たらない。だが、不思議なことに少し暑いとさえ感じる程度には暖かいようだった。立ってみると、私は自分が裸足であるのに気が付いた。これまた不思議なことに裸足でも心地よく感じる程度に床は暖かい。床は一面がまるで子どもが絵具を滅茶苦茶にぶちまけたかのような赤と黒である。よく見れば壁も、そして天井までもが同じ色だった。私は恐怖した。そして、それと同時に未だ生に執着しようとしている私自身を嫌悪した。
 とはいえ、ぼうっと突っ立っていても埒が明かないので、私は奥へ進んだ。真っ黒いドアの向こうからは、ふしゅう、ふしゅうと気味の悪い音が聞こえる。私は再び恐怖と嫌悪に身を震わせながら、ドアノブに手をかける。
 ドアを開けると、そこには人間の子どもほどの大きさの花が咲いていた。否、花が咲いていたというよりは、花があった。私は興味と恐怖が入り混じった心持ちでその花を眺めた。
 花はその全てが黒一色で、先ほどのふしゅう、ふしゅうという気味の悪い音はこの花が出しているようだ。どうやら、呼吸でもしているらしい。殊に気味が悪いのは、醜く咲いた花のその中央、そこには雄蕊だの雌蕊だのではなく、ぽっかりと大きな穴が開いていることだ。気味の悪い音はその穴から生臭い空気とともに吐き出されており、どうやら呼吸でもしているらしい。
 私は引き寄せられるように花を抱き抱えた。私はその瞬間にとてつもない自己嫌悪に見舞われた。私は狂ってしまったのだろうか。
 見知らぬ場所で、得体の知れないものを抱えている自分。忌まわしい。どうしてこうなる。花は常にくねくねと蠢き、その感触も異様にぷにぷにとしていて気味が悪い。
 私は不思議と後悔はしていなかった。むしろ安心感すら感じていた。そんな自分に嫌気が差した。

 外に出てみると、空が血のように赤かった。眼前には、真っ黒い巨大なホテル。子どもの頃に見たテレビアニメで似たようなものがあった気がしたが、別にどうでもよかった。
 花は相も変わらずくねくねと蠢いている。なんだか手放す気にはなれなかったので、そのまま持ってきてしまったが、特に害があるわけでもなさそうだ。
 引き寄せられるように、ホテルの中へと足を踏み入れる。中は暖房が利いていて暖かく、ロビーの中央には私がいつも履いている赤い冬靴が置かれていた。
 私以外に人は見当たらない。私は靴を履くと、エレベーターのボタンを押した。
 やはり人がいないのか、エレベーターはやけにスムーズに下りてきた。エレベーターに乗り込むと、何階に行けば良いのかわからないことに気がついた。
 これだから私は。いつも後先考えずに行動する。なぜ一向に変われないのか。私はどこまで愚かなんだ。
苛立ちに任せて三階のボタンを押す。アナウンスも流れずにドアがゆっくりと閉まり、エレベーターは上昇を始めた。ふわふわとした感覚に顔をしかめる。
 エレベーターを降りると、そこには赤い絨毯が敷かれた廊下があった。たくさんの部屋が並んでいるが、物音一つ聞こえず、不気味な静寂に包み込まれている。部屋の番号はいずれも三で始まっているから、ここは三階であるらしい。
 不意に、三〇二号室からどん、と物音がした。私は不安を感じつつも、ドアノブを回し、ドアを開いた。
 私はつい先刻の自分の行動を恥じた。後悔の念がどっと押し寄せ、私は咄嗟に閉まろうとしているドアを右足で止めた。
 そこには人間の、しかも子どもの頭部が一つ、転がっていた。私は特に何とも感じなかった。むしろ興味が湧いてしまった。
 私は頭部に近づくと、前屈みになってまじまじと観察を始めた。作り物か本物かは別として、間違いなく人間の子どもの頭部だった。右のこめかみに傷があり、そこから血が出ている。誰かに殴られでもしたのだろうか。だとしたら、随分とかわいそうである。
 左側の壁から、かたかたと気味の悪い音が聞こえた。見ると、壁には先ほどまではなかった大きな穴が開いている。なぜか、隣の部屋は見えない。
 私が呆然と立ち尽くしていると、穴の中から、人間の子どもの頭部がころころと転がり出てきた。頭部はそのままころころと転がり、もう一つの頭部にぶつかって止まった。
 私は恐怖した。子どもの頭部に、というよりも、子どもの頭部で埋め尽くされるこの部屋に恐怖したのだ。頬を脂汗が伝い、足は無意識のうちに後ずさりを始める。
 その時、花が激しく動き始めた。私が頭部に背を向けようとしたその刹那、花は突然大きく息を吸い込んだ。
 私は自分の目を疑った。花は二つの頭部を一瞬のうちに吸い込んだのだ。茎を二つの大きな丸いものが通過していく。私は今自分の腕の中で身悶えしている奇妙な花ではなく、その中にある人間の頭部に対して激しい怒りと恐怖が込み上げた。私は息が荒くなり、苦しくなって、部屋の隅で胃の中のものを吐き出した。そうしてまた、自分の肉体の気味の悪さを嫌悪した。
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